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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第四章:追放者の果実
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12-Sideユキ:倦怠感との戦い

 ユキとアリーシャは慎重に歩を進め、裏口から脱出しようとしていた。


「うー……ごめんなさい、ユキ。何だか、

 とっても眠いんですの」

「それじゃあ、僕が背中を貸してあげるよ。

 ゆっくり眠ってね、アリーシャ」


 ユキは彼女を背負うと、また歩き出した。

 人気のない通路を進んで行く。


「ありがとう、ございます。

 ユキの背中、あったかくて、きもちいい……」


 最後まで言うことなく、アリーシャは眠った。

 可愛い寝息が通路に木霊した。


「お休み、アリーシャ。さて、僕も頑張らないとな……

 疲れている場合じゃないッ」


 ユキは自らの頬を張り、目頭を摘まんだ。凄まじい疲労感が彼を襲って来ていたのだ。恐らくは数日間、夜更かしして勉強してきたせいだろうと彼は納得することにした。朦朧とした意識の中で歩いていると、光が見えた。恐らく外から差し込んで来る光だろう。


「よし、あそこまで行ければ安全だ……!?」


 グラリ、と上体が揺らいだ。ユキは壁に手を突き、進もうとした。足が言うことを聞かない。この段になってようやく、ユキは自分の体に異常が起きていることに気付いた。


(この、疲労感。

 あからさまに、おかしい。どうして気付かなかった?

 疲労のせいで頭まで鈍くなっているのか……!?

 マズい、これは攻撃だ……!)


 足音を聞き、ユキは振り返った。Zの文字が見えた、その瞬間までしか彼の意識は保たなかった。のしかかってくる疲労感を前に、ユキは遂に意識を手放した。


「フヒッ。近付けば離れる、ならば近付かなければいい。

 さすがは俺様だな……」


 ユキが倒れてアリーシャが意識を取り戻さないよう注意しながら、タイアードロスペイルは彼の体を抱きかかえた。思いの外柔らかい体だな、と彼は思った。


 プレーン態のロスペイルとほとんど変わらない体つきをしているが、『Z』の文字を刻んだショルダーパッドと、寝間着めいたゆったりした衣服を身に着けているのが特徴的だ。これは彼の能力、『疲労度操作』を象徴したものだ。どんな人間であろうと、彼の周りに立てば極度の疲労によって倒れ、眠り、場合によっては過労死してしまうのだ。


「フヒッ、柔らかくていい匂いがするぞ。

 これはいい、ちょっとだけ役得が……」

「おい、何をしているタイアード。

 その態度は邪悪だぞ、分かっているのか」


 鋭い批判の声が天井から聞こえて来た。タイアードが見上げると、そこにはぬるぬるとした白い肌を持つロスペイルがいた。異常軟体を持つスクイッドロスペイルは狭い配管の中を這い回り移動していた。すべてはアリーシャの位置を掴むために。


「こちらに引き渡せ。

 お前は脱出後、所定のポイントへ。さっさとしろ!」

「いや、しかしもう少し感触を……

 頼む! 匂いを嗅ぐだけでいいのだ!」

「いい加減にしろ!

 触れることさえまかりならんと言われていただろうが! 恐れ多いぞ!

 お前は師父に殺される覚悟があってそんな発言をしているのか!?」

「命懸けの快楽……! そ、それもまたよし……

 ああ、いややっぱり駄目だ!」


 付き合いきれぬ、と言わんばかりにスクイッドは触腕を動かし、アリーシャとユキを絡め取った。そして恐るべき力で、眠りについた二人を拘束し引き上げた。


「そのぅ、少年の方だけでもというのはダメか?

 実際ターゲット外……」

「くどいと言っているだろうが!

 さっさとしろ、正面玄関の連中はもう撤退した!」


 その時、二人はこちらに迷いなく突き進んで来る二つの足音を聞いた。あの惨劇を生き延び、ここまで力強く歩みを進めて来られるということは、力ある者ということだ。


「チッ、貴様との話が長引いたせいで追いつかれた!

 責任を取れ!」

「言われるまでもない。

 神の子を持って撤退せよ、スクイッド。奴らは俺がやる」


 珍しくやる気を見せたタイアードの態度に戸惑いながらも、スクイッドは配管を通って図書館からの脱出を図った。一方、通路で三人は対峙した。


「貴様が二人をさらったのか?

 さっさと出せ、出なければ苦しんで死ぬぞ」

「出せば苦しまず殺してくれると?

 ふっ、笑止。交渉にすらなっていないな!」

「あなたと交渉するつもりはありません。

 無事に返すか、死ぬか。それだけです」


 タイアードは両掌を二人に向け、幻惑的に動かした。直後、二人は得も言われぬ疲労感に襲われた。立っていられなくなるほどの倦怠感、タイアードの能力だ!


「ヒッヒッヒ! 眠れ眠れ!

 そうして俺はお前たちで役得するのだ!」

「下種が……!

 貴様の好きになど、させてたまるものかッ!」


 エリヤは萎える心を奮い立たせ、刀を振るった。タイアードは紙一重でそれを回避すると脇にあった扉を開け、外に出た。エリヤとクーデリアはそれを追う、一歩足を踏み出すことさえ拒否したくなるほどの倦怠感を、気力で乗り越えようとする。


「この程度で止まると思っていたら大間違いだ……!

 貴様の息の根を止めてやる!」

「無駄だ無駄、俺が止めているのではない、お前が止まっているのだ!

 人間は己の欲求には決して勝てぬように出来ているのだからな!

 三大欲求こそ人間を支配する根本的な原理!

 そしてそれを支配する俺こそが最強って寸法よォーッ!」


 タイアードは両腰に装備していたサイレンサーピストルを抜き、放つ! ロスペイル相手なら完全に火力不足だが、人間であるエリヤとクーデリアの柔肌ならば十分な威力を発揮する! そして、二人はこの攻撃を避け切れない!


「ハッハッハ! 眠気で貴様らの力は半分以下!

 俺の力は相対的に100倍よ!」

「ぬうぅぅぅっ……あぁぁぁぁっ!」


 放たれる銃弾!

 エリヤはそれを――敢えて避けずに受け止める!


「なにっ!? バカな、貴様死にに来たかァーッ!?」


 肩、脇腹、太ももを銃弾が抉る! 9mm拳銃は人体を損傷させ、生体維持を困難にするには十分な破壊力を持っている! それを受けてなお、エリヤは壮絶な笑みを作る!


「ハッ、所詮は9mm。

 鉛筆の芯が刺さったのと同じくらいだな……!

 だが、これで目は覚めた。

 さて、苛めてくれた礼をたっぷりさせてもらおうか……!」

「バ、バカめ! 俺の能力が、少し目が冴えた程度でどうにかなるとでも!?」


 刀を振るうエリヤだが、明らかに精彩を欠いている! 逆袈裟に振り上げた刀をタイアードはかわす、彼女はよろめいた。タイアードはその背をチョップで打った。


「さっさと沈め、寝ちまいな!

 そして俺とネンゴロになるんだよォーッ!」


 クーデリアはすでに立っているのも辛い、という状態。そして疲労の力は手掌による攻撃で最大の効果を発揮する。それほど強くない衝撃と強い倦怠感が再びエリヤを貫いた。


「ど、どうだ! これならもう動くことさえ出来ない……」


 タイアードは戦慄した。エリヤは刀を振り上げ、自らの足の甲を貫いた。刀を抜くと鮮血が迸り、辺りを汚した。切っ先の血を舐めながら、エリヤは壮絶な笑みを浮かべた。


「いいな、これは。目が冴えて来たぞ……!」

「きょっ……狂人め! クソ、死ね!

 死んじまえ! 過労死しちまえーッ!」


 タイアードは連打を繰り出した。

 彼の力は、触れるだけで効果を発揮する!


「イヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」


 いきなり反撃を打ち込まれ、タイアードは反応することさえも出来ずに吹き飛ばされた。というより、彼は驚いていた。目の前の存在は体を動かすことさえ出来ないはずだからだ。いつ過労死してもおかしくはない、しかし!


「なぜだ!? もう指一本動かせないほど貴様は疲労しているはず!?」

「知っているか? 極限まで疲れた体ってのはなぁ……

 それを快楽に変えちまうんだ」


 エリヤの目は疲労に血走り、顔は青い。

 しかし爛々と輝く瞳がタイアードを射抜いた。


「たっぷり疲れさせてもらったからな。

 もう気持ちよくて仕方がないんだよ……

 たっぷりやってくれた礼だ、お前にも味合わせてやる。

 私の喜びをなァーッ!」

「ひっ……!」


 エリヤは目にも止まらぬスピードでタイアードの懐に潜る!


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「助け」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」


 四肢を分断されタイアードロスペイルは爆発四散!

 だが、エリヤの体力もそこで限界を迎えた。彼女は片膝を突き、刀を杖代わりにしてギリギリのところで持ちこたえる。まだ倒れるわけにはいかないからだ。彼女は震える手で携帯端末を掴んだ。


「エイファか? ユキくんとアリーシャちゃんが誘拐された。

 まだ遠くに入っていないはずだ……あいつらの追跡を、頼む……」

『ど、どうしたんやオマエ! まさか、やられてもうたんか!?』

「こうして話しているのも辛いんだ……すまんが、少し休ませてもらう……」


 そこまで伝えて、エリヤは大の字になって地面に倒れ込んだ。


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