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地下への入り口を潜ってしばらくすると、明かりはアデライードたちが待つ照明用の遺産のみとなる。
携帯用の照明なので照らせる範囲は狭い。その明かりでぼんやりと見える穴の中はそれなりに発掘が進んでいる。
靴底でざりざり、と砂が鳴る。今彼女たちが歩いている道は、昔は通路だったのだろう。左右の壁は材質のわからない、つるりとした滑らかさだ。ほとんど砂に覆われているが足元も同じ素材だ。
「この遺跡では、どんな遺産が採れるんですか?」
興味深そうに周囲を見回しながら歩いていたカーツが尋ねてきた。
「ここは良質な照明の産地なのよ。あるだけ持ち出しても、しばらくするとまたいつの間にか同じだけの遺産が現れているの。だから、発掘屋内ではよく知られた遺跡だけど、定期的に採りに来ているわ」
遺跡によって、一度遺産を持ち出してしまったらそれでおしまいの場所と、何度でも遺産が現れる場所がある。後者の遺跡には新たな発見は少ないが安定した収穫がある。発掘屋たちは、そういう遺跡をいくつか回って資金を蓄え、未知の遺跡に挑むことが多い。
「なるほど、工場型か」
「コウジョウガタ?」
「遺産がなくならず、同じ遺産が繰り返し出現する遺産のことを、技師の一部ではそう呼ぶんです。こういう遺跡は、先人たちの時代に工場だったところで、今でも生産設備の一部が動いている。あ、工場というのは、大きな装置があって、同じ品物を大量に作り出せる場所です」
カーツの説明は丁寧だったが、アデライードにはいまひとつ具体的に想像できなかった。
「うーん、よくわからないけれど、先人たちが偉大だったということは改めて感じたわ。砂に埋もれた遺跡になってもまだ当時の機能が失われていないということよね」
「そうです。その技術力の高さは、ほんとに称賛ものです。こういう話はウェンリーから聞いたりしない?」
列の一番前を歩く先輩技師の背中をちらりと見て、カーツは声を潜めた。
「ええ。ウェンリーはあまり遺産についての説明はしてくれないわ。言ってもどうせわからないだろうから、って」
折りに触れて遺産や遺跡について尋ねるたびに、面倒そうにあしらわれているアデライードは、声に不満の色が混じるのを抑えられない。
「説明しないんじゃなくて、説明できないだけなんだろうけどな……」
「え?」
「いや、こっちのことです」
カーツがぼそり、と漏らした呟きはアデライードの耳には届かなかった。
一行はそのまま足を進める。いくつかの勾配を越え、小半刻ほど歩いたところで、前方がほんのり明るくなってきた。
やがてぽっかりと開けた場所に出た。
天井は背丈の数倍高く、広さは飛船の船倉ほど。壁や床の材質は今までと変わらないが、床には濃い色の直線が何本も走って模様や記号らしきものを描いている。
アデライードたちが通ってきた道以外にもいくつか同じような穴があるが、その先は闇になっていて窺えない。
そんなことがすぐに見てとれたのは、その空間を強力な光が満たしていたからだ。
「うわ、眩しいな」
初めての光景に、カーツが額に手を翳して目を細めた。
その場の半分ほどを占めて、ひと抱えはある四角い遺産が積み上がっている。そのどれもが白い光を放ち、陽光よりも明るくなっていた。
「いい照明でしょ」
アデライードはにこり、と笑う。
この光を発する遺産は、普通の石のように削ることが可能だ。小さくなっても明度は変わらないので、適当な大きさに加工されて、人々の照明器具となる。
「さぁ、それじゃあ、さっそく持ち出すとしましょう。いつものように組になって、効率良くね!」
「アイ!」
男たちは声を揃えて応えると、三人ずつに分かれて広がった。
一人が遺産の山からひとつずつ取り出して持ちやすいように縄を掛け、いくつか溜まったところで残り二人がそれを持って運び出す。
運び出された遺産は、飛船で待っている船員たちが遺産保存用の箱に収納していく、という手筈だ。
アデライードもカーツとウェンリーと組になって、ウェンリーが取り出した遺産を手に何度か往復する。
「丁寧に扱え。間違っても暴走させんなよ」
相変わらず不機嫌なまま、ウェンリーがカーツに横柄な指示を飛ばす。
構造も原理もよくわかっていない遺産は、扱いを間違えると大きな被害を出すこともある。特に数が集まると何が起こるかよけいにわからない。そのため船に乗せるときは専用の保存箱に入れておく。
夕方になる頃には、その場にあったほとんどの遺産を運び出すことができていた。
「お疲れさま。これで最後ね。……カーツ? どうかした?」
帰り支度をしたアデライードたちが見たのは、すっかりあらわになった床を、難しい顔をして歩き回るカーツの姿だった。
「……これがこっちから伸びてきてる。で、こっちの線がこうで……vierとsechsがあって」
「カーツ、先人の文字が読めるの!?」
「ほんの少しだけです」
「でたらめ言うんじゃねぇ! 先人の文字を読めるヤツがいるか!」
「シュヴァルツ帝国は西大陸有数の遺跡保有国だから、先人の研究も進んでる。解明されてることも多いんですよ」
カーツは床の模様を解読するのに集中していて、ウェンリーの怒声にも顔を上げなかった。
そんなカーツの答えに、アデライードはいったん封をした疑念が再び頭をもたげてくるのを感じた。
カーツの言うことはもっともらしい。しかしアデライードが発掘屋の仲間内で知っている技師の中で、先人の文字が読めるという話を聞いたことはない。
シュヴァルツ帝国で先人の文字が解明されているのは嘘ではないかもしれないが、その知識が末端の技師にまで行き渡っているものなのだろうか。
ついカーツをじっと見つめてしまうアデライードの前で、当の本人は模様に沿って歩いたり、跪いて何か確かめたりしている。
やがて軽く頷くと、アデライードの前に戻ってきた。
「ここにあった照明遺産は、この工場の中間生成物みたいですね。この左壁の向こうで原材料からここまでにして、後は右壁の向こうに送って、使いやすい形状に加工していたようだ。この部屋は中間貯蔵庫ってところです」
床の直線模様に沿って腕を動かしながら解説するカーツに、アデライードと他の男たちは、ふうん、と頷く。
だが、ウェンリーだけは受け入れられないようだった。
「はん! 馬鹿馬鹿しい! お前の言うとおりなら、この壁の隣にはもっと価値の高い先人の照明遺産が眠ってるってことになる。そんなお宝を、発掘屋たちが今まで見逃してきたなんてことがあるか!?」
そう吐き捨てながら大股で右壁に歩み寄ると、拳で壁を軽く叩く。
対するカーツの説明は冷静だった。
「その壁の隣か、もっと離れた場所にまで運ばれてるのかは、工場の見取り図を見ていないからわからない。それと、今まで見付かってないのも特別なことじゃない。後行程の設備がもう動かなくなっているか、あるいはこの部屋から加工途中の照明遺産を持ち出してしまったから、完成品を作れなかったのか」
「それは何も見付からなかったときのための言い訳か? 新入りが適当なこと言いやがって!」
ウェンリーは歯を剥き出してそう怒鳴り、今度は力一杯に壁を蹴りつけた。
そのとき、壁の奥でがちり、と何かが鳴った。
その音の正体を確かめるよりも早く、それは起こった。
「!?」
ウェンリーの蹴った壁の下半分全体が、ぱっくりと向こう側に倒れる。
片足を壁に預ける形になっていたウェンリーの身体が、ぐらりと傾いだ。
「ウェンリー!」
アデライードたちが近付こうとしたが遅かった。彼女たちの手がウェンリーに届くよりも早く、驚愕の表情を浮かべた技師が、壁があった先の闇に吸い込まれる。
彼の一番近くにいたカーツが伸ばした手も空を切った。
「ウェンリーっ!」
床の端に辿り着いたアデライードが見たのは、大きく開いた真っ暗な穴だった。
先ほどまで壁だった部分が床の切れ目から下に倒れこんでいる以外は何も見えない。穴がどこまで続いているのかもわからない。
ただ、ウェンリーを呼ぶ声が微かに反響して暗闇に吸い込まれていくだけだった。