14-シティ・ナイトメア
地下深くの都市構造体よりも、なお深い場所。最深部。傷ついた体を押し、オーリ=ガイラムはそこを目指していた。どこまでも続く巨大シリンダーと螺旋階段。だが彼の体は、意志は決して折れない。地下深くに封印された存在を肌で感じているからだ。
「あれさえ……あれの力さえあれば、私は、再誕することが出来る……!」
地下深くに封印されし始原存在、オリジン。彼はその存在をエルファスから聞かされていた。元々ネクスト・オリジンとして作られた彼はそれを知らぬまま数々の思想を植え付けられ、地上に放たれた。優越思想とコピー能力を持って彼は人々を扇動し、オーバーシアを設立。エルファスの計画の一翼を担うことになる。
彼は道化だった。当然、オリジンの存在を知らされること、それもまたエルファスの計画の一つである。だが彼はそれを知らず、無邪気に自らの勝利を信じている。
「おおッ……! これは、これほどのものが……!」
かつて、ここはミサイルサイロとして建造されていた。断絶次元障壁によって守られた要塞。誰からも傷つけられることなく、確実に相手を殺傷することが可能な質量兵器。多くの人を殺すはずだった兵器は、皮肉にも多くの人を守る力を持っていた。旧連邦は総力を持ってオリジンをこの地に追い落とし、電磁障壁と凍結処理によって永久に封印した。
だが邪悪な姦計は、悪魔を永遠の眠りより目覚めさせた……! 最深部に眠るオリジンを見て、ガイラムは思わず息を飲んだ。巨大、あまりにも巨大だ。少なくとも100mを越えるであろう巨体、およそ現存するどんな生物とも類似する特徴を持たない体つき、そして500m以上離れた場所でも感じる、力強き鼓動。
「オリジンよ、我に力を与えよ! 否、その力を私に寄越すがいい!」
「そうはさせるか、ガイラム! イヤーッ!」
上空から黒い物体が高速で落ちて来る。ガイラムは舌打ちした、重力加速度を増大させたエイジアによるアンブッシュだと、本能的に理解したのである。彼は痛む体を敷いて側転を打ち強襲を回避。彼が一瞬までいた場所が圧倒的エネルギーを受け破壊された。
「逃がさないぞ、ガイラム。お前はここで僕が倒す」
結城虎之助、そしてクーデリアは高らかにそう宣言した。
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あれはいったい何だ?
ガイラムの方を見ながらも、僕は眼下の存在を意識せざるを得なかった。陶器のようにツルツルした体表、およそ生物とは思えない。だが力強く鼓動を打っている。あれはもしかして、ロスペイルなのか?
「オリジン……! そうか、ここに封印されていたのか……!」
マリスさんの言っていた化け物が、あれか。オーバーシアも、『賢人議会』も、あれを求めている。あんな物のために何人もの人が不幸に襲われた!
「私はオリジンの力を手に入れ、地上を支配する! 邪魔はさせんぞォッ!」
「いいや、お前はここで死ぬ! オリジンもここで死ぬ! それで終わりだ!」
僕は踏み込もうとした。
その瞬間、死の気配を感じた。
ガイラムは感じなかった。
僕はクーを庇い、後方に倒れ込んだ。直後、不可視のエネルギー――恐らくは重力か、あるいは空力か――が僕たちのいた空間を、そしてガイラムを掴んだ。ミシミシと音が鳴り、骨が、肉が、皮がきしむ音が辺りに響いた。ガイラムは露骨に狼狽していた。
「これは……!? わ、私でも跳ね除けられない力だと!?
ま、まさかオリジン!」
オリジンの力は、ガイラムの能力を持ってしてもまだ高みにあるのだろう。先ほどからガイラムは気の毒になるほど強くもがいているが、跳ね除けられないようだ。彼の体が宙に浮き、そして段々とシリンダーの中心部へと向かって行った。
「お、オリジン!
まさか、まさかこの私を捕食しようとしているのか……!?」
オリジンに口はない。だが、それが開いたような気が僕にはした。それは当たり前のことなのだ。100年に渡り眠っていた『彼』は、とても空腹なのだから。
「待て、オリジン! 私を殺すな!
私を喪失していいと思っているのか!?」
説得が通じぬと知ったガイラムは、僕に目を向けた。そこにかつての威厳や尊厳、あるいは尊大さや傲慢さと言ったものは少しも見られなかった。たった一つの願い、『生きること』だけを彼は願っていたのだろうから。嘆願が聞こえた。
「助け」
だがそれも途中で遮られた。彼の体が重力に引かれ、オリジン目掛けて落下していく。悲鳴がシリンダー内を駆け巡り、恨み言が吐き出されるが、しかし現実は変わらない。ガイラムの体はオリジンに接触したかと思うとその体表を波打たせ、まるで入水するかのように消えて行った。僕たちはその光景を、ただ茫然と見ていた。
「オリジン……! 本当に、ガイラムを食ったのか……!?」
僕はオリジンを見た。陶器のように、あるいは卵のようにつるりとした部分が突如として開き、そこから茶色の目が現れた。そして、オリジンの巨体が動き出した。
ゆっくりと、だが確実にオリジンは個々を脱出しようと動いている。彼が通り過ぎた後は何らかの理由によって破砕されていた。巻き込まれれば僕たちも同じようなことになる、という確信があった。僕はクーを抱え、重力操作によって飛び出した。
「クー、オリジンっていうのはいったいどういう存在なんだ!?」
「あいつがいたから、父さんもこっちの時代に来ざるを得なかったんですよ!
始原にして最強のロスペイル、生物にして非生物の存在!
核となったオーリ=ガイラムの力を吸収し、成長しているはずです!
単純なエネルギー量ならどんな敵よりも……」
そこまで言ったところで、クーはきょとんとした表情になった。
「……あれ? ボク、どうしてそんなことを知っているんでしょう……?」
「そりゃきっと、クーがエイジアと同じ、未来から来た存在だからだろう!」
エイジアの力とクーの力、MWSとスレイプニル。そこには類似点が多すぎる。彼女もまた、エイジアと同じく未来で敗北し、過去に願いを託したのだ。もしかしたら彼女は、朝凪幸三の娘だったのかもしれない。目覚める時間が少し早ければ、あるいは。
僕たちは地上へと脱出した。だが、地鳴りめいた音を立てオリジンは進み続けている。どうすればあんな物を倒すことが出来る? 僕には分からなかった。
「何が出来るかは分からないけど……やるしかないか」
そう遠くないうちに、オリジンは地面を突き破って現れるだろう。頭を出したその瞬間が勝負のタイミングだ。そう思った時、僕の手が温かなものに包まれた。
「ダメです、トラさん。行かないで下さい、行っちゃダメです!」
「クー?」
「オリジンには勝てないんです!
生物としての格が違う……保有しているエネルギーがまったく違うんです!
人間は、眠りから覚めたオリジンに勝つことなんて無理です!」
彼女は必死になって僕を止めた。僕はクーに声を掛けようとした。その時、地面が焼け溶けた。オリジンの力か、あるいは彼に不用意に近付いたすべての者の末路か。オリジンは苦も無く拘束を破り、鋼鉄の空へと飛翔した。
オリジンの頭らしき部分が、天井に接触した。その瞬間、すべてが崩壊した。オリジン覚醒の時とさえ比べ物にならないほどの轟音、そして僕たちが、街が、この都市に存在するすべてが天に吸い寄せられた。僕は必死でクーの体を掴んだ。
「空間の裂け目に吸い込まれる……!?
このままじゃ、ボクたち……!」
飲み込まれ僕たちはどこに行く?
消えるのか、それとも。
「クー。勝てるかどうかなんて分からない。
何が出来るかさえも、僕には分からない」
クーは僕の体をギュッと掴んだ。
守らなければならない、小さくて儚い願い。
「それでも最後の瞬間まで生きることを、戦うことを諦めたくない……!」
僕は飛んだ、オリジンに沿うように。何をする気かは分からぬが、次元の裂け目に向かって行くということは少なくとも勝算があるのだろう。ならば、そのおこぼれに預かるのがいま出来る最善の手だ。
天高く飛翔し、オリジンに並び、そして――




