12-Sideユキ:空間を司る力
漆黒の魔王とまみえた二人の態度は対照的だった。ピジョットは露骨に狼狽し辺りをきょろきょろと見回し、黒コートの男は対照的にどっしりと構えた。
「こ、これが。これが、師父の言っていた救い主なのですか!?」
魔王、アリーシャは両手を二人に向けた。
彼らが立つ空間が、不可思議に揺らめいた。
「避けろ、ピジョット! イヤーッ!」
黒コートの男は俊敏な側転で空間の歪みから完全に脱した。しかし、ピジョットは避けきれなかった。空間がねじれ、爆発! 爆風が周囲を再び撫ぜた!
「グワーッ!?
アッ、アアアアア! お、俺の腕がァッ!」
歪みに飲まれたピジョットの右腕が消失!
どす黒い血が周囲に撒き散らされる!
「どうやら聖女は制御を失っているようだ。
しばしの眠りを与えるとしよう」
黒コートの男はクロウロスペイルへと変じ、腰から二挺の20mmALリボルバーを取り出した。ピジョットもまた己のロスペイル態、スクイッドロスペイルへと変身する! 右腕の切断面が白く泡立ち、そこから4本の触手が生えて来た!
「腕は直すことが出来る!
しかし、この胸の痛みだけはァーッ!」
ピジョットは伸縮する触腕をアリーシャ目掛けて放つ! 4方向から迫る触腕を、アリーシャは鉤爪によって千切りながら回避! ピジョットの悲鳴が工場内に木霊する!
「クソ、聖女だからってこんなことが認められるのか!
専横だぞ、貴様ーッ!」
「やはりそのレベルでは、聖女の力に抗うことなど出来んか」
クロウは二挺の拳銃を向け発砲! アリーシャは視線を弾丸へと剥けた。その時クロウは、彼女と自分とを隔てる空間が膨張したような感覚を受けた。そして、それは実際その通りになった。弾丸は彼女をすり抜け、左右の壁に着弾したのだ。
「……とんでもない力だ。
教主と同等か、あるいはそれを上回るほどの……」
アリーシャは手をクロウに向けた。クロウは予兆を感知し前転を打ち、攻撃をかわす。更に起き上がりざまに発砲! アリーシャは身を捻り、寸でのところでそれを回避!
「常に動き回れ。空間ごと圧砕されたくなければな」
「空間ごと!? 聖女の力は空間にさえ作用すると言うのですか!?」
「その可能性が高い。
だが瞬時にありとあらゆるものを握り潰せるほど便利な力じゃなさそうだ。
そうであるのならば、俺たちなどとっくにこの世界から消えているだろう」
クロウはアリーシャの力を空間の圧縮と伸張だと解釈していた。空間を潰し周囲の物体を圧砕する力、爆発はその時集まったエネルギーの暴発による副作用に過ぎない。逆に銃弾を回避した時のように空間を引き延ばすことも出来る。生物であるのかさえ疑わしくなる、まさに神をも恐れぬ力を持っている。
だが万能でも無敵でもない。射程は長く効果範囲は広いが予兆を感知することによって十分対応可能。それによって周囲の物体が引き寄せられたり、弾き飛ばされることもないようだ。クロウには細かいことは分からないが、空間の修復力とでも言うべきものが彼女の力よりも勝っているのだろう。そして大きな力を使えば相応のチャージタイムがいる。
「ピジョット、触腕で聖女を撹乱しろ!
その隙に私が銃弾を撃ち込む!」
「かしこまりました! イヤヤヤヤヤヤヤヤヤッ!」
ピジョットの左腕が解け、4本の触腕に変わる! 更に失われた触腕がまた生えて来る! 更に両足も不気味な触手へと変わり、合計で16本の触手となった! ピジョットは跳び上がり、空中から触手のすべてをアリーシャに向ける! 全方位から攻撃が迫る!
アリーシャは空間操作能力を使わざるを得なかった。周囲の空間を引き延ばし、そこを通る攻撃を逸らす。16本の触手は彼女を僅かに逸れ、コンクリートを抉った。そのタイミングを見計らい、クロウは胸の中心目掛けて弾丸を撃ち込んだ。
「変身!」
当たるはずだった弾丸は、しかし空中で真っ二つに切り裂かれる! いつの間にか拘束を解除していたユキがアストラへと変身、彼女の前に踊り出したのだ!
「なに……! バカな、スクイッド!
きちんと縛っておいたはずだろうが!」
「なっ……!? そんなはずはない!
まさか俺の触手が狙いを逸らして……!?」
狼狽したスクイッドは触手を回収するタイミングを逸した。アリーシャを取り巻く16本の触手すべてが空間の歪みに飲み込まれ、押し潰され、そして爆破された。
ユキは歪みの中から回転跳躍で飛び出し、遠心力を乗せブレードを振り下ろした。クロウはブリッジ動作でそれを回避、更にバック転の要領で足を跳ね上げユキを迎撃!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
顎先を蹴り上げられたユキは大きくのけ反った。クロウは立ち上がると同時にブレードを狙いリボルバーを発砲、高い金属音が鳴りブレードが真ん中から折れた!
「よせ、俺はお前を傷つけたいわけではない。大人しくしていろ……」
クロウはユキを睨んだ。直後、アリーシャが羽ばたき飛び上がった。ほとんど垂直に飛び上がったアリーシャは空中で急激に方向転換しクロウを襲う。高速の踵落としを紙一重のタイミングで回避、明後日の方向に発砲しつつ反動を乗せた肘打ちを行う!
「イヤーッ!」「ARRRRGU!」
脇腹を抉るような一撃を受けたアリーシャは恐ろしい咆哮を上げた! ユキは彼女を援護しようとしたが、20mmの跳弾が彼の行動を遮った。更に、手足を再生したスクイッドがユキに触手を向ける! ユキの腕に触手が絡みつき、再度彼を拘束した!
「ハァーッ、ハァーッ!
な、舐めた真似してくれやがってよォォォッ……!」
ピジョットは荒い息を吐いている。触手再生は彼にとってもノーリスクというわけではない、大量に体力を消耗する危険な力だ。それでも彼はそれを使わざるを得なかった。
「そん首へし折ってやるぜ、調子に乗ったガキがァーッ!」
触手が腕を伝い、ユキの首にかかる!
このまま脛骨を押し潰そうというのか!?
ユキは右拳で触手を打った。ぬるぬるした柔軟な触手は打撃の衝撃をほとんど殺したが、しかし種の浸食を跳ね除けることは出来なかった。触手から植物が芽吹き、力強き根が蔓草めいてピジョットの体を駆け上っていった。ピジョットは恐怖した。
「このままやれば生命の樹はあなたを食い尽くす!
大人しくしていろ!」
「ふ、ふざけやがって!
こんな腕、お前と違って大事じゃねえんだよッ!」
ピジョットは逆の手で触手を切断しようとした。だが、出来なかった。すでに生命の樹は触手の内部まで根を伸ばしており、それが骨めいて切断を防御したのだ!
「ひっ……!? いやだ、止めろ!
止めてくれ! た、助け……!」
金属のたわむ音がした。スライド式の鉄扉が開かれた音だと気付くのに、少し時間を要した。工場内にいた誰もが、逆光の中工場に入り込んで来る人影を見た。
「どうやら、少し困ったことになったようだね。
年寄りの冷や水と笑ってくれるなよ」
男はツカツカと歩みながら腕を閃かせた。放たれたチョップがピジョットの肩から先を切断し、落ちた触手から伸びる生命の樹の音を男は踏みつけた。
「少し、手伝わせてもらおう。
私も聖女の力というものに少し興味がある」
プラチナブロンドの髪を掻き上げながら男、クラーク=スミスは言った。




