14-滅ぶべきものたち
迫り来る裂光を紙一重のところで回避しながら、ジェイドは槍の穂先からビームを放った。射撃戦に特化したエルファスことエンゼルロスペイル、接近戦に持ち込むのが上策と思われるが、しかしそれは誤りだ。光を纏った翼や接近戦でこそ危険な白熱武装となる。翼の軌道に巻き込まれ、死んだものをジェイドはいくつも見て来た。
「どうした、ジェイド! その程度の動きで私を殺そうと言うのかね!?」
白い翼が宙を舞い、いくつもの白い光球を作った。接近を阻んでいる要因の一つでもある。光の浮遊機雷は接触点から半径1m程度の距離までに、瞬間的に2000℃以上の熱を発生させる。TCAであろうとも容易には耐えられない威力だ。
かといって距離を取っていては、翼から放たれる光線を避けることが出来ない。8×8の光線が一斉に発射され、そのいくらかがジェイドを打った。
「グワーッ!」
装甲をぶすぶすと焼き溶かしながらも、ジェイドは立ち上がった。とはいえ、既に満身創痍。光線は熱だけでなく、接触によって衝撃をも彼にもたらすからだ。
「貴様は所詮私が作り上げた作品に過ぎない。
飼い犬に手を噛まれるように作るような奴が本当にいるとでも思ったのか?
私の掌を這い回る、可愛らしく愚かな男よ」
「貴様の喉元を食い破る。そのために俺は、今日まで生きて来た!」
続く光線を連続バック転で避けながらも、ジェイドは憎悪に満ちた視線を向けた。それを見て、エルファスは肩をすくめる。まるで子供の駄々のようだった。
「無駄だ、貴様の力はロスペイルの力を部分的にコピーすること。
それも、自分の力を上回るような相手をコピーすることは絶対に出来ない。
お前がこれまで戦い、コピーして来たロスペイルでは私に勝つことなど出来ん。
そのいじましい努力には敬意を表するが」
喋りながらエルファスは光の弾丸を放つ。ジェイドはそれを必死になってかわす。だがその時、激しい揺れが彼を襲った。そのせいで彼は、4発の光弾を避け損ねた。
「この天地を震わす揺れは! そうか、ついに時は来たれり!
オリジン復活の時!」
次元すらも揺るがすオリジンの力を、エルファスは全身で感じていた。そして、それはジェイドも同じことだった。彼もまた、このタイミングを待っていたのだから。ジェイドは空中で身を捻り弾丸をかわしながら、ポーチから6枚のカードを取り出す。
「分かっていないようだな。
100年の間計略を巡らせたのはお前だけではない!」
ジェイドはカードの束を持ち、6枚一斉にスキャンした!
「なるほど、実物を見て分かったが……
それはお前の力を強化するためのデバイスか」
「聞いたところによると、未来のあんたが作ったらしいぜ。
アンタはオリジンを復活させることが出来ず、代替案を考えた。
失敗作を本物にするための策をいくつも考えた」
「何を言っている、貴様?」
ジェイドの言葉が、エルファスには理解出来ない。未来より出でた朝凪幸三を倒し、彼の持ついくつかの研究データを奪い、エルファスは計画を未来のそれよりも進歩させてきた。だが、彼はその由来を知らないのだ……!
6枚のカードから破滅的なエネルギーが放たれた。
エルファスは本能的な恐怖と警戒心を抱き、ジェイドを打とうとした。
しかし。
「イヤーッ!」「!? チィーッ!」
彼らの遥か後方で爆発四散が起こった。クロウロスペイルが死んだのだ。更に、包囲網を突破したユキがビルの壁面にへばりつきながら爪を発射した。4本の爪がエルファスに向かって飛ぶ、彼はそれを迎撃するために動かざるを得なくなった。結果として、エルファスはジェイドを止める手段を、破局を押し止める手段を永久に失ったのだ。
『ロスペイル……イブ』
機械槍が悲鳴めいた機械音を上げ、そして不吉な電光を放った。ジェイドの後ろに巨大なる暗黒の悪魔――ロスペイル・イブが顕現した。ユキは目を見開いた。
「アリーシャ……!」
「見るがいい、エルファス!
これがお前たちに虐げられてきた者たちの怒りだ!」
機械槍の補佐を持ってしても、ロスペイル・イブを顕現させられる時間は2秒が限界だ。そしてそれを過ぎればオーバーテックの産物は永遠に力を失う。少なくとも最盛期の力を取り戻すことは二度と出来なくなるだろう。だがその2秒は、ジェイドが100年の間に欲し、鍛えた2秒間であった。
オリジンが次元の壁を突き破り、こちら側の世界に顕現する。本来アトランダムなそれに、ロスペイル・イブは指向性を、道を与える。市庁舎の真下へと続く道を。
「確か人間の職員は全員退避したか、殺したんだってな?
なら心が痛まなくていい」
「ジェイド、貴様! ふざけるな、そんなことをしたら――」
「そこにいていいのかい、エルファス?
アンタだって危ないんじゃあないのか?」
彼の足元が徐々に熱を持ち、膨張する。エルファスは舌打ちしながら飛び上がり、破壊の円を逃れた。直後、アスファルトが爆発。威容を誇るザ・タワーが、その瞬間に生じた穴の中に飲み込まれて行った。オリジンの作り出した穴へと。
旧世代のオーバーテックとは言え、一度柱を砕かれれば自重を維持出来なくなる。自らの重さに引かれて、ザ・タワーは暗黒の中へと消えて行った。それは最上階に座するノイマンロスペイルとて同じことだった。繁栄時代の遺産と共に、シティを100年に渡り支配していた怪物は爆発四散したのだ。
「貴様ッ、分かっているのか!
統率を失ったオリジンがどれほど危険な存在か!」
エルファスは翼を広げ、狂ったように光線を放射し続けた。狙いさえ付けていない出鱈目な射撃、だがそれは地上を打つ雨の如し! 光線に晒され、ジェイドは身動きが取れなくなった。ユキは間一髪のところでビルに潜り込み、難を逃れる。
「人類の安寧は優れたる種の支配によってのみ成される! 貴様はそれを」
「イヤーッ!」「グワーッ!?」
彼は気付かなかった。混沌の状況を掻い潜り、自らの喉元へと迫っていたもののことを。彼女は素早くエルファスの側面に回り、羽根の機雷を見事にすべて避け、その首に手刀を到達させた。如何に強大なロスペイルであろうとも、肉体の大部分を損傷すれば、心臓を始めとした主要部位を破壊されれば、首を刎ねられれば、死ぬ。
エルファスの首が宙を舞い、オリジンの光に飲み込まれる。エリヤは空中でクルリと前転し、見事な着地を決めた。エンゼルロスペイルは壮絶な爆発四散を遂げた。
「チッ、なんだよこれは。想像以上におかしなことになっているじゃないか」
大気を焼き焦がす白い光は徐々に収まって行った。光の中から純白に輝く、陶器めいたつるりとした肌をした飛行物体が現れた。左右対称の取っ手が付いた、くびれのある水瓶と表現するのが一番いいだろう。何故飛んでいるのか、エリヤには理解出来なかった。
「あれがオリジンロスペイル。人類が生み出した、最大の過ちさ」
「あんなデカくて強そうなやつ、どうやって倒せばいいんだ?」
見た目からそれがどんな力を持っているのかは分からなかったが、ともかくすさまじいエネルギーを秘めているということだけは分かった。シティの電力をすべて賄ってもなお余りあるであろう、強大なパワーを。オリジンの体表をなぞるようにして黒い光が瞬き、そしてそれは凄まじい勢いで地面に落下し、エリヤたちの前に降り立った。
「無事でよかったです、エリヤさん。それに……」
降り立った虎之助とクーデリアは、ジェイドを鋭く睨んだ。
「よう、虎之助くん。俺が上げた力を、ちゃんと活用してくれているみたいだな」
ジェイドは一切悪びれた態度を見せずに言った。もっとも、いまはジェイドに構っている暇はない。オリジンを見上げ、思案した。どうすればいいのかと。
オリジンは上昇を続け、そして粒子障壁に到達した。誰もが障壁と対消滅を起こせばどれだけいいかと思ったが、それは極めて希望的なものに過ぎなかった。オリジンと黄金の障壁がぶつかると、障壁の輪郭がぼやけ、そして消えた。向こう側の空は青かった。
「粒子障壁を消滅させた、ってことか。
喜ばしいんだか、そうじゃないんだか……」
「あの障壁はオリジンが作ったものだ。
人間をここから逃がさないためにね」
ユキがビルから飛び降り、彼らに並んだ。オリジンの体から放たれる光が一層増し、そして彼の体から何かが地上に放たれた。地面とぶつかったそれは、様々なものを形作った。人、あるいは獣、あるいは昆虫。人間大のそれが構えを取った。
「オリジン端末ってところか。どうあっても戦いは避けられないみたいだな」
「上には僕が行きます。エリヤさん、ユキ、ジェイド。地上を頼んだぞ」
虎之助はクーデリアの手をギュッと握った。彼女は驚き、顔を上げる。
「行こう、クー。行って終わらせよう。200年の因縁に、ケリを付けよう」
決意を秘めた虎之助の言葉。クーデリアは少しの間迷い、そして力強く頷いた。
黒い球体が飛翔する。白い光が踏み出してくる。最後の戦いが始まった。




