13-オファリング
邸内にいたオーバーシアの会員は、市長軍によって速やかに制圧された。彼らは何故かロスペイル化しておらず、貧弱な火器と狂信力によって武力を押し止めようとした。もちろん、それは無駄であり、ものの十数分で『白屋敷』は完全に制圧された。
「何だこれは、簡単すぎるんじゃないか?
本当にここが連中の本拠地なのか?」
さしものエリヤさんも困惑した様子で言った。その足元には失神したオーバーシア会員の姿。僕はエリヤさんとクーに守ってもらいながら、先に進んで行った。
『キナ臭くなって来やがったな。
もしかしたら連中の罠かもしれん、軍には撤退指示を出す。
すまんが、もう少し中を調べてくれないか?
何かあるかもしれないし……』
「無かったら無かったで、速やかに軍を再展開出来る。
分かりました、引き受けます」
市長への返信を打ち、僕たちは『白屋敷』を進んで行った。豪華な外見とは裏腹に、屋敷は一階建てだった。突き出た天井部分は殆どはりぼてめいているのだ。その代わり、屋敷の広間には地下へと続いて行く階段があった。何本もの太いチューブが地下に向かって伸びており、それらは不可解な色の液体や発電ジェネレーターに続いている。
僕たちはチューブを追って地下に潜って行った。ジメジメとした滑りやすい回廊が僕たちを出迎える。時折壁に付けられたタングステン灯が不機嫌に明滅した。
「何が起こっても不思議ではないな。
気を付けろよ、虎之助くん。クーちゃん」
僕たちは息を飲み、頷いた。ゴウン、ゴウンという重い機械の動作音を聞き、エリヤさんが腕を掲げ僕たちを止めた。彼女は先行し曲がり角から先の様子を見て、僕たちに来るように促した。僕たちも角から顔を出し、先の様子を伺った。
古びた煉瓦床の上には近代的な危機がいくつも置かれており、対象者のバイタルデータや脳波と言った、様々な生体データを監視している。研究者たちはそれを興味深げに見たり、研究対象を目視で確かめたりしていた。ベッドに横たわっているのは、御桜優香。
「……!? どうして、御桜さんがこんなところに……」
「さあな、だが捕まっていることだけは確かだ。
クーちゃん、私は左をやるからキミは右の連中をやってくれ。
虎之助くん、御桜さんの安全確保を頼んだぞ」
僕が頷いたのと同時に、二人が駆け出した。情けない悲鳴と凄まじい戦闘音を聞きながら、僕は御桜さんの肩を掴み揺さ振った。その感触は死体めいて軽かった。
「御桜さん、しっかりして下さい!
僕です、結城です! どうしてこんなッ……!」
「ま、待て! それに触れるな!
危険すぎるんだ、止めろ! 止めてくれ!」
止めろだと? 彼女をこんな目に遭わせておきながら!
僕の怒りをクーが代弁した。
「彼女の目を覚ましてあげてくれますか?
ボクたち、連れて帰らないといけないから」
「だからダメなんだ!
彼女を目覚めさせてはダメだ、まだ時間が足りない!」
研究員を殴りながら、横目でパソコンモニターを見たエリヤさんの顔色が変わった。
「行かん、虎之助くん! 御桜優香から離れろ! 彼女は――」
御桜さんの目が開いた。黄金の瞳が僕のことをじっと見た。
僕はこの目を知っている。
「そんな……! 既定の三倍量の麻酔を使っていたんだぞ?
なのに、こんな……」
研究員の言葉が遥か遠くに聞こえる。主観時間が鈍化し、僕がもどかしいほど遅くなる。御桜さんは右手を化け物のそれに変じさせ、真っ直ぐ僕の腹を狙って突き込んで来る。反応も回避も不可能、ああ、こんなこと前も確かあったよな……!
「ダメだ、兄さん!」
僕は首根っこを掴まれ、思い切り引かれた。息が詰まり、一瞬意識が遠のくがそのままでいるよりはずっとマシだっただろう。御桜さんが突き込んだ爪が僕の腹を貫通し、絶命させていた。僕は僕の首根っこを掴んだものの顔を見上げた。
「ユキ!? どうしてこんなところに……
どうやってここのことを知ったんだ!」
ユキは表情を険しくさせたまま答えない。御桜さんの苦し気な呻き声が聞こえて来た。僕はそれを見て、愕然とした。そこにはすでに、御桜優香と言う人の姿はなかった。
彼女の体が光に包まれ、ロスペイル態であるアルクトドスロスペイルへと変じる。だが、変化はそれだけに留まらなかった。メキメキと音を立てて骨格が歪んで行き、空気抵抗を考慮した流線形めいた形に変わっていく。それは刀の如く鋭利で、鋭く、危険だった。黄金に輝く瞳が一際強く煌めき、腕を振りかぶった。ユキが僕を押し倒す。
腕が振るわれる瞬間を、僕は見ることが出来なかった。轟、と音がした、その瞬間には御桜さんの腕は元の位置に戻っていた。僕の頭上を圧倒的な破壊のエネルギー、衝撃波が通り抜けた。哀れな研究者は頭を吹き飛ばされ絶命した。
「何だよ、これ。いったいなんで、どうしてこんなことに……」
僕は朧気に、この現象が意味するところを知っている気がする。だが、それが分かりたくなかった。納得なんてしたくなかった。だが、現実は僕を決して逃がしはしない。
「どうやら、実験台にされてしまったようだな。
『エデンの林檎』の実験体に……!」
モニター上には『エデンの林檎』『改修済み』『テスト』の文字が躍っていた。ふざけるな、そんなこと……! お前たちは、オーバーシアはどれだけ犠牲者を生めば気が済む?
「残念ながら、虎之助くん。やらざるを得ないようだ。
『エデンの林檎』を植え付けられた以上、彼女はもう助からない……!」
エリヤさんは刀を構え、クーはMWSを攻撃的に変形させる。
僕は歯を噛み締める。
「……変身!」
僕はエイジアへと変じ構えた。あの時のように、『エデンの林檎』の存在を感じることが出来ない。林檎は彼女の肉体と深く結び付き、一体化してしまったのだろう。摘出は不可能。御桜さんが僕を睨み、そして咆哮を上げた。
次の瞬間には姿が掻き消えた。




