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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第四章:追放者の果実
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12-Sideトラ:凍える空の下で

 凍えるほど寒々しい空を見上げ、僕はため息を吐いた。シティの夜景は綺麗なものではなかったが、それでも一面に鈍色の空が広がる無感動なものではなかった。まるでありとあらゆるものが消滅し、自分一人だけ残されてしまったような……そんな虚無的な感覚に陥ってしまう。

 そして、ある意味でそれは間違っていないのだろうとも思う。


 ここは、墓場だ。

 かつてあった世界の残骸。

 ここは死の世界なのだ。


「まだ起きてたんだ、結城さん。

 こんなところ見たって、何も楽しくないのに」

「まだ起きてたのか、って。

 分かってたんでしょう、二つもコーヒー持ってるんだから」


 悪戯っぽく笑い、御桜さんは僕の隣に腰かけた。


「……不思議な光景だよね。何もないんだ、ここ。

 見渡す限り一面、なにも」


 灯りすらもない荒野。

 より暗い建物や山の影だけが、闇の中でコントラストを作る。


「でも、不思議と嫌いじゃないんです。

 何て言うか、落ち着くんですよね」

「奇遇だね。あたしも好きだよ、これは。

 じゃなきゃ、こんなところにはいないか」


 そう言って、僕たち二人は闇の中で並んだ。荒野を根城にする危険な盗賊たちでさえ、夜の闇の中で動きを止める。時たまコーヒーを啜る音だけがあった。


「ご両親、心配していましたよ。

 戻る気は無いんですか、御桜さん?」


 彼女の失踪を告げに行った時、両親が浮かべた顔をいまでも思い出すことが出来る。母親は殆ど狂乱し、父親は泣かぬように努めながらも、胸元を押さえ震えた。気の毒過ぎて見ていられず、僕は逃げるようにして出て行った。


「……今更戻れないよ。こんな体になっちゃったんだからさ」

「大丈夫ですよ。ちょっと着る服に困るくらいじゃないですか?

 受け入れてくれます」


 僕はなるべく、言い切るようにした。あの二人の様子ならば、きっとそうするだろうという確信もあったからだ。けれども、御桜さんは首を横に振った。


「受け入れてくれるかもしれない、そうなったら本当にうれしいよ。

 でも、そうならなかったらどうしようって考えてしまうんだ。

 あたしのこの姿は受け入れられず、独りぼっちになってしまう。

 いや、それよりも……愛する人に否定される方が、辛い」


 僕は何も言えなかった。

 軽々しく答えを出していいものではなかった。


「……ごめんね、結城さん。

 何だか愚痴っぽくなっちゃって。もう、寝るから」


 御桜さんは涙を拭って立ち上がり、屋上から立ち去ろうとした。僕はその背を見つめた。何も言えない……いや、そうじゃない。言わなきゃいけないことがある。


「御桜さん!

 例えあなたがどうなっても……僕は、ありのままのあなたを受け入れたい。

 人であるか、そうでないかより、あなたが一番大事だと思うから……!」


 僕の言葉は聞こえただろうか? 御桜さんは振り返りもせずに去っていった。僕は鈍色の空を見上げた。人間とロスペイル、それを隔てる壁は……きっと高いのだろう。




 翌日、僕は欠伸を噛み殺しながら地下街を歩いた。僕の隣を子供が勢いよく通り過ぎる、こんな場所でも逞しく生きている命がいるのだ、と思うと微笑ましい。


(しかし、いつまでもこんなことはしていられないだろう。

 あの人にはこれから先のヴィジョンがあるのか?

 この集落を維持出来るだけのヴィジョンが……

 いや、そんなことは僕が考えても仕方がないだろうな)


 頭を切り替えよう、僕がアウトラストに来た理由はなんだ? オーバーシアから離脱した科学者を探すためだろう。ならば、それに集中しなければ。見知った顔と会って、センチメンタルな気分になっているのかもしれない。目標をしっかり見据えなければ。


 そんなことを考えていると、携帯端末が跳ねた。久しく鳴らなかったものだから、思わず飛び上がってしまう。何があったのだろう、と僕は端末を覗いた。


 ……朝一約束していた三波さんとの話し合いのために、僕は地下のソイフード・ジェネレーターの前まで来た。すでに三波さんと御桜さんがそこに待機していた。三波さんは彼女の言う通りマズいソイフードを差し出してくれた。親愛の証なのだろうか。


「よく眠れたかい、お兄ちゃん?

 スイートルームとはいかないが……」

「いえ、部屋を提供していただいただけで十分です。

 それより聞きたいことがある」


 僕は携帯端末を差し出した。

 そこには一枚の写真、アーノルドのものがあった。


「アーノルド=バッカーマンというそうです。

 見覚えはありませんか?」

「いや、ないね。すまないねえ、あんたの役には立てそうにない」

「いえ、この写真に見覚えがないだけで十分です。

 やはり、フェイクだったか……」


 アーノルド成る人物は実在するのかもしれないが、僕に渡されたこの写真はフェイクだ。これを使っている限り、永遠に情報など集まらない。すべては僕をアウトラストに誘導するための罠だったのだ。最初の襲撃も計画されていたものだろう。


「お世話になりました、三波さん。それでは、失礼します」


 僕は三波さんに頭を下げ、退出しようとした。

 それを御桜さんが呼び止める。


「ちょっと待って、いったい何があったんだ?」

「僕が預かっている子がさらわれた。

 やったのはオーバーシアと関連を持つブラッドクラン。

 すべては警戒をあの子から逸らすための罠だったんだ……!

 あの子が危ない!」

「ちょっと待ってって、だから!

 土地勘もない場所でどうやって人探しすんのさ!」


 そう言われると、弱い。

 だが一刻を争うのだ、ここで言い合っている時間も惜しい。


「だったらあたしが着いて行ってやるよ。

 この辺りのことは結城さんよりも詳しいし、足手まといにはならない。

 ブラッドクランの連中には、借りも貸しもいっぱいあるからね。

 是非とも連れてってくれないかな、結城さん」


 願ってもないことだ。

 だが、また彼女に迷惑をかけることになるのは……


「すみません、御桜さん。また僕は、あなたに……」

「迷惑だなんて思っちゃいないさ。

 あたしは結城さんにも借りがある、デッカイ借りがね。

 だからそれを返せるんなら、何だってやってやるさ。ね?」


 御桜さんはニッ、と笑った。それはロスペイル態となった時に浮かべる狂暴な笑みではなく、ごく自然と出てきた笑みだった。僕もそれに対して、ぎこちなく微笑む。と。


 爆音と衝撃が地下街を揺らした。通路を見てみると、崩落が始まっている場所さえもあった。尋常ではない、僕と御桜さんは顔を見合わせ、頷きあった。


「三波さん、みんなの避難をお願いします。

 御桜さん、行きましょう!」

「誰がやってんのか知らないけど、さっさと排除してくるからさ!」


 僕と御桜さんは駆け出した。

 地下街を抜け、地上へと向かう。


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