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三戦:異変―truth―

 目標視認……、誤差、修正。

吹きすさぶ砂塵の中。防塵マスクとゴーグルで視界と呼吸の場を確保する。耳たれつきの帽子がゴーグルのバンドで固定され、そこがじっとりと汗ばんでいるのを感じる。

渇き始めた唇を舐め、じりじりとにじり寄る狼型の敵に照準を合わせる。横一列に並んだ相手の中央に照準を合わせ、射程圏内に入るまでじっとりと待つ。

 いつもより軽く、乾いた炸裂音。射出された鈍色の弾丸が途中で弾け、封入されていた破片が容赦なく敵に突き刺さる。立て続けに撃った弾丸が残存していた敵を撃ちぬき、確実に核晶コアを破壊していく。

――いつもより多い訓練量。それは実戦において有効な手段を打つための時間ができたと思えばいいのだろうが、そう思えない自分がいる。

理由は明白だ――毎日と言っていいほどストゥルティが襲来していたのに、今はなぜかその姿を見ることがなかった。

一日来なかった日は「まあそういう日もあるだろう」と思うくらいだった。しかし、それが一週間も続いたとなると話は別だ。生き残った人類にとってはありがたいことだが、戦場に身を投じている方としてはこれから起こる不吉なものの前兆に感じられて恐ろしさを感じざるをえないのだ。

 それを押し隠すため、僕はショップで売られた新作の銃弾を試すという名目で、日々『ツキヨ』を手にしては、仮想空間に銃弾のデータを送信するためだけに今まで溜めてきたポイントを散財して実戦で使うことのない銃弾を買い続ける日々を送っていた。

『おーい、夕闇―。聞こえるか―?』

 不意に、頭上から聞きなれた声が降ってきた。……きっと幻聴だろう。

『おーい! 聞けっての夕闇! 強制終了するぞ、おい!!』

そういった傍から眼前に広がっていた荒地は影をひそめ、真っ暗な空間と明瞭な音が僕の感覚を容赦なく揺さぶった。

 一つ大きくため息をついてヘッドギアを外すと、あきれ顔の夜鷹がそこにいた。

「なーにが「強制終了するぞ」、だよ。こっちが止める前に切ってんじゃんかよ」

「いやあ、そうでもしないと出てこないんじゃないかと思ってよ………」

 ポリポリと頬を掻く夜鷹に、椅子から飛び出すように頭からみぞおちにタックルをかますと奇声を発して後ろに倒れた。

「で、強制終了してまでの用ってなんなんだよ」

「あ、そうそう。なあ、土竜知らないか?」

 土竜?と疑問を浮かべると、朝から姿を見ないという。いつも一緒である揚羽も知らないと言い、こっちに聞きに来たらしい。

「残念ながら、僕は朝からここに籠ってたから見てないよ」

「そっかー……」

 仰向けに倒れながら返事をする夜鷹を放っておいてヘッドギアを片す。ぐちゃぐちゃと絡まったコードを直そうと躍起になっていると、不意に視線を感じた。

「……何かついてる?」

「…………」

 夜鷹の青い双眸が僕をじっと見つめる。そのまま見続けるのも居心地が悪く、作業に戻ろうとするとお前さあ……、と声がかかった。

「蜻蛉となんかあるのか?」

「どうして土竜の話から蜻蛉の話に変わるのさ」

「はいそこで逸らすな。図星の時の悪い癖なの、気づいてるか?」

 スッと目が細められ、思わず一歩引く。ヒュッと喉が鳴り、心拍数が上がるのが分かる。

嘘を吐くことを認めないと言わんばかりの視線に当てられ、変なプレッシャーに声が喉にはりついてうまく外に出すことができない。

「……別に、新人教育だよ。最初から舐めてかかられたら困るから」

 作業に戻るフリをして目を逸らし、吐き捨てた言葉は嘘にしか聞こえなかっただろう。けど、夜鷹はそれ以上詮索することなく、たった一言そうかというだけだった。

 その言葉には、納得がいかないという訴えが含まれていた。






 夜鷹に強制的に終わらせられた訓練を再開する気になれず、『ツキヨ』の手入れをしてからふらふらと大広間へ向かう。その道中、やけに人がバタバタと走っていくのが目に入り、それが何故か引っ掛かりを覚えさせた。

「あっ、お前!」

 声をかけられるとともに不躾にガシッと肩を掴まれ、不満の二文字を顔に貼りつけたまま振り返る。ツンツンと跳ねた髪が肩で息をする彼とともに上下に動いている。

「えっと……、なんですか?」

「アンタ、『ニーベルング』の人間だろ!?」

「そう、ですが……。それが何か?」

「アンタのとこの……そうそう! 揚羽が――」

 揚羽、その言葉に反射的に反応し、制止の声に耳を貸さずに踵を返して全力で廊下を走り抜ける。いつもは短く感じる廊下が、やけに長く、走っているそばから伸びているんじゃないかと思わせた。

 大広間に近づくにつれ、人の気配と言葉をなさない声が濃くなる。入口にできた人ごみを掻き分けるように進むと、聞きなれた――だが濡れた声が鼓膜を震わせた。

 ドクン、ドクンと心臓が強くはっきりと脈動を繰り返すのが気持ち悪いくらい感じられ、それに比例するように不安が心と脳を支配する。

 



 視界の開けた先。

そこには、濃紫に壊死した誰かを抱きしめ慟哭する揚羽の姿があった。

「あげ……は?」

 ふらりと近づくとピシリと空気が凍りつき、僕と彼女を隔てるように薄氷の壁ができたが、それは数秒ともたずして崩れ去った。

それが、揚羽の精神状態が芳しくないことを物語っていた。

「揚羽、どうし――」

「近づかないでっ!!」

 ギン、と真っ赤に腫れた目で睨まれなすすべもなく立ち尽くす。その手に抱かれた人を見て、僕は無意識に目を見張った。

ずれたヘルメットから覗く幼げな顔には、見覚えがあった。

 大声で泣き叫ぶ揚羽を取り巻く様に見つめる野次馬に見られながら、僕はただそこに呆然と立っていることしかできなかった。






「落ち着いた?」

 はい、と紅茶の入ったカップを手渡しながら問いかけると、弱弱しいながらも揚羽が一つ頷く。

司令部から送られてきた人間に土竜を任せ、抜け殻のようになった揚羽を僕の部屋に連れてきた。道すがら抜け殻のようだった彼女は、持ち前の気力なのかそれともそういう性格なのか、幾分すっきりしたような顔つきで今は紅茶に口をつけていた。

「それで、あの。話しづらいとは思うんだけどさ」

「分かってる。それに、頃合いみたいだから、貴方には伝えておくわ」

 と、その前にと僕に目を合わせる揚羽に、「?」と首を傾げる。カップを置き、無言で部屋の隅にあるカメラのスイッチをオフにする。

「夕闇、あなたの本名を教えていただけますか?」

「え? 桜庭明人だけど……それがどうかしたの?」

「これから話すことに重要だからよ。隠し事をするのは嫌いですしね……」

スタスタと元の位置に戻り、両手でカップを包み込む揚羽。

「いい、今から話すことは全て本当のことです。それを念頭に置いて聞いてください」

 すっと背筋を伸ばし、真剣な眼差しを向ける彼女につられて僕の背も伸びる。これから話されることの重要さというか、彼女のあまりの真剣さに、生唾を飲み込む。

「夕闇、私と土竜は姉弟なの」

「そうなんだ――て」

 は?

そういう目線を送ると、気分を害したのか揚羽の赤く腫れた目に冷たいものがよぎる。

「疑うことは誰しもすることですから何も言いませんが、私は嘘偽りを一切言いませんわ。特にたった一人の家族のことに関してだけは」

「いや、疑ったわけじゃなくて……いや、疑ったのかな……ごめん」

「気にしないと言ったでしょう? ここで姉弟だと言ったところで何かの設定にしか思われないと承知の上で、私たちは今まで通り過ごしていたのよ」

 きゅ、とカップを包む手に力を込めた揚羽から、嘘を言っている雰囲気は全く感じられなかった。無言で続きを促すと、ぽつりぽつりと揚羽は語りだした。

 揚羽の本名が森宮沙夜モリミヤサヨ、土竜の本名が森宮春夜モリミヤハルヤで、『ニヴルヘイム』発足時に多額の援助をした財団の子息であること。

 両親は屋敷にいることがほとんどなく、一日のほとんどを二人だけで過ごしていたこと。

 揚羽もとい沙夜は昔から法術の鍛錬を受け、土竜もとい春夜は昔から臆病だったけど、屋敷の文献を参考にありとあらゆるものを作り出しては沙夜に嬉しそうに話していたこと。

 ストゥルティ襲来時は二人で地下にいたため命は無事だったが、両親含め屋敷の使用人が全て殺されたこと。

ゆっくりと、だけどはっきりと今までのことを話し終えた揚羽は、どことなくすっきりしたような雰囲気を漂わせていた。僕はと言えば、当たり前だけど初知りのことが多すぎて情報処理が若干追いつかなかったが、大方の話を飲み込むことができた。

「……という身内の話はこれくらいで、夕闇。一つ、隊長である貴方にとても重要な話があるの」

 すっと戦闘前の研ぎ澄まされた視線に、自然と僕も『ニーベルングの隊長である夕闇』としての自分に切り替わる。

「春夜……いいえ、土竜の死因について、話しておきたいの」

「死因って、壊死だろ?」

「壊死に間違いはないわ。でもあの時のことを思い返してみて、何か引っかかることはないかしら?」

 揚羽の言葉に、思考をあの時のことに戻す。

訓練途中に夜鷹に邪魔をされ、続きをする気がなくなって何となく大広間に向かった。その時に名前も知らない誰かに声をかけられて、走って――。

そこで、ふと僕の中の“常識”と齟齬があることに気づいた。

あの時、僕ら『ニーベルング』はどういう状態だったのか。

「『ニーベルング』は、いや、全小隊誰一人として戦闘していなかった」

「そう。本来なら戦闘中にストゥルティの攻撃により、壊死する。だけど、あの時は誰も戦っていなかった。なのに、土竜は――私の隣で突然壊死を発症させた」

「なっ!?」

 事例のないことに言葉が上手く喉を伝って出てこない。ただはくはくと魚のように開閉するだけの僕に、揚羽は持っていたカップをテーブルに置いて真っ直ぐに僕を見てさらに口を開く。

「このことを『大いなる母アカシック・レコード』や、『ニヴルヘイム』自体が知っているのか定かではないけれど、私たちとの戦闘でストゥルティが私たちのことを独自に理解して、進化を遂げているのかもしれない」

 進化。

この二文字が、重く、僕の中に落ち、それは絶対に解けることのない塊となってくすぶり続ける。その感覚から逃げるように、僕はカップの中の紅茶を一気に飲み干した。


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