12-デモリッション・ウーマン
崩壊した甲板に降り立ち、僕はもう一度息を飲んだ。デカい、あまりにも。ベヒモスロスペイルのそれすらも上回るほどの巨体、足がいまだ自由になっていないのが救いか。
「クー、止めるんだ! クーデリア、止まってくれ!」
僕は空を舞うクーを見上げ、叫んだ。彼女は止まらない、何らかの使命かプログラムに突き動かされるまま、危険なロスペイルと判断した子供に絶え間ない銃撃を行っている。ふざけるな、キミと一緒に遊んでいたあの子なんだぞ!? そんなことをするな!
僕は銃を生成し、クーを撃った。彼女は歪みを避けながらそれを容易く避け、逆に僕に一撃をくれた。放たれたロケット弾を側転で回避し、クーを睨む。
(どうすればいい?
アリーシャを止められたとしても、クーは止まるのだろうか?
それに、クーがアリーシャを止めようとするのを僕は止められるのか?)
その時、僕は全身を引き千切られるような、奇妙な違和感に気付いた。僕の右足が歪みの中に囚われていたのだ。素早く前転を打ち歪みを回避、爆炎を背にして立ち上がった。文字通りの無差別攻撃、解き放たれればどうなるか想像もつかなかった。
(虎之助くん、彼女を殺せ。
林檎の力を得たデーモンロスペイルはまごうことなき強敵だ!
その力はシティの大部分を圧潰させ、人類は悉く歪みの中に飲み込まれる!
強力だが不完全ないまを置いて殺害のタイミングは存在しない!
やるんだ、虎之助くん!)
「黙れ、朝凪幸三! 僕はあなたの操り人形ではない!」
抗弁しながらも僕はアリーシャに銃を向ける。皮肉な話だ、救おうとしている相手を傷つけなければいけないとは。だが、彼女が万全な状態では林檎を取り出すどころか、探し出すことさえも出来ないだろう。まずは弱らせなければならない!
超音速の弾丸が柔肌に突き刺さる。アリーシャは苦し気な叫び声を上げながら、恐るべき殺意を込めた目で僕を睨んだ。自由になった腕を振り上げ、振り下ろす。技術もへったくれもない単純な一撃だが、僕とアリーシャの質量差は歴然。あんな物に押し潰されれば装甲解除どころか、一瞬でハンバーグめいた肉塊に変わってしまうだろう。
バック転で腕から逃れ、僕は振り下ろされた爪を蹴り腕へと昇った。デコボコした筋肉の丘陵を昇り、アリーシャの頭部へ! 彼女は叫びながら逆の手を使い僕を叩き落とそうとする。それを加減速で避けながら突き進む、あと20m!
そう思ったところで、彼女がいきなり消えた。僕は足場を失い、落ちる。いったいどこに? 見ると、アリーシャは50m以上離れた場所に、僕が昇って来た場所に立っていた。自らを歪みに飲み込ませ、空間を切り取り移動したとでも言うのか?
空中に投げ出された僕を、アリーシャの裏拳が襲う。ブースターを生成し上に逃げるが、風圧に煽られバランスを崩してしまう。早く立ち直らなければ、そう思えば思うほど体がもどかしく空転する。彼女は僕を睨んだ、歪みが僕を狙う。
「イヤーッ!」「AAAAARRRRGU!」
赤い戦士を背負った御桜さんが船の甲板を蹴り、弾丸めいた勢いでアリーシャの脇腹を抉った! 鮮血が撒き散らされ、肉片が舞うが、その傷はすぐに修復される。アリーシャは目線を御桜さんに向け、歪みに飲み込もうとした。しかし、空中で彼女の軌道は爆炎によって無理矢理変更された。市長がスラスター代わりに乗っているのだ。歪みは二人の僅か上で閉じ、爆発を残しながら消えた。その隙に僕も体勢を立て直す。
なおも追撃を行おうとしていたアリーシャだが、何かに気付き振り返る。振り返った眼球に鋭い槍が突き込まれた。咆哮は振動となり辺りを揺らし、不安定な岩山が崩落した。クーがMWSを変形させ、槍と成し彼女を突いたのだ。槍がバチバチと火花を上げる。
「クー、止めろ! もう止めるんだ!
お前が何をしようとしているのか分かっているのか!?
彼女を殺したら、キミだって絶対に後悔するんだぞ!」
僕はブースターを全開にして彼女に突進、その脇腹に蹴りを叩き込んだ。くぐもった悲鳴が聞こえ、クーの体がくの字に折れた。僕はクーを蹴りつつスラスターを更に噴かせ、彼女の体を押した。ブースターの力で対抗しようとするが、先制攻撃を仕掛けたこちらの方がやや優位に立った。彼女を引きずり、僕は空を駆ける。装備車から離れたことによって槍が分解され、彼女の下に戻って行った。クーの腕が僕を掴む。
クーの目がレンズめいて収縮し、空いた左腕が僕の首を掴んだ。
僕は叫ぶ。
「クー! 目を覚ませ!
機械の言いなりになるようなッ……そんなつまらないことがしたいのかよ!
機械らしくないところが、キミのいいところじゃないか!
大事な人を殺せなんて、そんな命令に従ってるんじゃないよ!」
クーが僕を掴む力が、徐々に弱まって行く。
同時に機械化が収まって行った。
「……あれ、どうしたんですか? っていうか、ボクいったい……」
数秒の後には、クーは完全に可憐偽装を展開し、元の姿に戻っていた。同時に、MWSとの一体化も解除される。つまり、彼女は飛行能力を失ったわけだ。
「って、空!? どうしてボク空に浮いてるんですか!?
アイキャンノットフライ!」
「落ち着いてくれ、クー!
エイジアの推力じゃ、二人を支えるにはちょっと……」
常人二人ならともかく、装甲を纏った僕とサイボーグのクーでは完全に推力不足だ。細っこい外見に反して、クーはとても重い。中身が詰まっている、ということだろう。重力に引かれて落ちて行く僕たちに、アリーシャが右腕をかざして来た。
クーはMWSでガトリングガンを形成、発砲した。放たれた弾丸がアリーシャの腕を、その軌道上にあった顔面と治りかけた右目を傷つけた。凄まじい悲鳴を上げるが、しかし腕を下げない! 万事休すか、そう思った時アリーシャがぐらりと体勢を崩した!
「どーだッ! そんだけの巨体なら、足を傷つけられりゃあ痛ェだろ!」
市長が古代騎馬兵めいて剣を振るい、アリーシャの右くるぶしの辺りを切りつけたのだ。切るというより叩き潰すと言った感じの斬撃と、直後に発生した爆発の威力を受け、アリーシャはよろめいた。左足の関節にエリヤさんが連打を叩き込んでいた。
危急の事態は脱したが、それでも相変わらず絶望的な状況に変わりはない。朝凪幸三はあれっきり黙っている。僕の態度に愛想をつかしたのか。だが彼であってもこの状況をどうにか出来るとは思えない、そう思った時、僕たちは馬の嘶きを聞いた!
「あっ! 連れて来てくれたんですね、スレイプニルを!」
僕たちは八本の足で駆け、空を渡るスレイプニルを見た! すべての足裏にはブースターがついており、時折機体後部から噴射される炎によって軌道を制御しながらスレイプニルは空を歩いているのだ! 僕はそれに手を伸ばし、綱に手をかけた!
空中でぐるりと回転し、僕たちはシート――いやこの場合は鞍か――に乗った。スレイプニルは僕の帰還を喜ぶかのように一際強く鳴き、加速した。
「行くよ、クー。アリーシャちゃんを助ける。協力してくれるよな?」
「モチのロンですよ! こんなこと……絶対にあっちゃいけないんだ!」
僕たちの覚悟は固まった。
空中で方向転換し、僕たちは彼女の下へと向かう!




