12-Sideユキ:向かう先
戦いが終わった数分後、市長軍は現場に到着した。エイファがあらかじめ動員をかけていたのだ。もっと早く来い、とエリヤなどは思ったが、致し方ないと割り切った。
「いやー、すみませんエリヤさん。負けてしまいました」
「言いっこなしだ。
それを言ったらこっちだってクロウを逃してしまったからな」
エリヤは苦虫を噛み潰したような顔になった。20mmリボルバーと羽根手裏剣による巧みな遠隔攻撃で二人を寄せ付けず、クロウはまんまと目的を達成したのだ。
「ああ、ちょっと! そこの方、失礼します!
結城探偵の協力者の方ですよね?」
聞いたことのない、しかし耳慣れた声が聞こえて来た。三人は振り返り、そして驚いた。そこにいたのはジャック=アーロン、この街の支配者だ。
「市長ともあろうお方が、どうしてこのようなところに?」
「私が本件の責任者だからさ。
この街を脅かす悪党を黙って見てはいられない」
エリヤは甚だ疑わし気な視線を彼に向けた。
ジャックは苦笑しながらも話しを続ける。
「どこに行ったかはまだ分かっていないが、全力で捜索を続けている」
「お願いします。こちらで預かっている子なんですけど……
何かあったらと思うと」
「そうだったのか……ああ、そうだ。これについて何か知っているか?」
ジャックは懐からポリ袋に入れられたシンボルを取り出した。コインの中に血の染みめいたものが付いた、シンプルだが邪悪な印象を覚えるものだ。
「ロスペイルの爆発四散痕の上にあったそうだ。見覚えはないかな?」
「見おぼえ、ですか。オーバーシアのものとも違うようですし……
ごめんなさい」
ユキは申し訳なさげに首を横に振った。クーデリアも同様だ。
エリヤは何かを考える。
「……『血の盟約』。そうだ、あれは確か爺さんのノートに……」
エリヤがつぶやいた名前を、ジャックは聞き逃さなかった。
「ブラッドクラン? そいつはいったい何者だ?
私も聞いたことがないんだが……」
「ちょっと待ってくれ、確認しなきゃいけないんだよ。
ノートでちらっと見ただけなんだ。
えーっと、確かこの辺りに書いてあったような……」
ペラペラとノートをめくり、エリヤは記述を探した。
クーデリアはため息を吐く。
「はぁ……トラさんがアウトラストに行ってる時に限ってこんなことに」
「アウトラスト? 何だってそんなところに。
何もないだろ、あんなところには」
「何言ってるんですか、市長軍の依頼でわざわざ行ったんですよ?」
クーデリアにしてみれば何気ない返答だったが、しかしジャックの表情は一変した。
「……俺はそんなことを依頼してねぇぞ。
そんな報告もあがって来ちゃいねえ」
作っていた口調を変え、ジャックはすぐに携帯端末を手に取った。彼が本部に連絡を入れるのと、エリヤがノートから目当ての記述を見つけ出したのはほとんど同時だった。
「おお、これだこれ。
ブラッドクラン、アウトラストを根城にする危険なギャング集団。
オーバーシアとの関連あり、危険な騒乱を起こす可能性があり、と」
「スゴイですね、朝凪さんのお爺さんって。
こんな詳しく調べてるなんて……」
「ああ、だがこれが書かれたのは早くとも10年前のはずだ。
ユキ、言っていたよな?
ロスペイルに変身したのは10代の若者だと」
ユキは頷いた。ノートの記述は非常に詳細であり、集団を構成するロスペイルまでもが書かれていた。そしてその中には、ここで死んだスクイッドロスペイルの名もあった。
「二代目とか、そういうのなんでしょうか?
そういうのあるか分かりませんけど……」
「初代だとすると、一桁歳の時にロスペイル化したことになるな。
これはいったい……」
エリヤがつぶやいたのとほとんど同時に、険しい顔をしたジャックが戻って来た。
「キミたちに依頼したいことがある。
早急にアウトラストに向かってほしい」
「虎之助くんだけでなく、私たちにも?
事情くらいは説明して欲しいものだが」
「探偵にもたらされた依頼は、偽装だ。
我々はそんなことを依頼していない。
アーノルド=バッカーマン? 初耳だ、そんな奴の名は聞いたことがない。
なにせ我々は、自慢じゃないがあいつらの拠点すら発見出来ていない。
そんな状態で相手の研究者の名前なんか、把握したくたって出来ないよ」
考えてみれば当たり前のことだと、クーデリアは納得した。この件に関して、彼らはウソをついていない。誰かが……すなわち、市長軍行動隊長が彼を陥れたのだ。
「うちの事務所に来たのは、行動隊長を名乗る男だ。
出頭するように働きかけられるか」
「いいや、連絡がつかない。舐められたもんだ……!
絶対に後悔させてやる!」
ジャックは怒りと憎悪を滾らせた目で空を睨んだ。
その向こうにあるのは、アウトラスト。
立ち入る者を、立ち去る者を許さぬ死の世界。
彼らはそこに踏み込もうとしている。
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ブラッドクランの邪悪な祈りが終わった直後、通信が入って来た。これはオーバーシアから貸与された最新式のものであり、通信網の整備されていないアウトラストでも問題なく稼働する。ナルニアはそれを取り、思わず歓声を上げた。
「おお、ついに聖女を……!
かしこまりました、お待ちしております!」
ナルニアは喜悦に歪んだ声を出した。それは当然、室内の人間にも聞こえた。
「聖女が!?」「ついにこの目で!」「奇跡だ!」「ヤッター!」
室内が歪んだ歓声に包まれる。
ナルニアは振り返り、両手を掲げた。
「落ち着きなさい、兄弟よ。
神の子を迎え入れるための準備をするのです。
穢れ、堕落した世界はあのお方に相応しい場所ではありません。
すべてを粉砕し、平定し、あのお方を迎える御所を作るのです。
分かりましたね、お前たち?」
鬨の声が狭い室内に響き渡る! 頂上存在ロスペイルたちは三々五々に散っていき、各自の持ち場に着く! 部屋に残ったのはナルニアとアーノルドの二人だけとなった。
「信心で人を支配することは出来るのか?
それを聞いた時私は笑ったが、訂正せねばならんな、ナルニア。
キミは見事に兄弟をまとめ上げた。素晴らしき手腕だ」
「己が力の意味も知らぬクズども。
せいぜい我らの役に立って貰わねば困る」
ナルニアは無感情に言った。彼にとってブラッドクランは単に使い捨てに適したものに過ぎない。彼の心はいまも、そしてかつても、オーバーシアのためだけにあった。
思えば長い時間を二人は不毛の大地で過ごして来た。オーバーシアの教義は全人類の進化、すなわちロスペイル化。そのロスペイルの中でも優れたるオーリ=ガイラムとその配下、『十三階段』が新人類を支配する。そのためには大規模な実験が必要だった。10年前当時、ロスペイルを人為的に作り出すことなど不可能だったからだ。
そのハードルを越えるために必要なもの、それは数だった。だが、そのためにはシティ内部では出来ないことがあった。いまでこそシティ中枢に深く潜り込んでいるオーバーシアだが、かつてはそうではなかった。それだけ大量の人間がいなくなれば当局の知るところとなり、少ない兵力で市長軍とやり合わなければならない。それは避けたかった。
だからこそ、彼らはアウトラストへと来た。シティの誰からも見捨てられた場所に。彼らは実験を続け、機会を伺った。それはシティでの実験体勢が整い、教主ガイラムから再掲待遇でシティに戻れると言われた時も同じだった。彼は単に教義に純粋だった。
やがて、シティの者たちから半ば忘れ去られ……己自身もその意義を見失いかけていた時に……それはもたらされた。まさしく、それは天恵と呼ぶ他ないものだった。
「これで祝福の時がまた一歩近づく。
ぬからぬよう頼むぞ、アーノルド」
「理解しておる、若造め。しかし……私もその時が楽しみだよ。
私が、私の生み出した力が、世界を変える。
あのお方もお喜びになってくれることだろう……!」
アーノルドは部屋の片隅にあるモニターを見た。それは彼らが現在いる場所、ハイマン級宇宙高速巡洋艦の最深部に封印されたものを映し出していた。
黄金に輝く4つのスフィア。
それを見て、二人はほくそ笑んだ。




