04-敗北のその先に
僕は声なき叫びを上げた。
どうして、何故こんなことに?
あの……化け物のせいで!
「怒っておるか、小僧。
だが私はお前よりも深く、激しい怒りを抱えている。
すべては不甲斐なき貴様の所業が原因だと心得よ!
貴様の軟弱な性根が悲劇を招いていると!」
僕は言葉を失った。
僕のせい?
僕がもっと強ければ、こいつを倒せるほど強ければ……
鵲さんも、みんなも、死ぬことなんてなかった。
すべては、僕のせいだ。
「お前にエイジアの力は分不相応だ。
その力を手放せ、軟弱者。すべてが間違いだ」
ジャッジメントは地を蹴り、ガラスを破り事務所から逃げ出した。
違う、見逃してもらったのだ。
倒すべき怪物に、乗り越えるべき障壁に……!
「ッアァァァッ……! うわあぁぁぁぁぁぁーっ!」
僕は叫んだ。誰にも聞き届けられない叫びを。
叫びは雨に掻き消され、消えた。
痛む体を引きずりながら、僕は事務所を出た。鵲組がなくなったことにより、この街はどうなるのだろう? 法の支配が及ばないサウスエンドで、人を守るのはヤクザだ。もちろん、善意によって構成された組織ではない。だが遥かにマシだったはずだ……
(ジャッジメント、いったい何者なんだ?
どうして僕を見逃したんだ……!)
後悔、憤怒、失意。色々な感情が僕の中で渦巻いた。だが、今日はそんなものをすべて忘れてしまいたい。横になって、泥のように眠りたい……
限界を迎える前に、僕は事務所まで辿り着けた。
扉を開け、倒れるように入り込んだ。
「お帰りなさい、結城さん――ってどうしたんですかその傷!?
ひ、酷いですよ!?」
中にはクーデリアがいた。彼女は僕を助け起こし、事務所のまで持っていてくれた。野木さんとエイファさんもすでに戻っており、僕の姿を見て驚いた。
「ど、どないしたんやアンタ……」
「何かあったようだな。エイファ、彼を治療してやってくれ」
エイファさんは少しだけ文句を言って、僕に簡単な治療を施してくれた。擦り傷、切り傷、火傷も多いが、何より重篤なのは内側の傷だ。破裂しそうなくらい体が痛い。
「大変だとは思うが、報告してくれ。
いったい何があったんだ?」
僕は自然と荒くなる呼吸を整えながら、鵲組でのことを話した。
「地下構造のロスペイル、それを倒したと思ったら新たな敵が、なぁ……」
「ひとまず地下構造とやらは棚上げしていいだろう。問題はもう一体だ」
「黒いエイジア、やったか? そら確かか?
いや、確かなはずはないんやけど」
「腰にバックルもキースフィアもありませんでした。でも、あの姿は……」
一度だけ鏡で見たことがある、エイジアを身に着けた自分の姿を。いつも見ているものなのだ、見間違えるはずはない。あれは色合いこそ違えどエイジアだった。
「強かった。
僕の攻撃を完全に捌き切る格闘技もそうですけど……
電撃の力に素早い動き、そして何より……
不思議なことですけど、強い憎悪を感じました」
「憎悪? アンタ、そいつと会ったことなんてないんやろ?」
「どうして恨まれているのかなんて、さっぱり分かりません。
もしかしたら、ロスペイルを僕が殺して回っているのを知っているのかも。
復讐心とか、そう言うのを感じました」
言っていて不自然だと思う。
敵の目的が何なのか、僕には分からない。
「エイジアの力を捨てろ。怪物はそう言ったのだな、トラ?」
「なっ、ダメですよそんなことしちゃ!
結城さんにしか出来ないことなんですよ?」
クーデリアは抗議したが、エイファがそれを止めた。
そして首を横に振る。
「トラ。キミ自身はどう思う?
エイジアの力を……捨てたいと思うか?」
そんなことは、決まっている。
僕にこの力を捨てる気なんてまったくない。
「あいつが何を考えているのかは分かりません。
けど、僕はこの力を受け継いで戦ってきました。
単なる力じゃありません、みんなの思いが乗った力なんです。
敵に負けたからって、簡単に手放していいものじゃない。
僕は戦いますよ」
クーデリアは全身で喜びを露わにした。
どうしてここまで喜ぶのかが分からない。
エイファさんは呆れたようにため息を吐き、野木さんは僕を真っ直ぐ見た。
「お前がそう言うのならば、私に止める理由も権利もない。
最後までやってみろ、トラ」
「ありがとうございます、野木さん。
こんな僕に、チャンスをくれて」
また僕は間違ってしまった。
もう二度と間違えない、あのロスペイルを絶対に倒す。
鈍色の空を見上げ、僕は決心した。
困難な道に入り込んだのは自覚している。




