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一戦:再会―grief―

『――『ヨーツンヘイム』、壊滅! 手の空いている小隊は援護へ迎え!!』

『こちら『アルス・ノヴァ』! ストゥルティ増大中、援護頼むっ!』

 通信機から鼓膜を震わす情報(ノイズ)が僕の気を散らそうと躍起になる。そんな妨害に屈するか、とスコープから覗く景色に全神経を持っていく。

 スコープから見える相手の体は濃紫で、全身に血のように赤い目がくっついていた。周囲を確認……よし、一体、しかもこちらにはまだ気づいていない。弾薬の入った得物をしっかりと握りしめ、スコープの照準を同じく真っ赤だが結晶となっているところに合わせ――。

 欠片のようなものが飛び散り、地面に体が着くか着かないかのところでそいつはキラキラと紫色の粒子を飛ばして消えた。

これで十五体目、いつもよりは多いほうなはず。

 耳元からは絶えず壊滅や全滅といった言葉しか入ってこない。みんな我先にと突っ込んでいくからそうなるんだ。

拠点となっていた岩陰から身を引きずり出し、周囲に気を配りながら移動。わずかな異変さえも取り逃さないように、全神経を周囲へと向けていく。

 ピリッという感覚と共に方向転換。その際に銃弾を装填、体が向きを変える頃にはスコープを覗いている状態にまでもってくる。数秒で照準を予測ポイントへ合わせ、引き金を引く。

 乾いた炸裂音のそのあとに割れた結晶の音。また一体獲物を倒した。

まだいるのかと神経を尖らせてみるが、なんの気配もない。ゆっくりと警戒を解こうとすると、ピーという軽い音が響いた。

『ニヴルヘイムより全小隊へ。『大いなる母(アカシック・レコード)』がストゥルティの撤退を確認。各自帰還せよ、なお、報告を忘れぬようにせよ。以上』

 プツッと一方的に切れた通信を呆然と聞いていたが、どうやら任務は終わったらしい。よいせっと得物――スナイパーライフルを肩から下げて基地へと歩いて行った。




「おーい、夕闇(ユウヤミ)ー!!」

 背中にのしかかる重圧で潰れそうになるのを何とかこらえつつ、肘鉄をお見舞いする。するとその人はげふぅ……、というなんとも形容しがたい声を出しつつ床にひれ伏した。

「この間、こうやってのしかかってきたら迎撃するって言ったばかりだよね、夜鷹(ヨタカ)?」

「いやあー……、夕闇のことだから冗談かと」

 ポリポリと頭を掻く金髪碧眼の青年――夜鷹はしわくちゃになった衣服を簡単に直すと僕の隣に並んだ。コイツは入隊時に女子十人から告白され、その全てを断ったという僕ともう一人を除く男子から疎まれている存在だ。

「で、夜鷹は何しに行くの?」

「何しにって……、“母さん”に報告しに行くんだよ。お前だってそうだろ?」

 早くいこうぜ、と僕の手を取って走り出す。薄い水色の金属質の壁が後ろへと流れていく。その間に、夜鷹は鼻歌を歌っていた。何が楽しいのか、僕には理解不能だ。

 水色から赤へと壁が変わると、目の前に天井まで届く扉が現れた。その横にあるパネルに手を乗せると認証音と共に重厚な音を轟かせながら扉が上下に開いていく。

――扉の先には、赤く光る結晶が同色のスパークによって浮遊していた。

「“母さん”、ただいま」

「……ただいま、“母さん”」

 “母さん”、という言葉に反応して結晶が光をたたえる。光がはじけると僕らの体に一本の光線が下からスキャンするように動いた。目の前に僕と夜鷹の戦績が表示される。

「俺は今日九体倒したんだ」

「僕は十六体討伐しました。記録願います」

 目の前の戦績が変わるのを見届けてから、さっさと踵を返す。あんまりここにいたくない。

夜鷹はまだ“母さん”と話をしている、邪魔をするのも悪いからという後付の理由を携えて、僕は部屋を出た。

 


大いなる母(アカシック・レコード)』と呼ばれる人工知能を核として成り立つ戦闘兵団『ニヴルヘイム』、それが僕らが今いる場所だ。ここに入隊するのは六年前――つまり僕が十三の時突如襲来してきた生命体ストゥルティを討伐するためであり、生き残った人類が生き延びるための場所でもある。

 僕が住んでいたマグノレアには地下都市があり、そこで数年人口を増やしてはいた。その時にはデザインチャイルドなんて気にする人もいなくて、ありったけの精子と卵子を受精させて子供を産んだ。だが数年後、ストゥルティに地下都市を発見、破壊され、その場所にいられなくなった人類は古代文明の基地に移り住んだ。なんとか生き延びたものの、生き延びた人類はなぜか自然受胎で子供が生まれないようになってしまっていた。研究者たちは溢れるように出てくる敵を減らすための研究にしか着手しないため、人口は増えるどころか減る一方だった。

 そんな時、一人の研究者が基地の一番奥で結晶を見つけた。それが人工知能であると分かった途端、その人はそれを利用することを決めたのだそうだ。敵が来るのをいち早く察知し、どうやって知ったのかは誰も知らないが敵の弱点を教え、いつしか人類は敵を討伐する術を身に着けた。人類はその人工知能に敬意を表して『大いなる母(アカシック・レコード)』と呼び、母に対抗する愚か者という意味で敵を「ストゥルティ」と名付けた。

 で、この敵に立ち向かうのは古代人類と同じように若者と決まっていて、徴兵された少年少女には母じきじきに名前が授けられる。いわゆるコードネームだ。コードネーム、もとい、マザーネームをつけられた子供たちは『大いなる母(アカシック・レコード)』を“母さん”と呼ぶことを義務付けられ、母のためにその命を落としていく――。



「おい、待てよ夕闇!」

 ぜえぜえと息を切らしながら僕の横に来るのは金髪碧眼のヘボ王子……もとい、夜鷹。

「今回は学ばれましたね、王子様」

「そりゃあな……って、だから王子っつうなっての!!」

「陰で王子王子言われてんじゃん。いいんじゃないの? 夜鷹王子」

 ニヤァ、と笑ってやると夜鷹は顔を真っ赤にさせて僕の首に腕を回して軽く締めた。ギブアップを申し込んでも止めるどころか若干力を込める。外せそうにないのでそのまま背負い投げよろしく投げてみる。が、予想通り受け身を取られそのまま取っ組み合い、床を三メートル近くまでゴロゴロと転がってった。

「ったく、やっと調子が戻ったな」

「? 何が?」

「お前、“母さん”の前じゃ顔とか声とか死んでんじゃん。なのに俺の前だといつもの調子じゃん。心配になるんだよ」

 はあぁ、と盛大にため息を吐いた夜鷹に「?」を頭の上に乗せてみる。そんなに心配されることだったのだろうか。

それが通じてしまったらしく、軽く頭を小突かれた。

「自覚なしかこの野郎。“母さん”も心配してるぞ、きっと」

「……“母さん”、ね」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、何も」

 口早に言って先を急ぐ。お気楽もののように見えるが、なんだかんだで勘のいい奴だから侮れない。

 後ろから目線だけで何を言ったのか訴えてくる夜鷹にいらいらし始める。これは一度口を開いた方が早いんじゃなかろうか。

「……分かった、分かったよ。話すからその視線どうにかしてくんない?」

 降参とばかりに手をあげると、目の前の青年は勝ち誇った笑みを浮かべた。僕が折れたのを知らないみたいだな。

「僕が…“母さん”の前でああいう態度なのか、聞きたいんだろ?」

「そうそれ。で、何が原因なんだ?」

「僕はさ……、僕は――」

 ふと、夜鷹に対して意地悪をしてみたいと思った。もちろん、本意を知られたくないというのもあるのだが、ついさっきの視線のお返しっていうのもありかもしれない。

「殺してるんだ。ストゥルティを殺すたびに」

「殺してるって、誰を?」

「僕自身、だよ」

 薄ら笑いを浮かべると、ビクリと体を震わせる夜鷹を見るのはなんか楽しいことに今更ながら気づく。これはハマるかもしれない。

「さ、こんな話は置いといてご飯食べに行こう。僕お腹空きすぎて辛いよ」

 打って変った態度で夜鷹の腕を引っ張る。戸惑いを隠せないのがバレバレな彼を放っておいて、僕らは薄水色の廊下を歩いて行った。






「あら、夜鷹。それに夕闇じゃない」

「こんにちは。二人ともこれからご飯ですか?」

 広大なテラスを思わせる食堂には、形は様々だが一様に真黒な軍服に身を包んだ男女が憩いの時間を過ごしていた。

 食堂、とは言ったものの休憩所や作戦本部も兼ねているここは、二十万を超える兵士が入っても余裕があるように酷く広めに作られている。そんな広大な場所も、徐々に減っている小隊の数に比例してその空間を広くしていった。

 そんな場所で見かけてしまったのは、金糸の混ざった法衣に身を包んだ長髪の少女と、彼女にぴったりとくっついている黒塗りのヘルメットを被った少年だった。高飛車な性格の揚羽(アゲハ)と、引っ込み思案で僕以外で夜鷹の人気ぶりを疎ましいと思わない土竜(モグラ)は、夜鷹を含め僕率いる『ニーベルング』のメンバーに当たる。

「揚羽に土竜じゃんか。よお、お前らって今日非番だっけか」

「休息、と言っていただきたいわ。今日は法術の調子も芳しくありませんから、手元が狂って誰かを殺しかねませんから」

  夜鷹の一言に対しオホホホ、とわざとらしく高笑いするすぐ横で顔を真っ青にしている少年がいることを、この少女は分かっていないようだ。土竜をこっちに呼び寄せ、揚羽と夜鷹をその場に残して僕らは(土竜は半強制的にだが)列をなしている人の後ろに並んだ。

「あの、夕闇さん。姉さんたちそのままでいいんですか?」

「大丈夫だよ、夜鷹が倒されて終わるだけだから。ほら、見ててごらん」

 指をさした方向、夜鷹が揚羽に向かって何かを言っている。揚羽が徐々に顔を真っ赤にさせ――。

 一陣の冷風が吹いたと思うと、夜鷹の足は透明な氷によって閉ざされていた。揚羽お得意の法術【フラウ】が炸裂した瞬間だった。

「ほらね、言った通りだったでしょ?」

「あ、あわわわわ」

 目をぐるぐると回しながら手をわなわなさせる少年の頭を分厚いヘルメット越しに撫でてやる。揚羽を姉と呼ぶ理由は定かではないが、弟っぽさを醸し出してるからいつ兄と呼ばれても享受できてしまう、と思う。

「あのような喋る鷹はさておき。夕闇」

 パンパン、と手を叩きながら寄ってくる揚羽。なんかラスボス感出ていますが、君のお姉さんは大丈夫ですか、と思わず土竜に聞きたくなった。

「次の戦闘、(わたくし)は全力で臨みます。あなたに勝つために」

「それって、挑戦状ってこと?」

 まさかね、と思って言ってみたがどうやら図星だったらしい。確かにストゥルティの討伐数では揚羽より僕の方が上回っているが、それでもたったの五十の差だ。彼女が法術を本気で繰り出せば、すぐにでも埋められてしまう。

……というか、たったこれだけの差のために何故僕はここまで彼女に挑戦されなければならないのだろう。

「姉さん、あんまり無理して体壊しちゃだめだよ……?」

「大丈夫ですわ、これでも鍛えてきてましたから。過度の法術も、加減さえ考えれば耐えられます」

 慈しむような笑みを浮かべて土竜の頭を撫でる揚羽。それを見ていると本当の姉弟のように見えるから不思議だ。

「あのー……、非常に言いにくいのですが僕としてはその挑戦状を受けたくないです」

 いつもはしない敬語で話しかける。揚羽の競争に対する威圧がすごすぎて、いつもの調子で断ると法術で殺されかねないため、自然と敬語になる。

「あら、どうして? 兵士というもの強化と鍛錬、競争が基本。それを受け入れないとは些か問題ではないでしょうか」

「いや、最もなのですが僕は誰かと競おうなんて思わないし、そもそもそういうの興味ないので」

 目を逸らしながら言うが、責めるというか腑に落ちないという視線が容赦なく突き刺さる。気づかないふりをして、僕はそそくさとお盆を持ってそこから逃げた。






「あー……疲れた………」

 ボスッという音と共に低反発のベッドに沈み込む。落ち着いたグレーのマットレスに、袖口が銀で縁取られた軍服が映える。

 はだけさせた軍服から零れ落ちる青色の石。質素な紐に括り付けられたそれは、昔と変わらない透明感のある材質を朽ちさせることはなかった。

 肌身離さずつけているために、時々その存在を忘れてしまうが、時折姿を見せるのは僕から遠野の記憶を消さないためなのかと勝手に想像してしまう。

ベッドに投げ出された石を手に取り、目線にまで持ち上げる。それを眺めていると部屋の壁のものが気になった。少し焦点をずらすと、そこにはケースから取り出され無造作に置かれた得物が立てかけられていた。そのすぐ近くに置かれた汚れたグレーのクロス――しまった、手入れ中に乱入してきた夜鷹の無駄話につき合わされてそのままだったんだった。

 片付けようと体を起こしたその時、ヴヴッという振動音が耳に届いた。音源は机に置いておいた小隊長用の通信機――機、とついているがその形状は小型化した『大いなる母(アカシック・レコード)』にしか見えない――だった。

「第二七六三二一小隊『ニーベルング』小隊長、夕闇です」

『こちら司令部、『大いなる母(アカシック・レコード)』より召喚が命じられた。直ちに母の下へ行け』

「夕闇、了承致しました。ただいま向かいます」

 ブツッと乱暴に切られた通信に、少しだけ嫌気がさす。ここの人たちはもうすこし切り方をまともにできないんだろうか……。

 しかし、呼び出しって何だろう。

「面倒なことにならなければいいんだけどなあ」

 赤い通信機をベッドに投げ捨て、得物を丁寧にケースにしまいはじめることにした。






「夕闇、ただいま参りました」

 本日二回目となる赤の部屋に足を踏み入れる。煌々と輝く赤い結晶の前には二つの人影があった。

一つは全身を黒に包み、額に『大いなる母(アカシック・レコード)』を模したサークレットをつけた司令部の人間。

もう一人は――

「来たか。『大いなる母(アカシック・レコード)』より新たに選ばれた子だ。マザーネームを“蜻蛉(カゲロウ)”という」

 もごもごと布のせいでくぐもって聞こえる声を軽く聞き流しつつ、蜻蛉と呼ばれた人間を見た。

 キャスケットのせいで表情はよく見えないが、全体的なフォルムをみる限り、どうやら少女のようだ。肩が露出したデザインの黒い軍服の腰には同色のポーチ、両腿部分には刃渡り三十センチ強のナイフが見えた。

 少女が不意に動いたと思うと、そのキャスケットをおもむろに取った。

ふわりと流れた薄い緑の混じった白い髪。

呆けたように僕を見る大きめのトルマリン色の目。

「「……っ!!」」

 僕と蜻蛉の目が見開かれ、息を飲むのはほぼ同時だった。

はくはくと口を動かしているばかりで声が全く出ない僕を他所に、蜻蛉は我に返ると一つ息を吸った。

「この度、第二七六三二一小隊『ニーベルング』に配属となりました、蜻蛉と申します。よろしくお願い致します」

 彼女が頭を下げると、赤い部屋の中に青い光が生まれた。

発光源は、彼女の耳元でゆらゆらと揺れる深い青の石がついたピアス。

間違いない、彼女は……。

「とお……の?」

 最も会いたくない場所での再会は喜べるものでもなんでもなく、ただただ絶望するしかなかった。

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