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3

 

 その日以降、エリザの日常は激変する。

 彼女にとって学校は、新しい知識を与えてくれる何物にも変え難い尊い場所ではなくなり、常に気を張り緊張を強いられる試練の場となった。


 ジャック・アトキンスは子分のように取り巻きの子達を引き連れ、何かとエリザを目の敵にして因縁をつけてきた。

 今思い返せば彼のしてきたことは随分と幼い仕打ちで( 何しろジャックはエリザより五つも年上だった )、そんなに恐れるほどのものでもなかったのだろうが、当時のエリザには甚大な影響を与えてしまったのである。

 エリザはことある事にジャック率いる数人の同窓生にからかわれ、馬鹿にされ、その度に、最後にはいつも興奮を抑えられず相手に食ってかかっていた。

 いつしかエリザは、男に歯向かう生意気な女と言うことで、「男女」などと呼ばれるようになる。

 ジャックと取り巻きはエリザを見つけるやいなや、嫌味な歌を謳い嘲笑った。


 男女は身の程知らずの恥知らず。

 すぐに男に負けじとムキになる。

 女が学つけ何になる。

 頭でっかちの負けず嫌い。

 男女など必要ない。


 やめて!

 やめてよ!


 エリザはいつも声をからして彼らに頼んだ。

 酷い歌をうたうのはやめて欲しいと。

 自分は男の子を負かしたい訳じゃあないと。

 だが、言わずもがな、相手はエリザがムキになればなるほど面白がって、決してやめてくれることはなかったのである。

 しかし、だからと言って、彼女は登校そのものを辞める訳にはいかなかった。

 祖父母は貧しいなりに、エリザに教育を受けさせていることを誇りに思っている。彼らを悲しませる選択肢は、彼女の中にはなかったのだ。


 エリザの気持ちを癒してくれていたのは、村の至るところに咲いていた白詰草の素朴な花達だけであった。

 心無い嫌がらせに落ち込みすぐには帰れないような日は、幸運を運ぶという四つ葉を夢中で探したりした。そんなふうに無心になって時間を過ごしたあとは、不思議と気持ちが落ち着けたのである。

 いつしか、道草をして帰宅するのは彼女の日課になっていった。

 そして、人目を避けるようになってエリザはあることに気がつく。

 いつも村の王様然として、家来のような取り巻きを従え行動していることが多いジャック・アトキンスが、ごくたまに、まるでエリザと同じように気配を消すがごとく周囲から身を潜め、樫の木の陰や誰もいない草むらで、一人でいる姿を見かけるようになったことだった。



 エリザが学校へ通うようになって二年目が過ぎる頃、女教師がある提案をしてきた。


「今度の復活祭に劇をしてみようと思うの」

「劇〜?」

「劇って役者みたいにお芝居をするの?」


 教師の言わんとすることが理解出来ず騒ぎ出す子供達に向って、彼女は微笑む。


「ええ、復活祭の日に相応しい出し物を皆さんの父兄やご近所さんを招待して、校庭で上演するのよ。素晴らしいと思わない?」


 この発言に生徒達は皆沸き立った。

 思わず椅子から立ち上がり、飛び跳ねる者まで出てくる始末だった。


「いいね、最高!」


 復活祭とは、この国で広く信仰を集める豊穣の女神、アーデルヘイトの聖誕を祝う祭りである。

 この日ばかりは農作業などの仕事を休み、大人も子供も女神への信仰を深めるべく祭りに参加するのだ。それが収穫を約束する女神への捧げ物の代わりにもなる。

 エリザが暮らす小さな村でも、大きな街と同様、派手ではないが毎年同じ頃に行われていた。

 教師はその祭りの日、学校の庭で自分達による出し物を披露しようと言ってきたのだった。


「先生、主役は誰?」


 皆の目が一斉にジャックへと向けられる。いつもの光景、当然このような華々しい役目は彼のものだった。

 若い女教師は肩をすくめてゆっくりと首を振った。それはいつもとは違う光景でもあった。


「実はね、脚本家から主役はもう指定されてるの」

「ええ、誰?」


 意外な答えに教室内がざわつく。

 女教師の困ったような目がエリザを捉えた。

 彼女はまさかと思い慌てた。

 何故、自分が? 意味が分からないと。

 混乱して足が震えてくるエリザに向って、教師の非情な声が届く。


「復活祭でみんなにしてもらう劇の主役は、エリザ・ドーソンさんです。さあ、みんな。彼女に盛大な拍手を送ってあげて」



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