12-Sideトラ:グラビティ・テリトリー
強烈な砲火を受けた御桜さんは、しかし無事だった。少なくとも頭と胴体が分かれていない、程度の意味ではあるが。吹き飛ばされ、地下街へと続く階段の奥へと消えて行った。子供たちもそれを追う。戦場に残ったのは僕とブラッドクランのみだ。
「ハーハーァッ! 決めてやったぜストライクをよォーッ!」
影から出て来たのは、通常のロスペイルの倍は大きな体……否、鋼鉄の塊だった。手足には球体関節、体は流線型を考慮した滑らかなもの、頭部にはレーダードームとアンテナ、そしてカメラが搭載されていた。カメラは青白い光を放ちながら動き、僕を見た。
「ふっふっふ、ドーモ。俺の戦車軍団はどうだったかな?」
「貴様がマシンロスペイルか……!
ならば、それも貴様の兵器というわけだ!」
「その通りだ。苦労したぜ、大戦時の兵器を使えるようにするにはな。
だが、その苦労に見合うだけの成果はあったわけだ!
この圧倒的力がよォーッ!」
機械人形は砲を腰だめにして持ち、僕に向けて放った。戦車砲に匹敵する威力、更に連射速度もある。まるで戦車一個小隊から狙い撃ちにされているようだ! ギリギリのところで回避を繰り返す僕に、シャークが飛びかかって来る!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
ギザギザのガントレットを受け装甲が抉れ、僕は衝撃で吹っ飛ばされた。ゴロゴロと転がり砲弾を回避しつつも立ち上がり、シャークを睨んだ。
「ワカったか? 貴様はここで死ぬ!
お前は俺のボーナスになるって寸法よーッ!」
シャークは飛び上がり、頭から砂の中にタイブ! なおも僕を狙う砲弾を避けながら、地中に意識を集中した。来るなら来い、頭を出してきた時が貴様の最後だ!
だがシャークは予想に反して顔を出してこなかった。代わりに、僕の両足首を地中から掴んで来た。これでは跳ぶことはおろか、避けることさえもできない。鋼鉄の巨神の中から、マシンがニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべる光景を幻視した。
マシンがトリガーを引く。僕の主観時間が泥めいて鈍化し、ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされた。砲弾はゆっくりと、しかし凄まじい速度で僕の頭目掛けて進んで来る。回避も防御も不可能、万事休す。その時、僕の頭を閃光が駆け巡った。
エイジアの装甲がひとりでに変形し、脚部に赤熱機構を収束させる。脚甲が白く発光し、砂を溶かした。その分だけ僕の体は沈み込み、更にブリッジすることで致命砲弾を避けた。
「グワーッ!? 熱い! な、何をする貴様ーッ!?」
シャークが熱に怯んだ。
その隙に僕は彼の手を蹴り、脱した。タンクの上に着地。
(あれはいったい? 僕はいったい何をしたんだ?)
(どうやら不利な戦いを強いられているようだな、虎之助さん)
エイジアのHMD上に一つのモニターが映し出される。
そこにいたのは、中年男性。鋭い目つき、蓄えられた顎髭、長い髪。
いったい何者だ?
(私の名は朝凪幸三。エイジアの守護者。
虎之助さん、キミに打開策を与えよう)
(朝凪幸三!? バカな、あなたは死んだはず!
どうしてこんなところに!?)
上空から砲弾が降り注ぐ。僕は連続側転でそれを回避しながら問答を続けた。
(私の体は既にその世界には存在しない。
だが、私の記憶、及び情動データを保存し再構成してある。
いわば私はAIだ、エイジアのサポートシステムだ)
(エイジアのサポートシステム……まさか、人間がそんなことになるなんて)
(驚いている暇はないぞ、虎之助さん! 敵が来る、迎え討て!)
エイジアの動体センサーが地中から接近する物体を捉えた。マシンの砲撃を跳躍し回避、更に空中でシャークを待ち構え、飛び出してきた瞬間を狙いパンチを繰り出した。
「イヤーッ!」「グワーッ!?」
鼻先を打たれシャークは悶絶、ビチビチと震えながら地上に落ちて行った。今度は地中に潜るような真似は出来ない。僕はスラスターで空を蹴り、シャークを追った。
「安息の地には二度と戻らせん。
打ち上げられた魚がどうなるかは知っているな?」
「舐め、んじゃねえぞコラァーッ!
手前如き、陸地に上がってようが問題ねえッ!」
シャークは闘志をむき出しにしながら構えを取り、そして壮絶な打ち合いを開始した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
丁々発止、筆舌にし難いほどの打撃戦! 一方でマシンはシャークを援護することが出来ない。シャークを常にマシンの射線上に置くように動いているからだ。一人では出来ないだろうが、いまの僕には朝凪さんの支援がある。彼がレーダーを常に確認しマシンの位置を探知し、僕がそれに従い動く。相手は鈍重なのでそれは簡単だった。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
バックナックルを屈んで回避、打ち上げた掌底がシャークの腹部を打った。その時、ついでに掌から刃を作り出し突いた。よろけながら後退したシャークに、追撃の後ろ回し蹴りを叩き込む。シャークは吹き飛んで行く、僕はそれを追い掛けた。
「ぐっ……バカめーッ!
少しでも距離が離れたのならば……俺の勝ちだ!」
シャークは空中で身を翻し、砂の中に飛び込んで行った。
「グワッハッハッハ!
一度でも砂に潜れば俺の勝ちは確定……グワーッ!?」
シャークは腹が引き攣るような痛みを覚えたことだろう。それもそのはず、掌底の際に打ち込んでいたのは単なる刃ではない、小型の銛だ。そして、それには同じくエイジアの装甲から作り出したワイヤーロープが付いていた。つまり、僕はいま地中のシャークに引きずられているような形になっているのだ。もうこれで逃がさない。
(楽しい波乗りよ!
虎之助くん、分かっておるだろうがエイジアの力は無限だ!
それに制限をかけるのは己のみ! 可能性を縛るな、分かったな!)
(分かっていますよ。これですべてを終わらせてやる……!)
マシンは地上の状況を察知し、砲撃支援を行って来た。僕はワイヤーを右に左に引きシャークの軌道を操作し回避。ワイヤーを動かす度に苦悶の叫びが聞こえて来た。
「AAAAAARGU! 貴様ァッ、よくもやってくれやがったなァーッ!」
たまらずシャークが飛び出してくる。だが、それもワイヤーを伝って来た動きで感知していた。僕は右手でワイヤーを掴み、渾身の力を込めてそれを投げた。
「イィィィィィィ……ヤァァァァァァァーッ!」「グワーッ!?」
投げられたシャークが到達した場所。
それは砲撃の降り注ぐデッドゾーン!
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! やめっ、グワーッ! グワーッ!」
マシンは慌てて砲撃を中止するが、しかし一度放った弾を止めることは出来ない。雨霰の如く降り注ぐ榴散弾がシャークの肉体を粉砕する。
「お、の、れ! 貴様は、貴様だけは俺がぶっ殺してやるゥーッ!」
それでも、シャークは死ななかった。立ち上がり、爆発的な勢いで地を蹴り僕に突進を仕掛けて来る。放たれる右の拳、僕はそれに手の甲を添えた。まるでそこを避けるかのように軌道を歪めた。反撃の右フックを撃ち込む、シャークの頭はまるで右拳に引かれるように近付いて来た。そして、接触。打撃のエネルギーがシャークの頭部で解放された。
シャークの首が千切れ、頭が吹き飛んだ。
シャークロスペイルは爆発四散!
「シャークが死んだ!?
ええい、肉の壁がいなければこちらは力を十全に活かし切れん!
撤退だ、撤退! なぜか貴様の力もあいつには効かぬのだろう!?」
マシンは後部に同乗していた相棒に声をかけ、撤退した。僕はそちらに注意を向けながらも、両手を見た。先ほどシャークと戦った時の力、あれはいったい……
(あれは重力の力だ、虎之助さん)
「重力?」
(正確に言うならば、キミは左手の斥力でシャークの拳を弾いた。
そして右手の引力でシャークの頭を引きつけた。
エイジアには元から重力を操作する力が与えられている)
エイファさんは赤熱機構を、何らかの重力的フィールドで拳に圧し止めていると言っていた。そのことだろうか? だが、万物を司る重力を操るなんて……
「こう言ってしまっては何ですけど、まるでカミサマの力みたいですね」
(古代人の力は神にも匹敵していたということだろう。
その力を使いこなすために、もっとこの力を使うことだ。
ともかくここを襲う敵は消えた)
僕は一旦変身を解除し、地下街に戻った。御桜さんの様子を見なければ。
「……やあ、結城さん。
これは、かっこ悪いところ見せちゃったかな」
御桜さんは生きていた。ただし、半死半生と言った有り様だったが。人の形に戻ってなお、痛々しい傷は消えていない。僕はあまりの様子に思わず息を飲んだ。
「ブラッドクランを追い掛けるんだろう?
行きな、さっそく足手纏いになっちまった」
「そんなことはありません!
御桜さんがいてくれなかったら、僕は……」
「やっぱり優しいな、結城さんは。
これ、持って行ってくれ。あたしが調べたんだ……」
そう言って、彼女は一枚のすり切れかかった紙を差し出して来た。どうやら、周辺一帯の地図のようだ。一月の間に調べ上げたのだろうか……
「行ってきな。行って、あいつらをぶっ倒してきてくれ。
そうすりゃ、留飲が下がるよ」
「……分かりました。ありがとうございます、御桜さん。
僕は、行きます」
地図を胸元に持っていき、一瞬目を閉じる。
覚悟を決め、そして踵を返した。
(ブラッドクラン。
お前たちが何をしようとしているのかは知らない。だが……!)
ブラッドクランは虎之助の闘志に火をつけた!
彼らは知らぬ、自らがなにを目覚めさせてしまったのかを。
彼らは無邪気な信仰により破滅の道を歩み出したのだ!




