12-Sideユキ:アリーシャ覚醒
エリヤとクーデリアが目覚めた時、二人は救急隊に運ばれて病院にいた。精密検査に回されそうになったところを脱出し、事務所に戻る。エイファが頭を抱えていた。
「すまんな、エイファ。戻るのが遅くなってしまった」
「文句の一つも言いたいところやけど、ええ。
それよりあいつらの方が重要やからな」
「お前の力で追い切れんのか?」
「無茶言いなさんな。監視カメラの台数も、こっちの目も全然足りんわ。
しかも、奴さんは監視の目を巧みに潜り抜けてきよる。
何らかの協力があったと見るべきやろうなぁ」
エイファは悔し気に舌打ちした。彼女で無理ならば、他の誰であったとしても無理だろう。そうエリヤは納得し、これからの方針を考えた。二人を取り返し、敵を殺すために。
「ユキくんの持っている端末を追跡することは出来ないんだな?」
「いの一番に試したわ。ぶっ壊されて道端に転がっとる、相手もアホやない」
「周辺の目撃情報もなしか。それらしいものを持った奴は?
例えばデカいバッグ」
「少なくとも通行人にそんな奴らはおらん。
まだこの近くに潜伏しているのか……いや、そうやないな。
もしそうやったら市長軍に見つかっとるはずやからな」
エリヤとエイファは同時に頭を抱えた。
と、そこでクーデリアが手をポンと叩いた。
「そうです! 地下です、地下に潜ったんですよ!
それなら上から見つかりません!」
「んなこと言ったって、ポーターやったっけ?
地下に潜るためのものはあの辺にはないはず。
すぐ見つかるような場所があったら、とっくに市長軍が押さえとるやろ」
渾身の思い付きを外し、クーデリアはぐったりとした。
と、エリヤが顔を上げる。
「いや、案外外していないかもしれんぞ。
地下だ、エイファ。地下のデータをくれ」
「いや、せやから地下のデータなんてもん誰が持って……」
そこまで言われて、エイファも理解した。
地下は地下都市だけではないのだ。
「なるほどな、それは有り得るかもしれん。
ちょいと待っとき、揃えて来るわ」
エイファは虎之助のパソコンを起動、自身の端末も並列稼働させ何かを探し始めた。
「ど、どういうことですかエリヤさん?
何が分かったんですか?」
「まだ何も分からん。
だが、あいつらは地下道を通って逃れた可能性が高いんだよ」
「地下道、っていうと……あっ!
下水道とか、ああいうのですか!?」
少なくともシティの上下水道は過不足なく動いている。絶え間なく汚染物質を垂れ流すそれを動いているというのならば、の話だが。縦横無尽に張り巡らされた地下水道はかなりの広さがあり、人が十分に通れるほどのスペースが存在するのだ。
「あそこなら人目に触れず移動することが出来る。
逃走者にはもってこいの移動経路だ」
「なるほど! これであいつらを追い詰めてやることが出来ますよ……!」
クーデリアは拳を打ち付け、獰猛な笑みを作った。エリヤは紫煙をくゆらせながら考えた。ユキとアリーシャを連れ去ったものはいったい、どんな背景を持っていたのかと。
(奴らが使える戦力はそれほど多くないはずだ。
それを大量に動員して捕まえようとしている……
やはり、アリーシャちゃんはあいつらにとって重要な意味を)
そこまで考えて無駄だと悟り、エリヤは煙草の火をもみ消した。
「エイファ、地下道の情報収集を進めておいてくれ。
私は街に出て、足で探す」
「あっ! ボクも行きますよ!
このまま黙ってなんていられませんからね!」
「ったく、面倒事全部ウチに押し付けてくれやがって。
ええわ、さっさと行きぃ。どうせあんたらがやれることなんてないしな。
無線だけは常にオンにしといてや」
その頃。
アウトラスト周辺、廃工場地帯!
目を覚ましたユキは突然の情景変化に戸惑った。積み上がる錆びた鉄屑、割れたコンクリート、崩落した天井から光が覗く。ここはいったいどこかと、考える暇もなかった。
「おっと、目を覚ましたみたいだな。
もうちょっと寝ていてくれると楽だったんだが」
安っぽいコートを着た軽薄そうな身なりの男が目覚めたユキに気付き、話しかけて来た。隣を見ると、まだアリーシャが眠っている。ユキは男を睨んだ。
「あなたはいったい?
どうして僕たちを浚うような真似をしたんですか?」
「おっと、まだ状況が分かってねえみたいだな。
狙いは嬢ちゃん、お前はおまけだ!」
コートの男は足を振り上げると、ユキの腹をサッカーボールめいて蹴り上げた。咄嗟に芯を外したものの、重い衝撃がユキを貫いた。咳き込みながらユキは倒れ込む。
「あまり乱暴なことをするな。
あの男にも言われているのだろう?」
その背後から黒いコートを着た男が現れた。目の前の男とは違い、貫禄があるとユキは思った。鋭い眼差し、綺麗に揃えられた顎髭とまとめられた後ろ髪。ただの伊達男ではなく、全身は鍛え上げられている。ユキは思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「殺すつもりはない、安心しろ。
ただお前たちに来てほしい場所があるだけだ」
「いったいどこに連れて行こうっていうんですか?
あなたたちは、オーバーシアの人間なんですか?
僕たちを連れて行って、いったい何をしようとして……」
「質問が長えんだよ、ガキ!
ちったあ立場ってのを弁えやがれ!」
安コートの男が何度もユキを蹴る!
ユキは苦痛に必死で耐える!
「よせ。邪悪だぞ、ピジョット。
そのような行いは止めるんだ」
黒コートの男は奥ゆかしくそれを止めるが、しかし行動を起こそうとはしない。顔を蹴られたユキはアリーシャの方に倒れ込む。彼の口の中に、血の苦い味が満ちた。
(くっ……縛り上げられてさえいなければどうにかなるのに……)
ユキの腕にはアストライバーが着いたままだ。恐らく敵が見逃したのだろう。どうにかして拘束を脱することが出来れば、状況を打開することが出来る。しかし、そのためには繰り出される蹴りに耐えねばならない! 狂ったようにピジョットは足を振り上げる!
「う、ん……? どうしたん、ですの? ユキ……」
アリーシャが目を開いた。ピジョットは怯み、数歩後退した。黒コートの男は冷静にそれを見る。彼女はまどろみから徐々に覚め、現状を理解した。
「……ユキ、どうしたんですの!? だ、大丈夫?」
「うん、ありがとうアリーシャ。
僕は大丈夫だから、心配しないでね」
そう言ったが、アリーシャは聞いていないようだった。
ユキは不安げに少女を見る。
アリーシャはゆっくりと立ち上がった。そして、腕を広げる。拘束に使われていたロープがあっさりと千切れ、地面に落ちた。ピジョットはそれを呆然と見た。
アリーシャの目が黄金色に輝き、全身が眩い光に包まれた。
彼女の全身が、黒へと染まった。ユキは童話『優しい魔王』の挿絵を思い出した。煌めく鱗に覆われた、鋭い鉤爪を持つ腕。雄々しい肉食獣を彷彿とさせる、ゴワゴワとした毛に覆われた太い足。甲殻類を思わせる鈍い輝きを放つ鎧に覆われた胴体。そして、恐るべきねじくれた2つの角を生やした頭。艶めいた長い髪とあどけない表情だけがアリーシャの名残だった。
「アリー、シャ。キミは……ロスペイル、だったのか?」
ユキは地下での顛末を知らぬ。だから狼狽した。
アリーシャは背中から生える薄い翼を広げ、はためかせた。
凄まじい衝撃が辺りの物をなぎ倒し、軟なガラスを粉砕した。




