13-市長の矜持
次々放たれるロスペイルの攻撃、そして味方の砲撃を避けながら、僕たちはメルカバへと進んで行った。甲板上にハッチが見える、あそこから入れる。
「クー! あそこにミサイルを! それで吹き飛ばさせるはずだ!」
「アイ・アイ・サー! 行って、MWS!」
クーはMWSを変形させ、ミサイルランチャーを形成。それを一斉に放った。ハッチへと殺到したミサイルが船体を損傷せしめ、ハッチを吹き飛ばした。僕たちはスレイプニルから一斉に飛び降り、ハッチの中に飛び込んだ。5mほど落ちてから鉄の床に着地、同時に前転を打った。頭上をマシンガンの弾が通過した。
「イヤーッイヤーッイヤーッ!」「「「グワーッ!」」」
跳ね起き放った三連チョップで武装ロスペイルの首を刎ね、爆発四散させた。少し遅れてクーとエリヤさんが床に降り立った。僕たちは船内を見回した。
「さすがは旧文明の遺産、って感じだな。
地下構造体と似たような感じがする……」
「で? これから私たちはどこに行けばいいんだ?」
僕はHMDに表示された地図データを説明しようとした、ところで壁にかかった地図を発見した。それによるとメルカバナインは全4層、ブリッジを含めれば5層になっている。様々なブロックがあるが、いま僕たちが向かうべき場所は2つだけ。HMDの情報と齟齬がないことを一応確認しつつ僕は話し始めた。
「制圧すべきはエンジンブロック、それからブリッジブロックです。
ブリッジについては言うまでもありません。
エンジンブロックを破壊して、この船を沈めてしまいましょう」
「それに、エンジンブロックには『プロメテウスの火』がある。
放っておけません」
『プロメテウスの火』? 何だろう、それは。クーに問いかけようとしたところで、通路の先に影が見えた。それは僕たちの姿を見ると退いて行った。
「……誰だ! 姿を見せろ!」
それは過度の奥で肩をすくめ、僕たちの前に姿を現した。
「……お前は。どうしてこんなところに……!?」
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戦場においてもっとも混沌としていたのは、皮肉にも安全とされたテント周辺であった。戦いへの心構えが出来ていないジャーナリストたちが狂乱し走り回り、ある者は腕に押し潰され、ある者はエネルギー弾に当たり蒸発した。そしてなお皮肉なことに……彼らは異常事態において職務を全うしようとした。正常な判断能力が残っていないのだ。
「……オスカー=トネリコとミスタ=バンドレットがお伝えします!
現場は非常に混乱しています!
市長軍はいったい何をしているのでしょうか!?」
顔を真っ赤にして熱弁するレポーターと、それを映すカメラマン。彼らの背後では人がゴミめいて跳ね上げられ、車両が押し潰されていた。常軌を逸した光景、少なくとも彼らが受け入れられるものではない。その牙は彼らにも迫っていた。
「このようなことが許されていいのでしょうか!?
オーバーシアの残虐行為に、我々は一市民として厳重な抗議を……
アッ! アアアアアアアアアーッ!」
飛んでくる火球を見て、レポーターは絶叫した。
目を閉じ、諦めた。
それから起こったことは、カメラだけが見ていた。少なくとも、彼らはまだ自分が死んでいないということは理解した。彼らを守るようにジャケット姿の男が立っていたからだ。二人は彼を知っている、何度もインタビューした男だ。ジャック=アーロン市長。
だが彼らには礼を言う暇もなかった。ジャックは人がいるのも構わず変身した。光が彼の体を包み込み、赤い甲殻を纏った戦士が現れた。彼は甲殻剣を生成し、続けて放たれた火球を防いだ。彼は一瞬、目を後ろに向ける。二人の怯えた顔が見えた。
(再選は絶望的、いや果たして次があるのかね?
まあ、ンなことはどうでもいいんだ)
ジャックは甲殻剣を水平に構えて駆け出した。強化ロスペイルの火炎攻撃は、いかに優れた防御力を持つジャックと言えど直撃を受ければ一撃で爆発四散するだけの威力を持つ。故に、彼はジグザグ走行で火炎弾をかわしつつ敵の足元へ回った。
勝っているのは小回りだけ、そして彼は長い戦いの中で理解していた。強化ロスペイルの再生能力は、『エデンの林檎』を移植された二人のロスペイルよりも遥かに低い。一度腱を切断し、転倒させてしまえばしばらくは立ち上がれない。その隙に市長軍が仕留めることが出来る。だからこそ、ジャックは駆けた。駆け抜け剣を振り回した。
「ッハ……! ハハハハハァーッ!
やっぱり俺ァ、こっちの方が性に合ってらァッ!」
ストリート時代の残虐な感性が蘇る!
生きるか死ぬか、騙すか騙されるか!
所詮この世は弱肉強食、そして自分たちは食われる側だった!
だからこそ彼は知恵を、力を、根性を振り絞り戦ってきた!
この世界に抗い、自分が喰らう側に回るために!
それでも……残虐な世界であっても、救いはあった。
吹き消されそうな小さな光が。
「デカブツどもの相手のやり方は分かってんな、手前らァッ!
足撃って、転ばせて、そんでもってぶっ殺せッ!
やり方は全部同じだ、どんだけデカかろうがよォッ!」
乱暴に振り下ろされた腕をバック転で避け、更に反動で地を蹴り腕を昇る。接近を嫌った強化ロスペイルが乱暴に腕を振り回し、同士打ちめいた状況を作り出す。ジャックは頭まで登ると甲殻剣を振り上げ、何度も振り落とした! ロスペイルの頭部が爆発する!
「こいつらは化け物なんかじゃねえ、ただの獣だ!
俺たちはなンだ! 人間だろう!」
別のロスペイルが前に出て来た。ジャックは頭を跳び降り、強化ロスペイルの腕をかわす。仲間だったものに頭を潰され、強化ロスペイルが爆発四散した! 爆風に紛れてジャックは走り、戦場の奥へと向かって行った。目指すは最大戦力、ベヒモス!
「脆弱なる人の子よ、恐れよ!
我こそは神の使徒、偉大なる天空を支配せし竜なり!」
「おとぎ話の化け物気取りかよ、クソが!
化け物なら化け物らしく、死んじまいな!」
戦車目掛けて振り下ろされようとしていた腕目掛けて跳躍、横合いから甲殻剣を叩きつけた! 剣がまとめて爆砕、衝撃力を受けベヒモスの体が流れ、肩から地面に倒れた。戦車はその隙に危機を脱し、全速力で後退していく。
「あくまで人の側につくか、ジャック=アーロン!
祝福を受けた身でありながら、何と情けなし! 虫唾が走るぞ!
我らが天意は自明であり、故に――」
「うるっせえンだよ、狂信者!
手前らに構ってられるほど、この街は暇じゃねえ!」
着地したジャックは連続側転を打ち、駄々っ子めいて振り下ろされるベヒモスの腕を危うく回避! そう、シティはこんなものに構っていられる暇はない! いまこうしている間にも貧者は抑圧され、老人はないがしろにされ、若者の目からは希望の光が失われて行く。人間の世界を正すことが出来るのは人間だけだ、化け物ではなく!
「愚か者め! 人に世界を変える資質も資格もなし!」「グワーッ!」
ジャックの僅か横に火炎弾が着弾!
衝撃に煽られ、ジャックは吹き飛ばされる!
「堕天した者に、生きている資格などなし!
この場で処断してくれようぞ!」
ベヒモスは口元から炎を舌めいてチロチロと迸らせ、そして放った。爆発四散どころか蒸発さえも免れない一撃! ジャックは息を飲み、最後の瞬間まで足掻いた。
ジャックの体が何者かに捕まれた。それは空中でぐるりと身を翻し、ジャックを投げ捨てた。乱暴なやり方だが、しかしこれで彼はベヒモスの攻撃から逃れた。
「グワーッ!」「なに!? この期に及んでバカな……!」
ジャックを助け、自身もまた炎から逃れた緑色の戦士はベヒモスを睨んだ。
「僕も戦う。これ以上……
悲しい思いをする人を増やしちゃいけない!」
ユキは構えを取った。
全身を覆う動脈めいた刻印が赤く蠢いた。




