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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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04-正義の執行者

 目を覚ますと、ひび割れた天井が見えた。窓の外を見ると宵の帳がすでに落ちており、鈍色の空はなお昏くなっていた。ここはいったい? 辺りを見回すと、鵲さんがいた。


「目を覚ましたみたいね、結城探偵。

 彼に何か食べられるものを」


 脇に控えていた側近の男は恭しく一礼し、部屋から出て行った。


「確か僕は、工事現場跡で気を失って……

 連れて来てくれたんですか?」

「私たちを救うために戦ってくれた人ですから。

 助けないのは仁義にもとります」


 あの場に置いて行かれなかっただけありがたかった。僕は上体を起こし、肩を回した。クロスガードを行った腕はまだ痛むが、立ち上がれないほどではない。


「あの場には怪物がいたのですか、結城探偵?」

「あなた方はご存じなんですよね?

 人を殺す怪物……ロスペイルがいるということを」


 バーでの戦いの時も、みな慣れた感じだった。まるで日常的にロスペイルが現れ、人を殺しているかのように。そんなことはあってほしくなかった、だが鵲さんは首を頷いた。


「昔からです。我々は死神と呼んでいますが……

 少なくない住人が犠牲になっている」

「あんな化け物の存在を知っていて、それで」

「対抗出来る存在ではありません。

 銃弾も効かず、炎にも焼かれない。

 人を捩じ切る力を持ち、霞のように姿を消す。

 あれは死です。抗うだけ無駄なこと……」


 僕は目を伏せた。

 誰の力も借りられない場所では、それを受け入れるしかないのか?


 だが、鵲さんは言葉を続けた。


「父と母はそう思っていたようです。

 ですが、私は違います。私はいまを変えたい」

「……え? どうやって?」


「都市開発自体には、私は反対ではありません。

 ですが企業の連中が、他所から連れてきた連中に仕事をさせるのには反対です。

 サウスエンドに足りていないのは雇用であり、金です。

 サウスエンドの住人に幸せをもたらすことが出来なければならないのです」

「それはつまり……ここに住まう人々によってここを開発させるような?」


「その通りです。現地で作業を行えば、現地の住民が潤います。

 犯罪以外の手段によって糧を得ることが出来るようになるのです。

 私はそう言う道を選びたい」


 言うは易し、だが行うは難しだ。

 この街で一番大きな力を持っているのは行政府ではない、企業だ。

 彼らが、自分たちに儲けの出ないことをするだろうか?


「別に理想だけを語っているわけではありません。

 市長とも協議しているんです」

「市長と!? 確か、この間変わったジャック=アーロン……」


 前年の選挙で、都市市長は首を挿げ替えられた。当選したのは無党派のジャック=アーロン氏、再分配をスローガンに当選した。確か政策には再開発も含まれていたはずだが。


「都市再開発に関して、特措法を制定すると約束を頂きました。

 南方再開発の際には、現地作業員を50%以上雇用すること。

 それをお約束頂いたんですよ」


 なるほど。そしてその配分を鵲組が仕切り、マージンを取る。彼らの最大の利益のために、都市行政さえ利用する。想像していた以上にヤクザは強かだ。


「しばらくしたらヤクザも必要なくなるでしょう。

 そうなれば我々も廃業です」

「えっ……稼業を捨てる、ってことですか?」


 ヤクザは面子を何より重んじ、父祖から引き継いだ物を決して捨てない。

 僕は野木さんから、ヤクザと言うのはそう言う生き物だと聞いていた。だから、僕には鵲さんの言っていることが信じられなかった。そんなことを言うヤクザがいるなんて信じられない。


「ヤクザの成り立ちは、もはや誰も知りません。

 ですが、そうしなければならなかったのは確かです。

 サウスエンドは見捨てられ、セントラルを人は目指しました。

 そしてノースを開拓し、自らのものとしたのです。

 我々を見捨てて彼らは入植した」


 鵲さんはふっ、と寂しげに笑いながら続けた。


「ヤクザは弱き人々の矢面に立ち、怪物と七日七晩戦い抜いた。

 怪物は退けたが、代わりに彼らを受け入れるものはいなくなった。

 ヤクザは迫害された僅かな住民と共に南に留まった。

 名誉なく、賞賛を得られずとも、人々を怪物の脅威から守るために」

「それは……いったい?」

「ヤクザに伝わる古い神話です。

 この都市が始まった時より、ヤクザは存在しました。

 私はこの神話を信じています。

 ですが、姿を変えることは必要だと思います」


 鵲さんは立ち上がり、窓の外を見た。

 暗黒の世界を。


「この街をヤクザが統治したばかりに、彼らはいまも苦しんでいる。

 名誉はなくていい、賞賛がなくてもいい。

 ですが彼らが飢え痩せ細り、死んでいくのには耐えられません。

 この都市と同じく、ヤクザも変革を迎えて行くべき時なのです」

「……そうですね。変われますよ、きっと。鵲さんのような方がいれば」


 本当に変われるかどうかは分からない。

 それでも、鵲さんは理想を持ってそれに取り組んでいる。

 それなら……きっと、成し遂げられるはずだ。僕はそれを信じたい。


 その時だ。階下から悲鳴が上がり、銃声が聞こえて来た。

 僕は痛む体を強いて立ち上がった。

 何かが起こっている、尋常ではない何かが。


「鵲さんはここにいて下さい!

 何があっても下には降りて来ないで!」


 僕はキースフィアとバックルを確認。部屋を駆け出していった。




 断続的な銃声と悲鳴、それが鵲組の中で響いた。男たちの悲鳴と怒声、そして銃声は聞こえる。だが、襲撃者と思しき何者かの声は聞こえなかった。『彼』は、淡々と声も発さずにヤクザを殺しているとでも?

 まさか……ロスペイルなのか?


 階段を駆け下り、僕はエントランスへと続く扉を開いた。

 広々とした開放的なエントランスには観葉植物などの飾りがいくつもある。そして、そのどれもが赤黒い血で染まっていた。ソファに腰かけ、テーブルに突っ伏し、壁に縫い付けられ。人が死んでいる。


「あっ……ああっ……クソ、化け物、めっ……何が」


 うめき声が聞こえ、僕はそちらを見た。そこにはダークスーツを着たヤクザと、それを拘束する人影があった。首根っこを掴まれ、持ち上げられたヤクザは抵抗するが、ビクともしない。

 彼を捕らえた人型は――あの時見た、黒いエイジアだった。


「よせ、止めろォーッ!」


 叫んだが、黒いエイジアは止まらなかった。ヤクザがゼロ距離で拳銃を撃ったのに反応もせず、その首をへし折った。ヤクザの体が力をなくし、床に転がった。


「お前はいったい何者なんだ……!

 どうしてこんなことをする!」


 僕はキースフィアを取り出し、黒いエイジアを睨んだ。彼は踵だけを返して反転、僕の方を向いた。上体もほとんど揺らいでいない、凄まじい力を感じる。


「……私は審判者(ジャッジメント)

 堕落と退廃に染まったクズどもを滅ぼす存在。

 私こそが、都市に真の平和をもたらす英雄(ヒーロー)なり……!」

「ヒーロー……!?

 この有り様の……この有り様のどこが、ヒーローなんだ!」


 僕はキースフィアをバックルに挿入し、駆け出した。走る僕を装甲が包み込み、エイジアが展開される。踏み切り、僕は全体重を掛けたジャンプパンチを繰り出した。


 ジャッジメントと名乗ったそれは、上体を軽く逸らして一撃を避けた。渾身の一撃は壁に蜘蛛の巣状の亀裂を作るに留まった。ジャッジメントは流れるような動作で僕の背中に回り、チョップを繰り出す。断頭チョップをかろうじのところで受け止める。


「力任せの一撃……

 その力を、そんな風にしか使うことが出来ぬのか?」


 なに、と言い掛けた。

 だが、その前にジャッジメントの腕から電流が迸った。そしてそれが僕を焼く、怯んだ僕の腕が巻き取られ、そして投げられた。背中から床に激突、ジャッジメントは容赦のないストンピングを放つ。僕はそれを転がって避け、何とか立ち上がり距離を取った。鋭い格闘技と高出力の電流、そして素早い動き。


 強敵だ。


「鵲組のヤクザを殺したのも、お前の仕業なのか!」


 ソリッドはあそこを守るように鎮座していた。そして、扉は内側から開けられた形跡はない。扉はずっと埋まっていたのだから、当たり前だ。ならば、こいつが!


「この街を浄化する。

 そのためには穢れたヤクザなど不要だ……!」


 いつの間にか、ジャッジメントは一歩で間合いに入れる場所まで近付いていた。

 歩法で間合いを狂わされたのだ。身体能力だけでなく、技術も凄まじい……!


 ジャッジメントは軽いジャブめいた拳を繰り出した。それを捌き、直撃を避けるが、しかし徐々にダメージが蓄積していく。拳は電流を纏っており、一打ごとに僕を焼く。


 受け手に回っては不利だ、反撃しなければ。僕は攻撃の途切れ目を狙い拳を繰り出した。ジャッジメントは拳に手を添え、そして捻った。腕が内側に回され、体が前につんのめる。そこにジャッジメントの膝が現れた。腹を蹴り上げられ、息が詰まる。


 首筋に衝撃。手刀が叩き込まれたのだ。僕は平衡感覚を失い、うつ伏せに倒れ込んだ。その背中をジャッジメントは踏み締めた。そして、電流を放出した!


「グワーッ! グワーッ!」

「ああ、情けない……!

 その程度の力しか持たぬものが!」


 ジャッジメントは僕の腹を蹴り上げた。僕の体はボールのように跳ね、壁に激突した。凄まじい痛みが襲う、だが止まってなんていられない。渾身の力を込め立ち上がる。


 キースフィアを押し込み、ブースト機構を作動させた。両腕が赤熱し、周囲の大気が陽炎めて揺らいだ。ジャッジメントは全身の力を抜き、ゆらゆらとそこに立った。


 待っているのか?

 それなら、思い知らせてやる。エイジアの力を……!


 僕は踏み込み、右腕を繰り出した。

 その瞬間――否、寸前でジャッジメントは動いた。まるで僕がこう動くと予想していたように。僕の拳が到達する前に、稲妻めいた蹴りを放った。蹴り足は僕の腹に吸い込まれた。

 全身がバラバラになりそうになるほどの衝撃力。


『生命維持に支障のある衝撃を感知。

 緊急避難システムを作動させます』


 エイジアの装甲が爆裂した。衝撃を殺し、装着者を保護するためのシステムだ。僕は吹き飛ばされ、背中から床に叩きつけられた。立ち上がろうとしたがうまく行かなかった。


「情けなし……!

 その程度の力で継承者を名乗るなど、おこがましいぞ」


 ジャッジメントは怒りを込めて僕を睨み、罵倒した。


 何故だ?


 ジャッジメントは決定的な殺意を込めて僕に向かって歩く。

 殺される……!


 その時、発砲音があった。

 銃弾がジャッジメントの体にめり込み、そして落ちた。


「逃げなさい、結城探偵! 早く、立って!」


 ジャッジメントを撃ったのは、鵲さんだった。

 ジャッジメントの頬が嗜虐的に歪むのを、僕は見た気がした。ジャッジメントは方向転換し、鵲さんの方を向いた。そして駆け出す。小刻みなジグザグ移動で銃弾を避けつつ、距離を取った。


「正義、執行」


 そして、跳躍。

 大振りな跳び後ろ回し蹴りを繰り出した、それも電球を纏った蹴りを。


 電流が彼女の体を焼き焦がすのに一秒もかからなかった。

 炭化した死体は蹴り砕かれ、そして燃え尽きた。


 一瞬前まで存在した人が、消え去った。


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