13-命長らえても、尚
……どれだけの時間が経ったのだろう?
僕が目を覚ました時、すでに夜だった。
「……僕は? いったいどうして……
あれから、いったいどうなったんだ?」
「お前はオーリ=ガイラムに敗北した。
転がっていたのを、私が回収したんだ」
声を聞き、そちらを見る。そして、目を剥いた。フラワーロスペイルの女が傷ついた目で僕の――結城虎之助の――ことを見ていた。立ち上がろうとして、僕は痛みに呻いた。
「まだ動くな。ガイラムに打たれた傷が、まだ痛むだろうからな」
エイジアの変身が強制解除されるほどのダメージを受けたのだ、当たり前だ。僕は辺りを見回した。オーバーシアの基地にでも連れて来られたのかと思ったが、意外にもそうではなかった。打ち捨てられた安アパートの一室、と言ったところだろうか?
「どうして僕を助けた?
ガイラムは僕を殺そうとしたんだろう?」
「ガイラムの意志は私の意志とイコールではない。
奴には奴の、私には私の考えがある」
彼女は僕の額に置いた濡れタオルを交換した。冷たい感触が心地いいが、それとは裏腹に僕は混乱した。この女、いったい何を考えているのだ?
「……強いて言うなら、死んだ息子が生きていればお前くらいの歳になる。
もしかしたら、それでセンチメントに流れてしまったのかもしれんな」
「死んだ、息子? それって……その傷の原因になった?」
聞いてはいけないことだったのかもしれないが、聞かずにはいられなかった。女は露骨に不快そうな表情を作りながらも、ポツポツと僕に語り始めてくれた。
「この街で暮らしていれば、誰にだって起こりうる悲劇さ。
あるところに、慎ましくも幸せな家庭を築いている夫婦がいました。
そこに悪い人が現れて、夫と息子を無残に殺し、妻を凌辱しました。
そして妻も、悪い人に殺されてしまいました……それでおしまいだ」
ありふれた、しかし凄惨な悲劇。
彼女の目には確かな怒りが籠もっていた。
「違うところは、絶望の中に湧き上がった怒りを私は掴み取り覚醒した。
そして悪い人たちを皆殺しにして、闇の中に紛れて行った……
というところだ。だから私はこの街が大嫌いなんだよ。
悪人、見て見ぬふりをする人、知りすらもしない金持ち、そしてすべての元凶。
この街はこの世の穢れが、たまたま街の形を取っているだけのものだ」
この人も、憎悪のために戦っている。
僕と同じように……それより強く。
「私はガイラムとともにこの街の汚濁をすべて取り除く。
この街を滅ぼすことで……!」
「そんなことをすれば、この世界は終わってしまう!
それでいいんですか、あなたは」
「いいさ。私はそのためにガイラムに協力しているんだから……」
思考が止まった。
この人の言っていることが、理解出来なかったからだ。
「私はこの街が大嫌いだ。だが、評価もしているんだよ。
この街は金持ちと貧民を最適なバランスで作り出し、維持させている。
ボロボロになった屋台骨を、ゴミで彩っているようなものだがな。
だが、ガイラムにはそうしたプランが一つも存在しない。
いまはカリスマで組織を維持しているが、それよりも大きくなれば保たない。
私はそれが見たいんだよ、私たちを殺したこの街が無様に崩れる瞬間を。
そのために私は悪魔に魂を売った」
すべての滅びを見届けるために、彼女は戦っているというのか? 後ろ向きとすら言うことの出来ない戦いの動機、理解することが出来ない。どれほど強い絶望を抱けば、こんな考えを抱くことが出来るのだろうか? 滅んだ先に何もありはしないのに、それでも。
「ガイラムはこれから都市機能に重大な破壊をもたらすだろう。
それを阻むことは、もはや市長軍にも、キミたちにも出来はしない。
最後の瞬間を心やすらかに迎えたいなら、黙って寝ているべきだ。
私もそうしてくれると、心が痛まないので助かる」
彼女は踵を返した。
僕は去って行こうとする背中を呼び止めた。
「待ってください。最後に……
あなたの、名前くらいは教えてくださいよ」
彼女は振り返った。心底驚いたような表情をしながら。
「どうしてそんなことを聞く必要がある?
私とキミは敵同士、これから戦うにしろ、戦わないにしろそれは変わらない。
敵の名前をわざわざ聞く意味があるとは思えないな」
「例え敵だったとしても、アンタは僕の命の恩人だ。
気持ち悪いんだよ、そういうの。例え敵だからって恩は忘れたくない。
何も知らないまま戦うなんて、その方が嫌だ」
彼女は一言では言い表せない複雑な表情を取った。
少し、彼女は迷った。
「……マリス。マリス=クインベルだ。
さようなら、少年。もう会うこともないだろう」
彼女はそれだけ言って、去って行った。
「……虎之助。僕の名前は結城虎之助だ」
今度こそ帰っては来ないだろう。
「……朝凪さん。聞こえているか?
さすがに、まだ死んだなんて言わないだろう?」
僕はこれまで沈黙を保っていた朝凪幸三に語り掛けた。
数秒後、声が聞こえた。
(エイジアシステムが沈黙したと思わせなければならなかったんだ。
しかし、どうして攻撃を行わなかった? あの女は油断していたぞ。
倒すのは無理でも手傷くらいは……)
「命の恩人にそんなことが出来るか。
僕はアンタとは違うんだぞ、朝凪幸三」
ロスペイル殺すべし、慈悲ない、てか。
この男の思考はエキセントリック過ぎる。
(私とは違う、か。確かにその通りだ。
それで、どうするんだね、虎之助くん?)
「決まっている、ガイラムを止める。
痛いだのなんだの、言っていられないからな」
正直な話、痛みは残っている。だが、ジャッジメントと戦って負けた時よりは遥かにマシだ。今回より傷はずっと浅かったが、あの時は立ち上がる気力さえ湧き上がらなかった。自分でも、過去といまとの変化に驚いている。これが僕の……憎悪の力か。
「朝凪さん、敵が何をするか予想出来るか?
シティのすべてを滅ぼす、って……」
(可能性はある。本来ならば戦いの最終局面で出てきたはずの力だ)
「けど、歪んだいまならばその可能性だってあるってことか」
彼の知識を借りられるのも、もしかしたら今回が最後かもしれない。
(この街の地下には戦艦が埋まっている。
太古の時代に用いられ、墜落したものをガイラムたちが修復したのだ。
その名は空中飛翔艦『メルカバナイン』)
「メルカバナイン……」
古代神話に登場した神の下僕、だったか?
(メルカバナインが起動すれば、市長軍を蹴散らすのもワケないだろう。
市長軍に空戦戦力は存在しない、質量弾による一方的な勝負になるはずだ。
我々もそれで敗れた。それを防ぐに内部に侵入し、戦艦を落すしかない。
経路は既に頭に入れてある)
「どこだよ、頭。まあいい、さっさと行こう」
ショートメッセージだけを仲間に送り、僕たちは走り出した。
目的地はイーストエンド、鉱区。
なるほど、地下に埋まったものを採掘するにはおあつらえ向きな場所だ。




