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 先人の遺産が多く入手できる場所を、人々は『遺跡』と呼ぶ。

 遺跡によって発掘される遺産の種類には傾向があり、動力炉になるような大型の遺産が集中する遺跡もあれば、照明などの日用品が中心の遺跡もあった。

 人々が暮らす街や村に近くて小物が多い遺跡であれば、近隣の者が日々の生活の合間に拾ってくることがほとんどだ。

 しかし、人里離れた場所にある大物中心の遺跡となると、個人の力で入手するのは不可能である。

 そこで、大きな荷物を運搬できて長距離移動にも適した飛船に乗って、複数人で遺産を収集しに行き、獲得物を売って収入とする者たちが現れるようになった。それが、『発掘屋』と言われる集団だ。

 発掘屋たちは、険しい山や谷の先にある忘れられた先人の街に、装備を積んで装甲を厚くした飛船で乗り付ける。そして半ば砂や土に覆われた構造物の中に潜って、何かの遺産を掘り出してくる。

 そもそもどこに遺跡があるかも定かではないし、遺跡に辿り着いても長年廃墟だった場所は足元さえ安定していない。そしてどれだけの遺産が眠っているかもわからないし、発見した遺産の構造が解明できて役に立つかどうかもわからない。

 危険な場所で博打のような探し物をするわけだから、発掘に携わる者たちは気が荒いことが多く、発掘屋同士の争いも絶えない。

 それでも発掘屋という職業が憧れをもって見られるのは、ひとつには有用な遺産を掘り出したときに多大な収入を期待できるということがある。

 そしてそれ以上に人々が惹き付けられるのは、忘れられた宝物を探し出す浪漫と、飛船で颯爽と大空を駆ける姿なのだろう。

 発掘屋は、人々の夢が託された集団でもあるのだった。




 停泊中だというのに、甲板の上は風が強かった。

 ハンブルク遺跡は風が強い。

 黒天鵞絨のマントを肩で止めて、アデライードは振り返った。

「じゃあ、行ってくるね、サイファ」

「ああ。気を付けて」

 彼女にマントを着せ掛けたサイファが、一歩下がって頷いた。

「いってらっしゃい、アデル船長!」

 見送りに立っていた甲板上の男たちに軽く手を振って、アデライードは舷側を身軽に乗り越える。垂らされていた縄梯子を伝って、すぐに地面に降りた。

「お待たせ」

 地上には、発掘の装備を済ませた男たちが十人ほどでアデライードを待っていた。

 発掘時はたいてい船員の半分が遺跡に向かい、残り半分は船に残って備えている。今回遺跡に行く顔ぶれには、カーツも入っていた。

 そのカーツが飛船から降りてきたアデライードをじっと見つめていた。

「カーツ? 初めての発掘で緊張してる?」

「……その黒天鵞絨のマント……」

「これがどうかした?」

「あ、いや、その……男物だよね、それ。船長にはちょっと大きいんじゃないかと」

 アデライードはマントの裾を引っ張って、カーツを見上げた。

「確かにそうね。でも、いいの。これは大切なマントだから」

「……余計なことを言ったかな」

「ううん。気にしないで。それより、これから先は気を逸らさないでね。遺跡の中では、ちょっとしたことが事故につながるから」

「アイ、船長」

 素直に頷いたカーツを連れて、アデライードは歩きだした。

 遺跡の砂埃を巻き上げて乾いた風が吹き抜ける。その風に彼女はマントの前を握りしめた。

 カーツに指摘されたとおり、このマントが自分には大きすぎるものだということはわかっている。それは単に身幅だけではなくて、この黒天鵞絨が背負っている名声や責任についても同様だ。

 だが、どんなにマントが重くてもアデライードはこれを手放すつもりも誰かに譲るつもりもない。

 すべて自分自身で受け止める覚悟で、この天鵞絨を纏っている。

「航海長は一緒じゃないんですね」

 少し歩いたところで、カーツがちらりと背後を振り返った。

「そうね。船を見なきゃいけないから、たいていサイファは留守番。他にもメレディス先生やリュークも残ってるわ。それ以外の船員は遺跡によって交代。常に遺跡に潜るのは、ウェンリーとわたしかな」

 カーツが直した動力炉のおかげで、経由地の港にも目的のハンブルク遺跡にも予定よりも早く辿り着いた。

 整備された港と違い、遺跡には船を係留できる桟橋などない。わずかに開けた土地を見付けて直接着陸させる。

 船を支えるのは、船腹から突き出す支持棒と船底。だから発掘屋の飛船は竜骨を守るために船底が厚く補強されているのだ。

 飛船を泊めたところから遺跡までは、歩いてすぐだった。

 乾いた岩と土が広がるところどころに建物とおぼしい塊が突き出ている。吹き過ぎる風の音とアデライードたちの足音以外は他に聞こえるものもない静かな場所だ。

 建物の残骸のひとつに近付くと、そこから地下に向かう穴が口を開けているのがわかる。アデライードはその穴の手前で足を止めると、全員の装備を再確認した。

「カーツ。あなた、遺跡に入ったことはある?」

「養成所時代に何度かは」

 そう答えたカーツが、肩や腰に着けた縄や道具を確認する姿は、確かに初心者の様子ではない。

「それならわかってると思うけど、遺跡の中は脆い箇所も多いから、絶対に一人で歩き回ることはしないでね。この遺跡はそれなりに人が入っているから構造はだいぶわかっているけど、それでも何があるかわからないから」

「アイ」

 そんなアデライードとカーツの様子を見て、ウェンリーが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「なんだって新入りをこんなところまで引っ張ってくるんです。足手まといだ」

 概ね船員たちに好意的に迎え入れられているカーツだが、動力炉の件があって、ウェンリーだけはカーツに対する反感をあらわにしている。

 専属技師のウェンリーにツムジを曲げられるのはあまり嬉しくないのだが、アデライードとしてはカーツの技師としての能力をもっと見てみたい気持ちもある。それに単に船員のひとりとして考えても、遺跡に潜る経験も積んでもらわないと困る。

「船員だったらいつかは遺跡に入らなきゃいけないんだから、早い方がいいでしょ。問題が起きないようにわたしが見てるから」

「知らないことばかりなので、いろいろ教えてください、ウェンリー技師」

「……ふん。勝手なことすんじゃないぞ」

 殊勝に頭を下げたカーツに、ウェンリーは顎を上げて言い捨てると、穴に向かって歩きだした。

 その背後で、アデライードはカーツに苦笑を向ける。気にしてない、というようにカーツが首を振るのを見て、アデライードたちもウェンリーの後に続いた。


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