第一章-新宿歌舞伎町へ
埼玉県の田舎町で生まれ育った僕は、都会に全く興味が無かった。
地元の学校に通い、地元の会社に就職した。
人口の少ないこの田舎町では、居酒屋に行っても、みんな顔見知りの同窓会状態となる。
そんな、新しい刺激の無い生活を平凡に送っていた。
僕は修学旅行以外で県外に出た事が無い。
ファッションにも興味は無く、テーマパーク、旅行などにも興味が無かった。
県外はもちろん、遠方に行く理由が無かったのだ。
しかし、こんな僕にも唯一の楽しみがあった。
社会人バスケットチーム、サッカーチームに入り、週に3、4回スポーツで汗を流した。
いつものように会社に出勤すると、幹部、社員が一同に集まり顔を青くしていた。
「おはよう新井君。提携先の企業から切られてしまって……ヤバいかもしれないよ」
この小さな田舎町にも不況の波が押し寄せてきていた。
それから2ヶ月も経たずに会社は閉鎖された。
僕は初めての失業を身を持って実感したのだった。
そんな時、テレビで『不況を知らない街-歌舞伎町-』という、キャッチーなタイトルでその様子が放送されていた。
金色の髪を逆立てた若者が、両サイドから女性に挟まれお酒を呑んでいた。
遠回りにお酒をせがみ、高級ボトルを入れさせている。
会計時の映像では、僕の給与5ヶ月分にあたる大金が”2時間”の為に支払われていた。
「ここは天国か!?」
僕の心のどこかで高まるものがあった。
女性にモテて、お酒を呑んで、大金を稼げる。
やらない理由が無かった。
僕は次の転職地を新宿舞伎町に絞り、求人サイトを漁った。
同時に、ホスト業界の特殊な給与体系、システムなども判明した。
給与は完全歩合制となっており、売り上げ額に比例して給与も増える。
これは”バック”と呼ばれ、バック率が高いほど自分により多く還元される。
また、最低保証制が設けられている店舗も多かった。
『5000〜10000円/一日』など、売り上げが無くても給与が保証される。
しかし、完全歩合制に比べるとバック率は低くなるようだ。
他にも、高額ボトル一択で稼ぐ店舗もあれば、キャバクラのように時間制を導入し、アルコールと時間で稼ぐ”メンキャバ”と呼ばれる店舗もあった。
酔い潰れたら減給、入店後は客引きのみ、指名客を横取りしたら罰金※この行為は爆弾と呼ばれている。など、ホスト業界の実態も見えてきた。
僕は、安定した生活を求め最低保証制の店舗を選んだ。
自分自身のアルコールの強さも心配し、時間制システムのあるメンキャバ。
一流、有名店などの求人もあったが、そこまで大きくないお店に入店を決めた。
「もしもし、クラブワンダーランドさんでしょうか?求人を見ましてお電話致しました。入店希望なのですが……」
「ありがとうございます。キャスト希望でよろしいですね?面接日はいつがよろしいですか?」
ホスト業界では、キャバクラ、ディズニーなどでも使用されている接客する側を”キャスト”と呼び、お客様を”ゲスト”と呼んでいる。
接客のプロ集団とあって電話の対応は神掛かっていた。
面接日もあっさり決まり、言われた通りメールで自分の写真を送信した。
翌日、クラブワンダーランドからメールが届いていた。
写真ありがとうございました。合格となりそうな為、お荷物等あれば面接日にお持ちください。当日から入寮も可能です。
僕はガッツポーズをした。次の就職もほぼ決まり、僕は上京前に残された田舎生活を楽しんだ。
上京を羨ましがる友人もたくさん居たな。
田舎町を出発の朝。僕はキャリーバッグを持ち、家を出た。
22歳にして初の電車一人旅となる。
埼玉県からとなると近いように感じるが、一度、交通の便が発展している街まで向かわなくてはいけなかった。
ついに、東京の町並みが見えてきた。嬉しい反面、寂しさもこみ上げてきていた。
有名な山手線を利用し、僕は新宿駅に降り立った。
「もしもし、今やっと新宿駅に着きました。お店の方へはどのように?」
「……それが見えたら右に。そしたら真っ直ぐ……。そこを渡ったら右に……」
電話で丁寧にナビをして頂き店舗が入っているビルの前に到着できた。
それにしても歌舞伎町は思いのほか広く、細い路地までも様々な店舗で埋め尽くされていた。
「どうも。新井さん?長旅お疲れ様です。こちらのビルの3階に店舗があるんですよ」
僕は後を付いて行き、店内へと入った。
「まだ従業員たちは来ていないのですが、ぼちぼち出勤してくると思います」
ホスト業界は、会社化している店舗は少ない。そのため社員とも呼べず、スタッフ、キャストは一同”従業員”と呼ばれていた。もちろん各種保険などの福利厚生は無くアルバイト同等だった。
店内はとても綺麗だった。奥には一人、僕と同じようにキャリーバッグを持っている男性が座っていた。
「おはようございます。自分も今日面接なんですよ!よろしくお願いします」
夜の業界は、時間帯関係なく挨拶は”おはようございます”から始まる。同期の存在も知り、話しかけられたお陰で一気に緊張感が引いた。
「おはようございまーす!」
続々と集まってくる従業員たち。
ヘアーセットは朝礼後に店舗で行われるため、テレビで見たようなホストオーラは感じられなかった。
しかし、イケメン揃いで中には芸能人や俳優のレベルを超えている人も居た。
緊張感がぶり返されてきた僕と、もう一人の面接者。
「じゃあ面接始めますね」
従業員たちが慌しく掃除、準備を始める中、奥のテーブルに座る僕らの面接が始まった。
「なぜ、ホストになろうと思ったのですか?」
「お酒も好きで、女性も好きなので、天職だと思いました!」
序盤からアクセル全快なもう一人の面接者。
「自分も同じです。過酷な業界だという事も承知のうえで、お力になれるよう努力していきたいと思っています」
乗っかってしまった僕。
もちろん過酷な業界というイメージは無かったが盛りに盛っていった。
「素直な人間は優秀な人材です。二人とも合格。身分証出して頂けますか?」
僕らは光の速さで合格を決めた。身分証を提出すると預かられてしまった。
話によると、リスト作成に使われるとの事で一ヶ月後に返還されるらしい。
しかし、これの本当の意味は、いきなり仕事を辞める事を阻止する為の策であった事が後でわかった。
合格して有頂天な僕らは、喜んで運転免許証を預けたのであった。
「こちらの書類に名前等を記入してください。書き終えましたら寮にご案内しますね」
書類記入を済ませ、寮へ案内してくれる幹部と共に歩き出した。
歌舞伎町中心地から歩いて15分ほどで寮に到着。
家賃が高そうなマンションを前に、僕は胸が高まった。もう一人の合格者もきっと同じ気持ちだったと思う。
エレベーターで階層を上がっていく。
「こちらの階のこちらのお部屋です。今日は上京でお疲れだと思うのでゆっくり休んでください。明日は17時に出勤してください」
僕らは同じ部屋だった。相部屋だという事は知らなかったので僕はびっくり、がっかりしながらも部屋に入った。
「おー!ここ広いじゃん!」
玄関から見えた部屋の中は、一見リッチな生活風景が思い浮かぶほど広く、がっかり感は消滅した。
「ねー。これ二人だけじゃなさそうなんだけど……」
奥からもう一人の合格者の声が聞こえた。そこには布団セットが4つ置いてあったのだ。
動揺しながらも僕は覚悟を決めた。
「名前は何て言うの?ちなみに僕は佑士」
「俺は拓真だよ」
コミュニケーションを深めようと話し掛けまくった。同期でもあり、上京後初の友達でもある拓真19歳。
「拓真よろしく。とりあえず生活雑貨とか必要だから買い物でも行かない?」
「あっ。確かに!行こう行こう」
”ホスト”としての生活が始まる。