05-逃亡
ジャッジメントがゆっくり僕に近付いてくる。
指一本動かす力も、この体には残ってはいない。
死ぬのか。
これまでの思い出が、走馬燈めいて僕の脳裏を駆け巡る……
「おーっと!
ちょっと待ちなさい、そこのアンタァーッ!」
ジャッジメントは振り上げた手を下ろし、連続バック転で距離を取った。直後、クーデリアが僕の前に降り立った。振り下ろされた高速の踵が地を揺らした。
「大丈夫ですか、結城さん!? しっかりしてください!」
反動で飛び込んできたジャッジメントの攻撃を受け流しつつ、クーデリアは僕を見た。
どうしてここに? 考えても答えは出ないし、彼女も答えてはくれないだろう。抉り取るように放たれたストレートを上体を逸らして回避、更にサマーソルトの要領で蹴り上げを行い、ジャッジメントを牽制。連続バック転で距離を取る。
「びりびり来ますね、あなた。
何だかちょっと嫌いです」
「機械人形如きが言ってくれるな。
解体してガラクタ置き場に送ってくれる」
……まただ。ジャッジメントは僕たちのことを知っている。それも、深いところまで。いったい何者なんだ、あのロスペイルは? どうして僕にそこまで激しい感情を?
ジャッジメントとクーデリアの打ち合いは、すぐ膠着状態に陥った。クーデリアは押し込むだけの威力を出すことが出来ず、ジャッジメントはクーデリアのスピードを捉えきれない。ジャッジメントのフックをクーデリアが回り込んでかわし、クーデリアが放ったチョップをジャッジメントが後ろ手に受け止めたところで、サイレンの音が聞こえて来た。
「警察……ふん、時間をかけ過ぎたか。
やはり他のところと同じとはいかん」
ジャッジメントは追撃を跳んで避け、一足飛びにマンションの屋上まで昇った。クーデリアはそれを追おうとしたが、踏み止まった。僕の方に近付き、容態を確認する。
「大丈夫ですか、結城さん?
手ひどくやられたみたいですが……」
「クー、デリア? どうして、キミがここに?
帰れって、言っただろう」
「エイファさんに呼び止められたんです。
結城さんが狙われる可能性がある、って」
あの人は気付いていたのか。僕よりも先に。守れと言った『結城さん』は僕のことではなく、父さんのことだ。結局僕は、依頼人を危険に晒してしまった……!
僕は急行して来た救急車に押し込められ、病院へと送られた。
父がどうなったのか、確認する暇すらもなかった。
治療を固辞し、医務室から出た。
「父さん……父さん、どこにいるんだ?
どこで、父さん……!」
僕は父を探し、角を曲がった。
その先には、エイファさんがいた。
「ええ御身分やな、トラ?
依頼人ほっぽり出して、医者とイチャイチャか?」
「エイファさん……」
彼女は無言で僕の前に立ち、胸ぐらをつかみ壁に押し付けた。全身が軋むが、しかしそんなことを気にしている暇はない。エイファさんの目には怒りが燃え滾っていた。
「ウチがクーデリアを送らなんだら、お前も依頼人も死んどったワケや。
別に負けたことはどうこう言わん。
だが依頼人を危険に晒したことは完全なオマエのミスや」
「最後の瞬間まで、気付けませんでした。僕のせいで、父さんは……」
「いいや、お前は分かっていたはずや。
分かっていてお前は見逃した。
父との確執だの、下らん理由でお前は依頼人に不利益をもたらした!」
気付いていた?
いや、本当に気付いていなかった。
この人は何を言っている?
「お前なら気付けたはずや!
朝凪幸三に選ばれ、野木楽太郎に鍛えられたお前になら!
それがこのザマか! ふざけるのも大概にせえよ、お前は!」
「――そんなこと言われたってどうにもなりませんよ!
本当に分からなかったんだ!」
僕はエイファさんの体を押し飛ばした。
全身が沸騰するように熱いのに、凍えるように寒かった。
僕はポケットからドライバーを、エイジアそのものを取り出した。
「手も足も出ませんでした……
僕は、ロスペイルに見逃されて生き残ったんです!
いままでもそうだった!
致命的なところに行きつくまで、何も気付けない!
誰も守れない!
何を考えているのか知らないけど、僕はその程度なんだよ!」
僕はエイファさんにエイジアを差し出した。
「お世話になりました、エイファさん。
僕は……僕はもう、何も出来やしない」
「それで……それで満足なんか。オマエは。
何も出来ずに終わって、それで!」
「何も出来ない自分を見せつけられるより、ずっといい!」
僕はエイジアを押し付け、走り出した。
どこに行く?
どこに逃げる?
あの時と変わらない。
家を出たあの時と、僕は結局何も変わっていなかった。
鈍色の雨が僕を打ち、苛む。一打ごとに、僕の中の大切な何かが零れ落ちて行くような気がした。体温、記憶、熱望、そして命。僕は出鱈目に走り、そしてやがて力尽きて倒れ伏した。立ち上がる気にさえならず、ゴロリと転がり空を見た。
何も変わらない鈍色の空が、そこにはあった。僕がどうなろうと、人間がどうなろうと、都市は変わらない。ただ無慈悲にそこにあり、すべてを飲み込んで行くだけだ。
「……どうしたんですか、結城さん?
酷い顔、してますよ」
降り注ぐ鈍色の雨が、一瞬途切れた。
僕は顔を上げ、それを見た。
「……牧野、さん。僕は……」
言い切る前に意識が途切れた。
どれだけだろう。
永遠にかもしれない。




