13-神々の戦い
迫り来る武装ロスペイルを蹴散らしながら、エリヤとクーデリアはエンジンルームに向かった。彼女たちが通った後には、何一つとして残らない。
「トラさん、大丈夫なんでしょうか?
たった一人でガイラムと戦うなんて……」
「例え私たち全員で挑んだとしても、あいつに勝てるとは限らんだろう。
ならば、足止めをしてその間に船を落すのが一番確実だ。
信じろ、負ける戦いはせんだろうさ」
エリヤの口ぶりにも、どこか希望的な色が滲んでいた。クーデリアはぐっと歯を噛み締め、立ちはだかる隔壁を睨んだ。自らの苛立ちをぶつけるようにミサイルを大量生成し、放つ。艦内隔壁は外装よりも遥かに弱く、粉々に吹き飛んで消えた。
二人は広い部屋に辿り着いた。長方形の部屋の壁際には所狭しとコンソールやモニターが並んでおり、二人には理解出来ない数値が刻一刻と変化していた。彼女たちに知る由もないことだが、かつてはここがCICであった。
「我が同胞を殺し、ここまで来るとは。
キミたちの力を侮っていたようだ」
それを待ち構えていたものがいた。
一人は貴族めいた出で立ちの男、クラーク=スミス。
そしてもう一人は『十三階段』最後にして最強、ナルニア=ローズ。
「退いてもらいますよ、あなたたちには。
この先のエンジンルームをぶっ壊しますから」
「それはいけないな。
あれは正しく我らの心臓部、教主の意志を達するためにはなくてはならないもの。
あれを狙うというのならば……それは不敬。考えることがすでに罪だ」
「下らん押し問答をするためにここまで来たんじゃない。押し通るために来たんだ」
ナルニアは無言で二刀を作り出し、クラークは左足を前に出し、軽く曲げた。左手を突き出し、右手を心臓の手前に。第一関節と第二関節を軽く折り曲げ、まるで空を掴むかのような姿勢を取る。忘れ去られ、歴史の闇に葬り去られた古代武術の構えを取った。大気さえもクラークの発する闘気と技に恐れ、震えているかのようだった。
「ナルニアとやらを頼む。クラークの相手は、私がするよ」
「安心しました、エリヤさん。だってあいつ、強そうなんですもん」
エリヤとクーデリアは目線を交わさず笑い合い、同時に駆け出した。クーデリアとナルニアは同時に剣を振り下ろし、ぶつけ合った。チェーンソーブレードの回転機構が作動し、刀身上で火花を散らす。ナルニアの生成武器はその圧力に耐え切れないが、折られる前にナルニアはもう一本の剣を突き込んだ。クーデリアは逆の剣でそれを受ける。
一方、エリヤは刀を横薙ぎに振り払った。迫り来る死の刃を、クラークはチョップで迎撃。僅かに軌道を逸らし空振りさせると、逆の手でエリヤの顔を引っかくような突きを放つ。エリヤは流れを止めずに、振り払われた腕に沿うように回転した。
「強いな、アンタ。やっぱり、戦いってのはこうじゃないといけない」
エリヤの頬には3つの赤い線が刻まれていた。掠っただけで、この威力。直撃を受ければ肉は醜く抉れ、骨は切断されるだろう。素手の攻撃であってもだ。
「キミも強い。だが私には100年の蓄積があるのだよ。
キミは何年生きて来た? 10年か? 20年か?
いずれにしても技を磨くには不足。私の敵ではない」
「だったらやってみるか、爺さん。
キャリアしか誇るもののない奴に教えてやれることが一つだけある……
私はッ、この世界で一番強いんだってな!」
再びエリヤは切り込む。クラークはそれを迎撃する。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
4つの声が重なり合い、狭い室内に響き渡る!
一進一退の攻防、彼らの技はすべて五十歩百歩といったところか!
しかし……僅かな差が結果に反映されつつあった。
「ヌゥーッ……やはり強いな、あいつ。
どうすればいいと思う?」
戦いの刹那、エリヤとクーデリアは背中合わせに立った。二人の体には痛々しい傷がいくつも刻まれている。クラークとナルニアも無傷ではないが、しかし傷は遥かに浅い。二人も動けなくなるほど深い傷を追ってはいないが、徐々に押し込まれているのが分かる。
「交代しますか?
どれだけ武器を壊しても新しく作られちゃって……」
「奇遇だな、それを考えていたところだ。
どうもわざと技の勝負じゃ勝てない気がする」
一瞬の交錯の後、二人は戦う相手を切り替えた。クーデリアは両腕にガトリングガンを生成、クラークを撃ちながら近付いた。一方のエリヤはナルニアの二刀と切り結ぶ。
「相性がいい相手と戦いたい、というわけか。
だが相性などと言う些末なことは圧倒的な実力差の前には関係はない。
キミたちの思考も作戦も、何もかも押し潰してあげよう」
クラークは迫り来るガトリング弾を回し受けで止め、続けざまに振り払われたチェーンソーブレードをブリッジ姿勢で危うく回避。振り下ろされたもう一方のブレードを側転で回避し、クーデリアの横に回った。体勢を立て直したクラークは、鋭い掌打を打ち込む。クーデリアは手甲を生成しそれを捌くが、しかし凄まじい連打を受け切れない!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
クラークは打ってから、思いのほか鈍い手応えに困惑した。まるで鋼鉄の塊を打っているような、そんな感覚を覚えたからだ。クーデリアは自ら後方に跳び体勢を整えた。
(生身の体ならあれでやられていましたね……
っていうか、エリヤさんあれを避け切ったんだ。
つくづく人間離れしているっていうか、なんて言うか……)
サイボーグボディがかろうじで彼女の命を繋いだ。
次はない、彼女は考えた。
「こいつに勝つためには……! 出し惜しみなんてしていられない!」
彼女は自らの意志でジェノサイド・シフトを発動させた。プログラムされた闘争本能が活性化していくのを、クーデリアは必死になって押しとどめた。それが通用しないのは前の戦いで分かっている。手綱を握り、理性と共に戦うべし。
「多少姿が変わったところで!
私に勝つことは出来ませんよ!」
クラークが跳ぶ。エリヤは援護しようとしたが、それをナルニアが阻んだ。エリヤは首を狙って放たれた突き込みを紙一重のところでかわした。そう思ったが、しかし途中で刀身が二又に分かれる。彼女は顎下を切り裂かれ、呻き声を上げた。
「一撃で首を落させてはくれぬ、か。
まったく、生きているというのは面白いものだ。
ただの人間風情が、俺に容易く殺させてはくれぬほどの力を持っているとはな」
「殺せるって思ってるのか? だったらその増長、気に入らないな……!」
「増長ではない、事実だ。
俺はロスペイルとなり、人間を遥かに超える身体能力と特異資質を得た。
神の使徒だのなんだのとこそばゆいが、しかし強者であることは確か」
ナルニアは剣呑な形をした凶器を生成した。2m以上の長さを誇る大剣の刀身からサメの歯めいた鋭くギザギザとした刃がびっしりと生えているのだ。あれで切られれば、傷口は醜く抉られるだろう。しかし、エリヤはその武器から嗜虐性以上のものを見出すことは出来なかった。
「殺して進ぜよう。
お前がまだ実力差を理解せず、挑んで来るというのならば」
「グダグダ言ってないでさっさとかかって来やがれ。
お前などには負けん」
ナルニアはニッと笑い、剣を振り上げた。エリヤも刀を構える。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ある時はナルニアが押し、ある時はエリヤが押す。しかし優勢なのは……ナルニアだ。実際に打ち合ってみて、エリヤはこの武器の危険性を理解した。サメの歯めいた刃は特異な形状から間合いの感覚を狂わせる。更に刃と刃の間に敵の武器を差し込み、てこの原理を利用し折ろうとする動きもある。実際彼女も刀を折られかけた。
(だが、それならもっと形があるはずだ。
この武器……ただそれだけではないな)
エリヤは冷静に思考し、そして一つの結論を得た。
そしてそれはすぐ立証される。
10度目の打ち合いを終え、ナルニアは大きくバックジャンプを打って後退。地を這わせるようにして大剣を振り上げる。ギリギリの長さ。後退すれば避けられる、エリヤはそう判断し同じく大きく後退した。ナルニアの唇が、嗜虐的に歪んだのを見た。
ボシュッ、という空気が弾けるような音がして、大剣から刃が発射された!
サメの歯めいた奇妙な形状はこのためにあったのだ!
「エリヤさん!」
エリヤは、しかしある程度は予測していた。彼女はバックステップの反動で地を蹴り跳んだ。飛び込むような姿勢で刃と刃の間をすり抜け、更に空中で身を捻り回転、跳躍の全エネルギーを刀に収束し、それをナルニアに叩き込もうとした。
(あれを避けるとは見事なり!
だが、切り返しは俺の方が速い! もらった!)
ナルニアは素早く手首を返し剣を振り下ろそうとした。
ナルニアの方が、速かった。
その時、船全体を揺るがす振動がその場にいた全員を揺らした! クラークも、ナルニアも、クーデリアも、それに逆らうことは出来なかった。空中のエリヤを除いては。
(何たる偶然か……いや)
エリヤの口の端が歪んでいた。
『ザマアミロ』と言っているように彼には見えた。
(分かっていたのか、こうなることを)
体勢を崩したナルニアには避けることも防御することも出来ない。
遠心力を乗せた刀が彼を逆袈裟に両断する。
ティターンロスペイルは爆発四散した。




