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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冒涜する神は退屈を嫌う

作者: 藍園露草

 世界と世界の狭間である異次元。光源のない異空間に、ナルアは一人ふわふわと浮かんでいる。

 ナルアは金細工の見事な煙管を吹かし、彼らの茶番を眺めていた。


『おのれ、この身の程知らずめがぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!』

『俺たち勇者を侮ったことを後悔して死ね、偽の神!』

「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!」


 何たる茶番。つまらなすぎて、退屈過ぎて、欠伸が出そうだと思った。

 実際、煙管(キセル)を咥えた唇を大きく開き、「ふぁああああああ」と盛大に欠伸をした。次いで出るのは「つまんねぇー」という愚痴だ。

「やることも、展開も、最後のやられっぷりも、ぜーんぶ予想通り過ぎて面白みがないわ。せっかくこの世界を紹介してやったってのに……」

 先ほど勇者達に屠られた偽の神は、ナルアが連れて来た神モドキだ。

 齢を五百過ぎた程度の元人間である小娘は、気まぐれに貸してやった力で神と呼ばれる地位にまで上り詰め、その力を元から己が持っていたかのように思い込んだ。そして自惚れ、己が力量を過信した。

 結果が、これだ。

「まぁ良いや。アレが勝とうが負けようが僕の知ったことじゃないし」

 ナルアは偽神と違い、結果より過程を愉しむタイプだ。自ら手を下すのもあまり好みではなく、こうして駒をゲーム盤に置くように他者を使って弄ぶ。

「さて、ゲームも終わったとこだし他所に行こっ」

 虹色の光沢を放つ髪を靡かせ、別世界へ向かおうとする。

 その時だ、平穏を取り戻したその世界から鎖が伸びてきたのは。


 ◇◇◇


「これですべてが終わったのね……!」

 邪神を倒したあと、仲間である女魔道師が歓喜の声を上げる。

 剣士や僧侶、共に戦ってくれた王国の兵士たち。各々が勝利と世界の平和を得たことを喜び、笑った。

 だが勇者の手助けをしてくれた青年と、その仲間である二人の少女は首を振る。

「まだだ。あの女神は黒幕の傀儡にされただけ。諸悪の根源は、本当の敵は逃げようとしてる」

「なんだって?」

 これで一件落着ではないのか、と勇者は目を丸くし、剣を再び握った。勇者の仲間たちも表情を曇らせながら、傷を癒して素早く戦いに備え始める。

「それ、本当なのか?」

「あぁ……おそらく、奴は別の邪神を連れて来てこの世界を脅かす。奴がいる限り、本当の意味での平和はやってこない」

「そんな……なら、早くそいつをどうにかしないと」

「分かってる……やるぞ!」

 青年が連れである女剣士に指示を出すと、彼女は頷き懐から一本の杭を取り出した。剣士は杭を地面に刺すと、青年たちは互いに向き合い呪文を唱える。

 詠唱と共に杭は淡い光を帯び、唱え終えると眩く発光した。同時に光る鎖が伸び出て、とある空間へ突き刺さり、陽炎のように揺れながら歪む。

「よし、出て来い! 逃がさねぇぞ!!」

 青年が吠えながら鎖を引けばが、歪んだ空間から何かが飛び出た。

 いや、何かというより誰かと言うべきだろう。

「ちょっと何だよ~。もう用はないから他のトコ行くつもりだったのに」

 空間から現れたそいつは子供のように思えた。

 子供の姿は明らかに普通ではない。褐色のなめらかな肌と、砂漠地方の踊り子が切るような色鮮やかな衣装姿まではまだいい。だが膝裏まで伸びた髪が水晶のような透明感を保ちながら七色に輝くなど、本来ならありえない。

「思ったよりガキ臭いナリの神だな」

「初対面で失礼なこと言うねぇ。しっかし、こんな芸当をするってことは、君ら『神殺し』の一員だね?」

 左頬に紋章を刻む子供は、クスクスと笑いながら青年に言う。

 息を呑むほどに美しい子供だった。

 年恰好は十代前半くらいにしか見えないが、その美貌は既に完成している。瞼を縁取る長い睫毛も、スッと通った高い鼻筋も、卵形の顎の輪郭も、花弁のような唇さえ、寒気がするほど整いきっている。まるで名工の作り上げた美神の彫刻だ。

 それでいて、子供は気高き王族の気品さえ持ち合わせていた。くだけた口調でありながら、その一挙一動は優雅で厳かなものだ。城仕えの兵士たちが、思わず跪いてしまった程である。

 平伏する頭を一瞥した後、子供は青年らを見据える。

 大振りの青い瞳からは何の感情も窺えない。まるで夜の水面を覗きこんでいるような気分だ。こちらの姿を反射するばかりで、その奥底に潜めたモノを決して見せない。

 姿はあの邪悪な女神より華奢で、小さく、か弱げだというのに、恐ろしいと感じた。先ほど倒した敵など足元にも及ばない。そんな風に思えてくる。

 その恐ろしい存在は、混沌とした眼を細めて嗤う。

「神を畏れず牙を剥く、獰猛な猟犬。何度か遭遇したけど君らの顔に見覚えはないなぁ……年も二百を切ってないみたいだし、新参者かい」

「俺たちのことはどうでもいい。お前、名は何だ?」

「ナルア。ナルア・ヤークート・アスファル」

 名乗りを上げると、子供は神々しいまでの美貌を邪悪に歪める。

 罪知らぬ赤子を悪逆と情欲で穢すような、背徳的で退廃とした微笑だった。

「混沌の世を統べる、万物の王たる盲目にして白痴の神の代行者。暗愚の実体が生み出した末子、宇宙の原罪が送りし使者たる暗黒神。幻夢(げんむ)を渡り、(うつつ)に干渉し、数多世界(あまたせかい)を駆ける者の化身……とでも言っておくよ」

「長ったらしい台詞だな」

「僕はトリックスターだからね。演説は長く、中二臭い方が様になるのさ」

 ナルアというこの美貌の神は、複数の笑みを持ち合わせているらしい。名乗りを上げる際に浮かべた嘲笑は鳴りを潜め、今ははにかみ気味の苦笑を貼り付けている。

「さて。それじゃあ神殺したる異世界人、君は一体僕に何の用かな?」

「お前を野放しにしておくわけにはいかない。ここで殺す」

「え~? タイマン勝負は趣味じゃないなぁ。僕はギャンブルや頭脳ゲームが好きなんだ。遊ぶ世界を変えて、遊戯と行こうぜ?」

「お前は嫌でもこっちは無理矢理させてもらう。その鎖はお前をこの世界に縛り付けるための枷だ、逃げられると思うなよ」

「これ、この世界の力をそのまま活用してるよね、ぶっちゃけ悪手だよ? だから外してくんない? そんで穏便に行こうぜ」

 あまり乗り気ではないナルアを無視し、青年たちは各々の武器を構えた。

 勇者達は、突然の会話を理解し切れていなかった。しかし、神殺しと呼ばれた彼らの様子を見るに、この美し過ぎる神は野放しにしてはいけないほど邪悪な存在であるということが、何となく伝わっていた。

「皆、今度こそ最後の一踏ん張りだ……!」

 勇者は王国の秘法である聖なる剣を構え、仲間達に告げる。仲間たちもそれに頷き、特攻の準備にかかった。

「……マジでやらなきゃいけないのかよ」

 諸悪の根源たる黒幕は、手に持つ煙管を弄びながらため息をついた。











 何が起きたのか、誰も分からなかった。

 分かる前に、彼らは横たわっていた。

 全身が痛み、熱を伴っていた。呻き声は微かにする程度で、大半は事切れている。首が泣き分かれになった者、胴体から真ん中に引き裂けた者、全身から血を噴出した者、全身を焼かれ炭と化した者。その死に方は多彩だ。

 今この場で地に足を付いているのは、鎖に繋がれた神だけだった。

「あー……つまんねー」

 苦々しげに呟く子供は、無傷だった。そう、無傷だ。

 その陶器のように滑らかな肌には傷一つなく、色彩豊かな頭髪や衣には汚れなどない。ただ水面のように青く深い瞳を窄め、美貌をしかめて、口先で麻薬を燃やしていた。空中で悠々と足を組んでいるほど、余裕を見せている。

「もう終わったか、クソ早い。だからタイマンは嫌いなんだよ……――――愉しむ暇もなく、全員くたばるから。面白みも何もない」

「ぐっ……」

 神殺しと呼ばれた青年は、何とか生き永らえていた。

 だが無事とはお世辞にも言えない有様だった。先ほどの女神を倒した後でも余裕を残していた顔は蒼白で、苦渋に塗れている。全身は彼自身の血で汚れ、右腕を肩の根元から失っている。腹は抉れて内臓を覗かせ、地面を踏む足は焼け爛れ、左足は膝下までが炭化して脆く崩れ落ちた。

「そんじゃ、そろそろこの鎖を解いてもらおうか」

「ま、まだ……だ。まだ、勝負は」

「ついたっつーの。往生際悪いよ」

 青年の言葉を遮りながら、神はトン(・・)、と彼の側頭部を軽く叩いた。

 瞬間、彼の頭が爆ぜた。首は異様なまでに捻れ切れ、吹っ飛んだ頭部はピンクと灰色と赤いモノを撒き散らしながら散乱する。灰色がかった生気のない地面が、また鉄錆た鮮血で汚れた。

「……ちっ。殺しても解けないか、やっぱ」

 暗鬱とした顔で吐き捨て、虹色の髪を荒っぽく掻きあげる。

 勇者である彼は、黒幕である邪神に切りかかることが出来なかった。それどころか指一本動かすことも出来ない。もうじき己は死ぬだろう、と達観していた。

 心の中は、絶望でドス黒く染まりきっていた。

 そんな勇者の内心を知らぬまま、子供は呟く。

「しゃーない。壊すか、世界ごと(・・・・)

 言うや否や、ナルアは何もない空間を後ろ手で振るう。

 まるで悪戯をした子供の頭を小突くような、軽い手つきだった。この動作を攻撃と、暴力と呼ぶものはあまりいないだろう。

 だがその行いは理不尽な暴力でしかなかった。

 何かが歪む音がした。

 次いで地響きが耳を打つ。地面が揺れて空にヒビが入り、ひしゃげた。ガラスが割れる音を数倍にしたような騒音が鼓膜を侵す。

 そのけたましい音と歪み行く視界の中で、凜と響く声。

「可哀想に。折角救えた世界だってのに、今日で終わりだ」

「……? な、んだ……と?」

 思わず尋ねると、深淵の眼がこちらを向いた。

「おや生きてたか。でももうじき死ぬね、君も君らの世界も今日が命日だ」

 何かが壊れゆく音色が、どんどん大きくなっていく。

 空は見たことがないほどに赤く、青く、混沌色に染まっていた。まるで世界の終わりみたいな空だ、と勇者は思った。

「それで合ってるよ。……ったく、世界の力で鎖を作ったりしなけりゃ、こうはならなかっただろうに」

「えっ……?」

「今くたばった彼が使った術の欠点だ。この鎖は神格を拘束することが出来るけど、代わりに鎖と世界は一蓮托生(いちれんたくしょう)になる。世界が崩壊すれば鎖も壊れ、鎖が壊れれば世界も崩壊する。そういうこった」

「こわ、れる?」

「そだよ。とりあえず完全崩壊まで一日は掛かるね」

 粉々に砕け散った鎖の破片を払い落としながら、告げられる言葉は残酷な死刑宣告だった。

「そ、んな……」

「おやおや絶望した顔だねぇ。……いひひっ、頑張って世界の修復でもしてみるかい、勇者さん? なぁに、二十四時間も猶予があるんだ。死ぬほど頑張れば元の世界の三分の一くらいは壊れずに済むぜ?」

 神はニタニタと嗤った後、すっと表情を殺した。

「そんじゃ、そろそろ他所行くわ」

 漆黒の舌を躍らせながら、邪神は何気ない口調で呟く。平坦とした表情ゆえに、染み一つない肌の左頬を走る刺青が、やたらと目についた。

「新入りだからだろうけど、僕の名前を聞いて喧嘩を売るなんて馬鹿だなぁ。逃げようとすれば、まぁ見逃してやっても良かったってのに……雑魚の相手ばっかりし過ぎて天狗になったか」

「……お、前」

「お前は何者か、って?」

 勇者が言おうとした言葉を、邪神が先回りして述べる。

 地に這う者を見下し、ゴミと見なした禍々しい声で言葉を落とす。

「さっき答えただろ。僕は神とも呼ばれ、化け物とも呼ばれ、深淵とも呼ばれ、混沌とも呼ばれる。まぁ総じて人でなしってことだね。僕はさっき君らが殺した神とは別だよ。彼女は元人間だが、僕のルーツは完全に人外なんだ。年は……過去や未来を行ったり来たりしたし、あんまり数えてねぇなー。ま、惑星が何個か生まれる程度の年月は過ぎたか」

 どうでも良さそうな口振りで、美しい神は淡々と語る。

 砕け、壊れ続ける世界の中の子供の姿が、少しずつ見えなくなる。

「あぁつまんねー。別の遊びでも探すか」

 その言葉を最後に、邪神は姿を消した。

 大地が終焉へと堕ちていく。


 そうして、救ったはずの世界は終わりを告げた。


 ◇◇◇


 ナルアは退屈が嫌いだ。

 そして人殺しも嫌いだ。殺人は自らの手で行っても、ちっとも面白くない。他人に殺させるから面白いのだ。他が他を殺し、互いを殺し合うように仕向けていくのが楽しいのだ。どちらが勝とうがどうでもいい。

 ナルアは、他者を弄んで彼らが醜く争う過程がとても好きだった。世界を滅ぼそうとも、世界を支配しようとも思わない。ただ同族同士で醜く争い、無様に足掻き、虚無と絶望に呑まれて死に行く姿を見たいのだ。自らは観客兼シナリオライターとして、アドリブで動く役者たちの演技を眺めていたいのである。

「さーて、んじゃ次は何しよっかな」

 お気に入りの踊り子衣装の腰布を揺らしながら、ナルアは小説を読み漁る。娯楽小説の中にある、普通ではありえぬ荒唐無稽な話を実現させて、人間が慌てふためき秩序から混沌へ落ちていくのを愉しむためだ。それにかかる労力を、ナルアは惜しまない。

 良いネタはないか、とナルアは数冊の小説を速読していく。

「……異世界トリップ、転生、でチートか……」

 最近流行っているらしいワードを口ずさみ、ふむ、と頷く。

「ひひっ。これ良いね……輸入した外来種を地元にぶち込んだようなカオスっぷりになりそう。確実に荒れるだろうなぁ」

 それに、異世界に馴染めなかった者が絶望しながら死に行くのを見物するのも面白そうだ。ナルアは作り物めいた美貌を愉悦に浸らせ、本を閉じた。

 ぷかぷかと白煙を吐き出し、邪神は呟く。


「そんじゃ、役者と舞台を用意しないとね」


 邪神の遊戯は、終わらない。


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