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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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06-逃げた先

 過去の光景がフラッシュバックする。

 僕が家を飛び出して行く前の光景が。


 父を許せなかった。犯罪者から多額の金を受け取り、彼らを減刑するために活動する父が。後で調べてみて、その時弁護を引き受けた男が冤罪で逮捕されたことを知った。


 高みから人を見下し、いい人を気取っている父が許せなかった。だが現地で暮らしてみて、よく分かった。彼らに足りないのは希望であり、実際的なものだ。それを施すことが出来るのは、富める者。そして、富み続けることが出来る者だと。


 僕は何も知らなかった。

 僕は結局のところ、向かい合うことを拒絶して来ただけだ。




 目を覚ますと、クリーム色の天井が目に入った。

 ここは? 見渡すと見覚えがあった。


「これは……確か、そうだ。

 牧野さんと会って、それで」


 彼女がここに連れて来てくれたのだろうか?

 上体を起こそうとして、全身に痛みが走った。ジャッジメント戦のダメージがまだ蓄積しているのだ。痛む体を引き起こし、掛けられた毛布を剥がし、僕は立ち上がろうとした。ところで、扉が開いた。


「あっ、結城さん。もう起きて大丈夫……

 じゃないですね。傷口、開いてます」


 えっ、と間抜けな声を上げる僕を、牧野さんは指さした。肩口を見ると、真っ赤に染まっていた。恐る恐るそこを見てみると、赤黒く変色した肉が見えた。


「大きな傷は塞いで、消毒しておきました。

 結城さん、横になってください」

「いえ、そこまでさせるのはさすがに悪いですよ」

「いいから、早く横になってください。

 ここで倒れられたらそっちの方が迷惑です」


 おっしゃる通り。僕は引き起こした体を、再びベッドに横たえた。牧野さんは手際よく僕の服を切り、患部を消毒してガーゼを貼り付けた。手慣れたものだ。


「鮮やかな手つきですね、牧野さん。

 僕じゃこうはいきません」

「ありがとう。

 父さんが傷ついて帰って来ることが多かったから、自然にね」


 牧野さんは昔を懐かしむような表情をして言った。彼女の中には、父親への確かな尊敬がある。彼女の父はヤクザだった、客観的に見れば犯罪者だが、それは……


「お父さんのこと、好きだったんですよね」

「うん……無骨で不愛想、あんまり家にも帰ってこなかった。

 母さんと二人で待ってるときは、帰ってこないんじゃないかとも思った。

 それでも帰って来た時は嬉しかったし、父さんも笑ってくれた。

 三人で過ごす時間が、私の何よりの宝物……」


 二度と戻ってこない、宝物。

 父は僕が殺し、母は去年の暮れに命を落としたそうだ。


「はい、これで大丈夫。ところで、結城さん。

 こんなところで何をされているんです?」


 牧野さんは心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。当然聞かれるだろうな、と思っていたが心の準備がつかない。僕は散々躊躇って、やっとのことで言葉を紡いだ。


「……僕は、負けました。

 もう、二度と戦うことは出来ません」

「それは、つまり……」


 どういうことなの、と言葉が続くのだろう。聞きたくなかった。自業自得で敗北し、力を奪われた。その事実を突きつけられるのが怖かった。僕は上体を起こし立ち上がった。


「ありがとうございました、牧野さん。僕は、そろそろ行きます」

「行く、って。どこに行くの? どこか行く当てはあるの?」

「さあ、ありません。ただ、ここより遠くに行きたいって。そう思います」


 僕はじくじくとした痛みに辟易しながら歩いた。ベッドと扉の間の、ほんの数メートルを歩くのが辛い。脂汗が滲みだし、ノブを持つ手がぬるりと滑った。


「ありがとうございました、牧野さん。

 僕にはもう、構わないで下さい」

「それじゃあまるで、構えって言っているように聞こえますよ。

 結城さん」


 僕の背中を、牧野さんが呼び止めた。


「そんな傷で外に出すわけにはいきません。

 傷が癒えるまでは、ここにいて下さい。

 いっそのこと、あなたの心の整理がつくまではここにいて下さって構いません」


 心の整理。そんなものが付くのだろうか?

 決定的な敗北を喫し、僕は守らなければならないものを守れなかった。ひとえに、僕の弱さゆえに。何に気付くことも出来ず、期待に応えることも出来ず。僕は、みんなが望んだものにはなれない……


「……牧野さん。好意に、甘えてしまっていいんですか?」

「ええ。あなたは私を助けてくれましたから。

 今度は、私があなたを助ける番です」


 牧野さんはにこりと微笑み、僕を受け入れてくれた。買い被りだと、叫びたかった。僕は本当にあなたを救うことが出来たのか? もっとやれることがあったんじゃないか?


 それでも、僕は彼女の優しさに浸った。

 ひとえに、僕が弱いから。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「……っちゅうのが、昨日の顛末です。

 クーデリアがおらんかったらみんな死んでた」

「黒いエイジア……

 虎之助の報告にもあったが、まさか実在していたとはな」


 エイファからの報告を受けた野木は、渋面を作り口元を覆った。本来報告を行うべき人間は、ここにはいない。端末の電源も切っているため連絡を取ることも出来ない。


「ったく、あのガキはどこをほっつき歩いているのか。

 こんな大事な時に……」


 苛立たし気にエイファはつぶやいた。

 しかし内心では……これが仕方のないことだとも思っていた。結城虎之助は、言うなれば普通の少年だった。上流と下流の間で生まれ、不自由はなかったが不自由を散々目の当たりにしてきた。苦しむことはなかったが、苦しむ人々をたくさん見て来た。だからこそ、彼は家を飛び出しここに来た。


 所詮、無理だったのだ。

 この世の汚濁の中で育った人間でなければ、理不尽に耐え抜く強靭な意志力を持たなければ。探偵としてやっていくことも、エイジアとしてやっていくことも。今回たまたま大きな壁にぶつかっただけで、今後こうしたことは起こり得る。折れるのが少し早くなった、ただそれだけのことだ。


(少しは期待しとったんやがな、トラ。

 アンタはその程度の……)


 エイファの思考は、野木の言葉によって打ち切られた。


「して、結城一馬氏の容体はどうなっているのだ?

 危険な状態なのか?」

「右腕に銃弾を喰らって出血は多かったけど、初期治療がよかったんやろうな。

 取り敢えず、一命を取り留めるやろうってことや。

 ただ、腕は動かなくなるかもしらんが」


 喰らった場所が悪かった。32口径の弾丸は、数馬の腱を的確に破壊していた。ジャッジメントとやらはそれすら狙って弾丸を弾き返したのだろうか?


「再度の襲撃を警戒してクーデリアが控えてくれとります。

 彼女に任せれば問題ない」

「そうか。虎之助の件だが……

 あるいは、ここで仕方がないと諦めるしかないか」

「あんたの直弟子やろ。一度折れたからって放り出すんか、あんたは?」


 同じことを考えているなとは思いつつも、彼のあまりにもあっさりした、ともすれば身勝手とも判断されかねない態度に、エイファは憤慨した。野木は平然としていた。


「彼には正義を成し遂げる勇気も、覚悟もなかった。

 身近で見ていたからこそ、私には一番よく分かるのだ。

 可能性はあるかと思っていたが、それもなかったようだ」

「正義、ねえ。

 探偵としての仕事が正義やと、あんたは本気で思っとるんか?」

「無論だ。

 探偵はこの都市で誰よりも、純粋に正義を行使することが出来る」


 野木は立ち上がり、空を見上げた。

 頭上から人々を見下ろす市庁舎(ザ・タワー)を。


「利権、癒着、腐敗。この都市には穢れたもので満ち溢れている。

 人々はそれに気付かず、あるいはそれから目を逸らし日々を送っている。

 私はそれを知り、それを正したいと思っている。

 警察にも、医師にも、弁護士にも、市長にさえ不可能だ。

 彼らにはしがらみがある。

 だからこそ、正義を執行するものが必要なのだよ。

 分かるかね、エイファ?」


 野木はあくまで真剣な声色で、そして真剣な目で言った。

 エイファはそれを見返した。


「残念ながらわかりませんな、野木さん。

 ウチは日々を生き抜くので精一杯や」

「キミはハッカーだ。致し方あるまい。だが私の考えは変わらない」


 野木は一瞬だけエイファに視線を向け、そしてそれをすぐに戻した。その視線に――エイファは確かな狂気を感じた。やはり、この男は……だからこそ、朝凪は。


「ときに、エイファ。

 お前は虎之助から何かを預かってはいないか?」

「いや、何も。

 あいつ、ウチに礼の一つも言わんで去って行ったわ。

 困ったもんやで」


 取り敢えず、野木はこれで納得してくれたようだ。視線を元に戻す。


「……それじゃあ、ウチはここで失礼させてもらうで。

 やらなきゃならんことがある」

「いつも悪いな、エイファ。

 お前のおかげで、私たちは楽をさせてもらっている」

「本当にそう思っているんなら、たまには礼をはずんでほしいもんや」


 ニッ、と笑いエイファは事務所から出て行った。尾行を警戒しながら、雨の中を進んで行く。探知できる範囲内でだが、取り敢えず追っ手はいなかった。エイファは分厚い鉄扉を開き、セキュリティを作動させ、そしてようやく息を吐いた。


「はぁっ……野木の奴、ホンマにイカれちまったか?

 あいつは……」


 エイファは作業エリアに足を踏み入れた。何台ものパソコンと、蔓草のように互いを絡めあったLANケーブル。VRディスプレイや工作機械、そして……エイジア。


 彼に渡されたドライバーを、エイファは持ち帰った。

 修復するために。


「とは言っても、どうやってやったもんか。

 前に見た時は匙を投げてもうたしなぁ」


 嘆息し、取り敢えず破壊されたドライバーを見た。酷い状態だ、ロスペイルの攻撃でもこうなったことはなかった。もしなったとしたら、ここにエイジアはないのだが……


「取り敢えず、やれる限りでやってみるか。

 っていうか、こいつバラせるんか……?」


 ここまで壊されると、一回解体して組み直した方が早そうだ。そう思い、エイファは筐体を見た。そして、彼女はそれを見つけた。断面から顔を覗かせるUSB端子を。


「こいつ……

 まさか、デッドスペースにそのまま突っ込んでるのか?」


 なぜこんなことを、というか誰がこんなことを?

 まさか、朝凪幸三が……


 エイファは慎重にUSBを取り出した。

 人差し指の第一関節ほどしかない小さなフラッシュメモリ。

 そこにはテプラが貼られていた。


 『エイジア・システム』と。


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