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とてもじゃないが身代われない。

戻ってきた日常生活

作者: 入江 陸

4日間お付き合いありがとうございました。


これにて、「とてもじゃないが身代われない。」完結です。

異世界の乙女の身代わりとして召喚された私は、1年の身代わり期間が終わり、元の世界に戻ってきました・・・ってまさか寝ている間に帰ってきちゃうとか!!


まあ、よくよく考えたら、召喚された時だって、家で寝ていて目が覚めたらお城だったんだもんね。きっかり1年だと寝ている間に戻ることになるか、とか、納得できてない。こんなことなら、もっとシオン様を堪能しておくんだった!あれ以上何をするつもりだったのか自分でもよくわからないけど、なんか、こう、後悔が押し寄せてくるんですよ!!


ふう。ひとしきり騒いで落ち着いた。興奮状態が長続きしないとか、年ですかねえ。ま、それはそれとして、私が別の世界に召喚されて、戻って来たことなんて、この世界では私しか知らないわけで。やっぱり悲しいかな、夢だったんじゃないかなんてことを考えてしまった。でも、私の左手に光っている指輪が夢じゃないことを表している。それを見た時にシオン様に全力で謝った。私が夢だなんて思ってしまったら、シオン様との約束もなかったことにしてしまうところだった。


・・・・・


帰ってきた日はちょうど日曜日で仕事が休みだった。一日泣き通した。シオン様に会いたい。数時間前に別れたばかりだけれど、もうシオン様が恋しくて仕方がなかった。会えるのは何年後なんだろうか。ずっと待っているって言ったけれど、私がおばあちゃんになっちゃってもシオン様は許してくれるだろうか。



その翌日、泣きはらした顔を必要最低限のメイクで覆い、ひどい顔で出勤した私に、周りは腫れ物に触るような扱いだった。気分もどん底だった私には逆にその扱いはありがたかったけれど。何とか仕事を終わらせ、家に帰り。


「シオン様、ただいま戻りました。」


と誰もいない部屋のドアを開け、呟いてしまう。お帰りなさい、リオン殿、そのシオン様の優しい言葉は聞こえてこない。買ってきたビールを片手にまた散々泣いて、泣きながら寝て、そして朝が来て出勤。


「あのねえ、神田君。こんなこと言いたくはないんだがね、ただでさえそんなに見れた顔じゃないんだ。そのお化けのような顔で出勤されると、我が社の評判も下がるんだよねえ。新入社員の瑠理香ちゃんならまだしも、君のような行き遅れの年増がそんな顔をしてたって、どうしたの?なんて甘い言葉はかけてもらえないよ。」


嫌な奴に捕まってしまった。この失礼極まりないセクハラオヤジは悲しくも部長で上司だ。仕事もせずにだらだらと人に文句をつけるところがちっとも変っていない。お前はこの一年で何の成長もなかったのか、と思って、ああ、一年たったのは自分だけだったなと思いだす。


「しかも、なんだい、その指輪は。いくら周りの後輩たちが寿退社をしていくからと言って、張り合ってプロポーズしてくれる相手もいないのに、自分で指輪を買って左手の薬指にはめるなんて、むなしくないのかね。」


この言葉に今までこいつに感じたことのないほどの大きな怒りが湧いてくる。シオン様にいただいた大切な指輪を私をけなす材料に使ったのだ。


「お言葉ですが、この指輪は私の大切な方にいただいたんです。自分で買ったのではありません。」

「おやおや、とうとう結婚詐欺師のカモになったのか。神田君相手に詐欺も良くやるね、神田さん、結婚してくださいって?ああ、違うか。莉音さん、けっこんしてくだ・・・っぷ。あはは!!そうだ、そうだ。神田君は莉音なんてこじゃれた名前だったね。年甲斐もなく恥ずかしい名前で、可哀想にね!」


すうっと感情が冷えていくのがわかる。ああ、きっとこれがキレるってことなんだ。私の大切なシオン様を詐欺呼ばわり。シオン様が本当なら『アマネ』と呼ばなければいけなかったのに、それを頑として拒否して、私を優しく『リオン殿』と大切に呼んでくれた名前も馬鹿にしてくれた。


「部長、以前から申し上げておりますが、あなたのセクハラは社員たちにとても精神的苦痛を与えています。私だけでなく、他の女子社員、男性社員たちからもパワハラの声が上がってきています。私はそれを全部書面にして専務にお渡ししてあります。今度また同じことを繰り返すならそれなりの処理をすると専務から言われていらっしゃるのではないですか?」

「な、何を言って」

「言われてらっしゃいますよね。あれからまた同じくらいの量の被害報告が私のところへ上がってきています。もちろん全部書面にしてあります。」

「か、神田君。その」

「私が私生活を仕事場に引きずってしまったことは私の非として認めます。ですが、それ以降の私への、私の大切な人への侮辱は許せるものではありません。」

「いや、ちょっと口が滑っただけで」

「それなりの処理がどのくらいかはわかりませんけれど、裁判を起こせば確実に部長に勝てる内容であることは理解しておいたほうがよろしいかと。」

「ま、待ってくれ。私にも家庭が」

「罪を犯してしまう方は何度も同じ罪を繰り返すと聞きます。一度、心から反省なさってはいかがですか。」


部長はまだ何かグダグダ言っていたけれど、放置して立ち去る。今のことも追加書面で専務に提出しよう。きっと部長が何か言っても私を止める人はいないだろう。ほとんどの人が被害にあっているのだから。


・・・・・


この出来事で逆に私の心は前向きになった。いつまでもめそめそしてるなんて、私らしくない。部長相手にキレたことで、本来の自分を取り戻したのは何とも複雑だけど、シオン様が迎えに来てくれる前に、何をしておけばいいのだろうと考えられるようになったのだ。迎えにということは、私は向こうの世界で暮らすことになるんだろうか。それなら身辺整理って必要だよね?具体的に何すればいいの?


とりあえず思いついたのは仕事を辞めるだろうってこと。人に教えるのが面倒で自分で抱えてしまってる仕事が多いことに気付く。これを人に割り振るところから始めるか。適性を考えながら割り振らなきゃな。


そう言えばシオン様に渡す指輪、どうしよう。この指輪ってお高いよね、きっと。これに見合うものなんて私の給料で買えるんだろうか。全財産を投資すれば可能?でもシオン様の指って大きさわからないし、それに、何年後、何十年後になるならシオン様も大人になってるだろうし。困ったなあ。


今日も晩酌をしながら指輪を眺める。シオン様の瞳の色と同じ薄紫色の宝石。最後の夜にシオン様がしたみたいに指輪にキスをしてみる。


「シオン様、会いたいです。早く迎えに来てくださいね。あ!でも、時間がかかっちゃうことは予想はしてるんです、してるんですが。できるだけ早くお願いします。」


真剣に指輪を見つめてそう話しかけた。・・・きゃー、これって、間接キスじゃない!?うわ、わー。今更何慌ててんだとか言われそうだけど、あんな夢を見ちゃってる私ですけど!!実際にはシオン様の可愛らしいぷにぷにしたほっぺに朝におはようの、夜におやすみのキスをするだけだったんですよ。まあ、あとはシオン様がおねだりしてくれたときとか・・(照)生粋の日本人の私にはハードルが高かったけど、もう今や欧米人もびっくりなくらいスマートにできちゃうよ!


そうだ、シオン様はこの指輪を自分だと思ってって言ってくれてたよね。じゃ、おはようとおやすみのご挨拶はいつものように指輪にしておこう。端から見るとちょっとイタイ人の図になりかねないけど、ここは私一人の空間だし、誰に気兼ねすることもない。


・・・・・


職場では他の人に仕事を割り振りつつ、自分がいなくなってもいいように引継ぎできる手はずを整えていった。一応、みんなには、遠距離恋愛の相手からプロポーズされてるとだけ伝えてある。ただ、彼の都合でいつ結婚となるかはわからないので、いつでも引き継げるようにしておきたいと話しておいた。


休みの日には久々にこちらの世界の友達が部屋に遊びに来た。久々っていうか、彼女たちにとっては二週間ぶりなのだけれど。彼女たちは非常に許容範囲が広いので本当のことを話してみた。こっちがびっくりするほど自然に私の話を受け入れてくれた。


「異世界かぁ。じゃあさ、結婚式はそっちですんの?私ら出席できるの?」

「っていうか、よく思い切ったねえ。シオン様とやらは子供なんでしょ?そりゃ早く迎えに来てほしいだろうけど、もうちょっと大人になってから迎えに来てもらわなきゃ、犯罪者だよ、かんちゃん。」

「うう、改めて言われると辛いところだよ、きーちゃん。」


上谷里佳子かみやりかこ神田莉音かんだりおん木更津理沙きさらずりさと、ものの見事にイニシャルが同じだと評判?の高校からの友人たちだ。もちろん席が近かったから、というのが仲良くなったきっかけである。


「えー、でもそのシオン様って怪しくない?」

「いくらみやちゃんでもシオン様の悪口は許さないよ!」

「は~い。」


私がお茶を淹れている間に二人が何かこそこそと話していたけれどお茶を蒸らす時間をきちっと図ってた私には聞こえなかった。


「で、みやちゃん、何が怪しいって?」

「かんちゃんはさ、なんか自分の願望の夢とか言ってるけど、そんな定期的にええと、大人シオン様だっけ?出てくるとは思えなくない?」

「ああ、かんちゃんってば『欲望』なんて無縁な性格だからねえ。想像力がたくましすぎて勝手に自己完結しちゃうところあるから。」

「でしょう?それに、かんちゃんによれば、シオン様にはかんちゃんに話してない事情があるらしいじゃん。もしかすると、子供じゃないかもよ?」

「じゃ、大人シオン様ってのが本当の姿なのかね?でも、きっとかんちゃんにとって、シオン様であれば何でもいいんでしょうよ。あんな乙女チックなかんちゃん、初めて見たよ。」

「確かに。かんちゃんの運命の人が異世界にいたのなら、私たちの運命の人も異世界にいるのかもよ、きーちゃん。」

「それは、いるかもしれない異世界の人からの求婚を待つってこと?気の遠くなるような話だよね。」


お茶を淹れて戻ってくると、二人が盛り上がってたので聞いてみる。


「何の話?」

「私たちもかんちゃんと同じように異世界から求婚者が現れないかなって。」

「シオン様に当てがないか聞いておいて。」

「え~シオン様に迷惑はかけたくないんだけど。」

「「迷惑ってなんだ!」」


二人にシオン様のことを話して、肯定してもらって、笑いあって、俄然やる気が出てきた。シオン様が来て下さった時に時間があるようなら、こちらの世界を案内したいなと、今まで買ったこともないデート情報の載っている雑誌とか買ってみたり。服も、シオン様が褒めてくださったような色合いに変えてみたり。職場の後輩たちからも綺麗になったと驚かれたのだけれど、あ、顔じゃなくてね。ピンと張った姿勢とか、一つ一つの動作とかが綺麗だって。思い当たるのは向こうの世界で苦労したお勉強の数々。まさか、こちらの世界で役に立つとは意外だったなあ。


・・・・・


「シオン様、ただいま戻りました。」


シオン様のくださった指輪に挨拶をする。今日も残業となってしまったが、日付が変わる前には帰ってこられた。向こうの世界から戻ってきて今日で一か月。まだまだ先は長そうだ。


「お帰りなさい、リオン殿。」


まだ一か月しかたっていないっていうのに、もう幻聴とか。もう少し踏ん張れ、自分。・・・げ、幻覚まで見えるようになるとは。


「遅くなりました、リオン殿。一か月も待たせてしまうなんて、僕のこと、嫌いになってしまいましたか?」


涙目で上目遣いという、シオン様の悩殺ポーズ。幻覚じゃない、本物の、本物のシオン様だ。


「・・し、しおんさ、ま」

「リオン殿、お会いしたかったです。」

「しおんさま・・しおんさま」


ああ、もう大切なシオン様が涙でぼやけてくる。私も会いたかったんです。そんな言葉すら出てこない。


「リオン殿、ちょっと格好がつきませんが、涙を拭いて差し上げたいのに、背が届かないんです。座っていただけませんか。」


シオン様と同じくらいの高さになるよう、膝立ちで座る。ハンカチで拭いてくれるのかなと思ってたシオン様は唇で涙を吸い取って下さった。


「ふえ!?」


奇妙な声が出て、涙が引っ込むと私の心臓が破壊されるのではないかというくらいの、極上のシオン様の微笑みがだんだん近くなってきて唇と唇が重なった。唇の開いた隙間からシオン様の舌が侵入してきた。驚いた声もくぐもったものとなりシオン様に吸い込まれる。驚いて逃げてしまった私をシオン様が追いかける。口の中で追いかけっこなんて聞いたことがない。とうとう捕まってこれでもかと絡められた。息苦しくなったところでシオン様がやっと唇を離してくれた。


「莉音殿。」

「し、し、ししししおんさま!?」


目の前にいるのは私がいつも妄想の中でお会いしたことのある大人シオン様だった。え?まさかの夢オチですか?口をはくはくと開けたり閉じたりするしかできない私に、シオン様は微笑むと、私を抱き上げてソファに座らせてくれる。ってソファ?うちにそんな高尚なものはないよ?


そしてやっとあたりを見回すということをしていなかったことに気付いた。ここ、どこ?帰って来た時は確かに私の家のドアだった。


「ここは、僕と莉音殿の新居ですよ。あのまま城に暮らし続けるわけにもいきませんし、急ぎあつらえました。しばらくの間は、ここと莉音殿のうちが世界を繋ぐゲートとなります。」


私が戸惑っているのに気付いたのだろう、シオン様はそう教えてくださったけれど、あつらえるって家ですよね?服とかならまだ聞いたことありますけど、家って1ヶ月で建つものなんですか?というかゲート?あのドアの向こうは普通に日本なんですか?


「莉音殿には謝らなければいけません。僕が貴女に姿を偽っていたということを。確か、莉音殿のお話によれば、明日は休日だったと思います。事情をこれからお話したいのですが、よろしいですか?」

「え、あ、はい。明日は休みなので時間はゆっくりあるので、お願いします。あ、でも別に謝ってもらう必要はないです。事情があってのことなら、シオン様のせいではないですし、その、むしろ、シオン様が大人でよかったです。」

「莉音殿・・・。子供の姿でなくなっても、貴女は僕に甘いのですね。」


そう言ってシオン様は私に微笑む。甘いのはシオン様の極上の笑顔です。頑張れ、私の鼻の粘膜!今鼻血が出たら残念すぎる!っていうか、子供のシオン様でも破壊力が抜群だったのに、大人シオン様はそこにダダ漏れの色気が加わってる、私、出血多量で命の危険が!!


「莉音殿、愛しい方、困りました。僕は貴女に触れたくて仕方がない。」

「へ?」

「そうですね、お話は呪いを解きながらでもできますね。」

「呪い、ですか?」


とても嬉しそうなシオン様に私は反論することもできず、触れる、呪いを解くというのが何となく身の危険を予測できそうなキーワードだったのだけれど、そのままシオン様に抱えられて寝室まで一直線に運ばれた。



・・・・・


「シオン様を、甘やか、し、すぎる、のは、私の、たい、体力的、に、も、せ、せい、精神的にも、よろしくないと、学び、ま、した。」

「莉音殿、申し訳ありません。」


シュンと項垂れるシオン様。う、もう許しそうな私がここにいる。だ、ダメだ、心を鬼にして、ちゃんと怒ってますアピールをしなければ、声は枯れ、体も言うことを聞かない、もしかするとこんな状態が日常になってしまう。それだけは避けたい!でも、甲斐甲斐しくお世話をしてくださるシオン様が大人の姿になってもかわいくて仕方がない。


鼻血を出さないように頑張ったり、次こそはシオン様を甘やかさないぞと決意したり、それが私の日常生活になるのは私以外の誰にも明らかなことだった。


♦♦♦♦♦

「シオン様がこんなに早く迎えに来て下さるとは思いませんでした。」

「僕としてはもっと早くお迎えに上がりたかったのですが。」

「私は何年後かと」

「僕はそんなに長い間、莉音殿に会うのを我慢できませんよ。」

「・・私もです。」


♦♦♦♦♦


いかがでしたでしょうか、だいぶ駆け足で進んでしまいました。端折った話もいくつかあります。短編じゃなく連載で上げるべきだったなあ。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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[一言] 友人ふたりの異世界の運命の人も読みたいですね。異世界をゲートで行き来できるみたいですが彼女の友人以外は知られないようにしないと良いですね。
[一言] 4作続けて読みましたが、ぜひとも連載でじっくり読みたいです!せっかくの設定がもったいなくて。 面白かったので切に思います!
[一言] 完結おめでとうございます!シリーズ全作品、とても楽しく読ませていただきました。異世界の乙女、いわゆる乙女ゲームの主人公に転生ではなく身代わりという発想が新しく、凄く面白かったです。 連載で…
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