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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
燃え上がる怒りと憎悪の炎
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13-ユキ、覚醒

 ロスペイルの力を、すべて操ることが出来る?

 そんなバカな……


「まさか、エイジア……こんな子供だったとは」


 フラワーが言った。

 感情が籠もった言葉を、この時初めて聞いた気がした。


「如何に子供であれど、彼は染まり切っている。

 シティが彼の態度(アティチュード)を形作り、生き方(スタイル)を決めた。

 浄化するためには、その命をもって贖わねばならぬ」


 ガイラムは僕を見下ろし笑った。

 止めろ、その勝ち誇った顔を……!


「キミは救いを求める魂を無慈悲に殺戮して来た。正義の名の下に。

 だがそれはキミの罪ではない。正義を歪めるこの世界そのものの罪だ。

 キミの魂は神の名の下に浄化され、輪廻を経て私の下へと帰るだろう。

 死は慈悲だぞ、エイジア」


 ガイラムの手が危険な輝きを放ち、手刀が形作られる。


 正義の名の下? ふざけるな、それはお前のことだろうが。僕がこんなことをするのは、正義のためじゃない。お前を恨むすべての人の意志に報いるためだ。そんなことをこいつは理解しないだろうが……!


 僕はガイラムを睨んだ。

 こんな奴に屈することなど、あってはならないから……!


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 死が兄さんに振り下ろされようとしている。僕はそれを見た。地面を掴み、上体を押し上げ、立ち上がろうとする。上手くいかなかった。このままでは、兄さんが殺される……


(こんな状況を黙って見ていて、それでいいのか? お前は?)


 精神の同居者が叫ぶ。

 彼は僕のやりたいことを、僕以上に理解している。


 地を蹴り、駆け出す。口をいっぱいに開き、酸素を取り込む。自分の体を危険なアドレナリンが満たして行くのが分かる。もっとも速く、もっと力強く! 僕の体が変換され、チカラが満ちて行く。一際強く地面を蹴り、ガイラムの喉元を狙った。


「イヤーッ!」「!? ヌゥーッ!」


 ガイラムは腕を硬化させ、僕が振り下ろした爪を防いだ。その勢いを殺さず、僕は体ごとぶつかった。ガイラムは力勝負になるのを嫌い、僕を受け流し後退した。


「これは……驚いたな。

 まさか、キミがそうだとは思わなかった……」


 ガイラムは僕を見て笑みを浮かべ、兄さんは驚愕に顔を歪ませた。


「ユキ、お前……ロスペイルだったのか(・・・・・・・・・・)……!?」


 そう。僕の体はいま白く輝くフサフサの体毛に包まれている。この姿になると、長くなったせいか鼻が利くようになり、大気の味さえも感じられるようになる。ピンと立った耳はどんな音も聞き逃さない。鋭く尖った爪は鋼鉄でさえも容易に切断する。


 そして何よりも……敵を倒したいという強烈な衝動が生まれて来る。


「その姿。ウルフロスペイルとでも言うべきか、結城正幸くん。

 まさか気味がロスペイルだったとは、驚きを禁じ得ないよ。

 そして残念だ、キミが救いを理解しない……」

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」


 僕はガイラムの言葉を無理矢理切り、素早い三連撃を繰り出す。ウルフの瞬発力は――これまでロスペイルと戦ってきたからよく分かる――ロスペイルの中でも上位に属するものだ。そこに鋼鉄を切り裂く爪の破壊力が重なれば、敵を倒すことは容易い。


 だが、ガイラムは違った。二撃を容易く回避、最後の一撃を屈んで避け、カウンターパンチを繰り出して来た。臓腑を抉る重い衝撃にたたらを踏みながらも、僕はガイラムを睨んだ。アドレナリンの流れに従い、ガイラムをバラバラに切り裂くために。


「まるで獣だな。

 キミは人として知性を得た、ならば人として振る舞いたまえ」


 すれ違いざまに放った攻撃は腕によって防がれた。続けて繰り出した樹を蹴っての鋭角スプリント攻撃も容易く避けられる。御桜先輩ほどとは行かなくても、かなり速かったはずだ。ガイラムのスピードは僕を軽く凌駕している……それだけなのか?


「キミがどう動くか分かっている。

 天より見通す目からは逃げられないと知りたまえ」


 ガイラムは天を指さした。鈍色の空に、白い球体がいくつも浮かんでいた。それは、まるで眼球のようなグロテスクな物体だった。僕を見据え、嘲笑うものがそこにあった。


 目が光り、そこから光線が降り注いだ。光線は僕の体を打ち据え、貫く。凄まじい痛みに耐え、僕は破れかぶれに蹴りを繰り出した。が、あっさり受け止められる。ガイラムは僕を憐れむように目を伏せ、無理矢理投げ捨てた。壁に叩きつけられ、僕はもう一度倒れ伏した。今度こそ指一本動かすことが出来ない、ロスペイルへの変身さえも解除された。


「キミは殺さない。

 キミは救いを受けるべき人間であり、哀れな犠牲者だからだ」


 ガイラムの両腕に光が収束し、それは徐々に分裂し、小さな球体の形を取った。


「だがそれ以外の人間はすべて殺す。心得よ、魂の救いは死にこそあり!」

「止め――!」


 止める暇もなかった。ガイラムの腕に収束した光が天高く舞い上がる!


「コンバット+サンライト+レインメーカー+セプテントリオン」


 球体の光は空中で更に2つ、4つ、8つ、16と分割され、地上に降り注いだ! 光が当たった場所が砕け、弾け、爆発した。外観を保っていた『白屋敷』も圧倒的な威力に晒され、粉々に砕けて行った。暴威が過ぎ去るまで、僕は動くことが出来なかった。


 すべてが終わった時には『白屋敷』も、エリヤさんも。

 兄さんも、残っていなかった。


「素晴らしい力だ。初めての組み合わせだったが、いいな。

 浄化は次からこれでしよう」


 ガイラムは何の感慨も抱いていないようだった。彼はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように無邪気な笑みを浮かべながら感想を口にした。僕は心底、その笑みに恐怖を覚えた。どうして誰もが……こんな男に唯々諾々と従っているのだろうか?


「それでは、さようなら正幸くん。

 いずれまた会うことになるだろう、神の権能をこの地に知らしめるその時に。

 その時にはキミの意志も固まっていることを期待するよ」


 ガイラムは丁寧にお辞儀をし、フラワーロスペイルを伴ってその場から去ろうとした。彼はフラワーと何かを話した。フラワーが首を横に振った。彼は苦笑し、一人でこの場から去って行った。フラワーが僕を見て、哀れなものを見るようにして首を振った。


「ッ……! ああああぁっ、うわぁぁぁぁぁぁーっ!」


 誰もいなくなった場所で、僕は叫んだ。涙を流し、拳を地面に打ち下ろした。


「何も、何も出来なかった……!

 キミの力がありながら、僕は何も出来なかった!

 命を賭けて、あいつと戦うことさえも出来なかったんだ……!」


 もう内にいるウルフは答えない。僕の情けない有り様に、愛想を尽かしてしまったのかもしれない。ああ、いっそのこと身の内から僕を食い殺してくれればいいのに。


 そうすれば、僕はもう……

 こんな苦しみを感じることもないのだから……!


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