12-Sideユキ:アウェイクニング・ザ・マシーン
工場の外に飛び出したクーデリアは、天上に輝く光星の如きものを見た。
「……アリーシャちゃん?」
黒い翼を羽ばたかせながら、アリーシャは工場と工場の間を飛んでいた。それに対峙するはクラーク=スミス、クーデリアがまだ名を知らぬ『十三階段』最大戦力。彼は壁を蹴り三角跳びの要領でアリーシャに接近、鋭い蹴りを繰り出し彼女の腹を打った。
アリーシャは掌をクラークに向けた。クラークは裾に隠していたフックロープを投擲、廃工場の天井に引っ掛けるとそれを引いた。ロープがたわみ、彼の体が引き寄せられる。空間の歪みから生じた圧倒的なエネルギーが空にいくつもの星を瞬かせた。
「……星? 星って、なんだ? ボクは、あれを知って……」
クーデリアは耳を手で塞いだ。そして目を閉じる。
いくつもの言葉が、いくつもの思いが彼女を素通りして消えて行く。
オメガストラクチャー。
オルフェウス計画。
エイジア。
賢人会議。
ノイマン。
明けの明星!
宵の黒星!
■■■■!
クーデリアは電流に弾かれたようにのけ反った。鼻から一筋流れ落ちた血――あるいは動作液――を手の甲で拭い、可変兵装MWSを握った。
流れ去った言葉の意味は分からない。どうして自分がここにいるのか、その理由は思い出せない。それでも、目の前の存在を生かしておけば、どんな惨劇が起こるかは分かっている! 止めなければならない、彼女は封印を解除した。
クーデリアの体を覆っていた可憐偽装が解除され、無骨な金属装甲が露わになった。大型のヘッドセットとバイザーが出現、紫色の怪しい走査光を瞬かせる。MWSが変形し、彼女の両腕と両肩、そして両足を覆った。機械的な翼が開き、炎を上げる!
「……!? あれはいったい、何だ?」
クラークですらも彼女の変化に戸惑い、立ち止まった。アリーシャは一瞬の隙を見逃さず掌をかざすが、しかしクラークはノールックでチャクラムを投擲! アリーシャの掌を切り裂き破壊を押しとどめた。
クーデリアは飛んだ。赤い尾を引きながら上空高くまで飛び上がった彼女は両腕のガントレットに接続されたガトリングガンを連射した。クラークは連続バック転で追いすがる銃弾を回避、アリーシャは周囲の空間を歪ませ、銃弾を逸らした。
続けてクーデリアは肩と足のウェポンコンテナを展開した。そこから現れたのは、いくつもの円筒状の物体。ミサイルよりは小型だが、同様の力を持っていることは見るものが見れば明らかだ。クーデリアは新たな武装、マイクロロケットを一斉に発射した!
白煙の尾を引きながら、ロケット弾がアリーシャに向かって殺到していく! ミサイルのような誘導機能は持たぬが、しかしこの距離であれば避け切れるはずはなし! 空間の歪みと接触したロケット弾は自ら爆発し、アリーシャの視界を黒く染め上げる!
クーデリアは視界を塞いだ一瞬で上に飛び、上空で急転換。アリーシャの背の翼目掛けて一直線に飛んだ。アリーシャは歪みを使い迎撃を行おうとするが、間に合わぬ。すれ違いざまに放たれたチェーンソー攻撃が翼の付け根に命中、鮮血を上げながらアリーシャの翼は吹っ飛んだ。悲鳴を上げながら彼女は地面に落ち、クレーターを作った。
「クーデグラ・プロセス発動」
感情のない機械的な声で、クーデリアは言った。彼女の手には両腕のガントレットを分解して作った槍が装備されていた。ドメイン級ロスペイルの殺害には、銃弾やミサイルによる外部刺激では不完全。鋭利な武装によって外殻を貫き、内部から炸裂させるべし。
(なんだ、これ?
なんでボクは、そんなことを知っている? ドメイン級?)
クーデリアは自らの身にもたらされた新たな力に、そしてアリーシャへの強い殺意に困惑していた。そして、自分の体が思うように動かないことを苛立たしく思っていた。まるで体が機械に操られているような感覚を覚える。このままでは、彼女を殺してしまう。
背部スラスターを作動させ加速、アリーシャに向けて高速で落下していく。槍の穂先が狙うのはアリーシャの胸、すなわち心臓。だがそれをインターラプトする影があり。
横合いから放たれた槍、ないしは杭の如く鋭い蹴りを防ぐため、クーデリアを制御していた戦闘プログラムは止めの一撃を解除。生成した槍で蹴りを受け止めた。蹴りの衝撃で弾かれるクーデリア、クラークも同様に……否、彼はクーデリアを更に追った。
蹴りの際放たれたフックロープが槍に絡み付いていたのだ。クーデリアは即座に槍を分解し、フックを外すが一度ついた慣性は止まらない。クラークの猛攻はなお続く!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
着地するまでの一瞬に行われた、目にも止まらぬ攻防。それはクラーク優位のものだった。遠ざかっていくクーデリアは近付いてくるクラークを殴ることが出来ぬ。不安定な蒲鉾型の屋根に着地したクーデリアは素早くバック宙を打つ。追撃を行おうとしたクラークを脚部マイクロロケット砲牽制、距離を取る。
「ロスペイルのそれと変わらぬほど不可思議な力。
興味深いな、その武装は」
クラークはまるで茶でも飲むような優雅さでロケット弾に対応した。衝撃を感じさせぬほど繊細な手つきでロケット弾の軌道を逸らし、後方へ。爆炎をシルエットに彼は笑う。
「キミにも興味がある。私と一緒に来ないかね?
それなりの待遇を約束しよう」
「ロスペイルを破壊します」
「それは残念だ。私とキミは分かり合えない定めというわけだ」
クーデリアはロスペイル殺害プロセスに従い、ガトリングガンを連射しながらクラークに接近戦を挑む。クラークは被弾範囲を最小限に留め彼女を待ち受ける。ガトリング弾を受けた皮膚が、筋肉が、高速で再生していく。クーデリアは鋼鉄ガントレットを振り上げる。クラークは彼女の攻撃をインターラプトすべく拳を放った。クーデリアは――
顔面でそれを真正面から受け止めた。
後方に流れて行く体をクラークは呆然と見た。
「ありがとうございます。おかげさまで……
鬱陶しいノイズが消えてくれた……!」
鋼の鎧が体内に格納されて行く。再び可憐偽装が――クーデリア本来の姿が展開される。クーデリアは笑いながら拳を振り上げ、クラークを殴りつけた。彼は手掌でそれを受け止め、逆手で彼女の肘を持ち、回した。クーデリアの体が空中でぐるりと回転し、天井に打ち付けられた。薄いトタン屋根が破れ、クーデリアは下に落ちて行った。
「……何だったんだ、あの子は?
それにあの力はいったい……いえ、いいでしょう」
いずれにしろ、交わらぬ相手だったのだ。クラークはそう納得した。そして眼下に視線を落とす。クロウが窓を割って工場から脱出、翼を切断され、地面に叩きつけられ気を失ったアリーシャを抱え飛翔した。その影がクラークを横切った。
「それでは失礼させていただく、クラーク。我々の願いのために……」
「あなたの力は信用しています。あとはお願いしましたよ、クロウさん」
クロウは東に向けて飛び去り、クラークは何処かへと消えた。クーデリアは崩落した屋根に押し潰されながら、その光景を見ていた。どこか満足げな笑みを浮かべて。
「何だかよく分からないけど……何か掴んだ気がしますね」
クーデリアは瓦礫を退け立ち上がった。
負けた、だが何かを掴んだ。それは確かだ。
「アリーシャちゃんを追い掛けないと。
でも、どこに行ったんだろう……」
――そしてもう一度彼女と会った時、自分は彼女を殺したりしないだろうか?
新たなる、忘れていた力を得たクーデリアは、ただそれだけを恐れていた。




