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水の張られてない堀に、何隻もの帆船が舳先を並べていた。その間に突き出した桟橋の上を、人と荷が忙しなく行き来している。
飛船専用のドルトムント港は、シュヴァルツ帝国内でも有数の規模だ。
この港で取引されるのは、香辛料や織物に始まり、鉱物や貴金属、そして発掘された大小の遺産まで、値の張るものばかり。その分、港のアガリも多く港町は潤っている。
そのドルトムント港の桟橋のひとつで、『黒の天鵞絨』号の航海長サイファは積み込まれる荷に厳しい目を向けていた。
海の港と違ってここの桟橋は二層構造になっている。上層は甲板へ繋がり主に人の行き来に使われ、下層は船倉に直接繋がって効率的に荷を積み込めるようになっていた。
彼がいるのは上層と下層の桟橋が分かれる袂のところ。船に乗せるものは人も物も問わず責任を負うのが航海長の仕事のひとつだ。
「保存箱は慎重に運べ! 発掘品が暴走して船が落ちるのは御免だ! 食料はちゃんと中身を確認したか? 傷んだものを掴まされてないだろうな!?」
端正な褐色の顔に埋まった冷ややかな黒瞳は、それだけで船員たちを機敏に働かせるのに十分な威力を発している。
「航海長! アデル船長そっちにいる?」
甲板から桟橋に渡された細い板を、一人の少年が恐れる様子なく駆け降りてきた。
まだ頬にソバカスが残る彼が首元に結んでいるのは、見習い船員の目印の茶色いスカーフだ。何年か経験を積まないと、正規の船員の証である空色のスカーフは支給されない。
「リューク。『船長はそちらにいますか?』だろう。まったく……まだ港湾事務所から戻ってきてないんじゃないか」
「そっか。メレディス先生が相談があるって言ってたんだけど」
サイファの小言に軽く首を竦めたものの、少年はたいして気にした様子もなく言葉を続けた。
「急ぎの用か?」
「そんな感じではなかったけど。オレ、どうしたいか、先生にもう一回聞いてくるよ!」
「おい、ちょっと待て!」
くるりと振り返って、今降りてきたばかりの渡し板に戻りかけたリュークを、サイファが呼び止める。
「お前、せっかく来たんだから、何か一つくらい荷を持って戻れ」
「あ、そうか。じゃあ、下を回って戻りまーす!」
調子良く返事をして、リュークは桟橋の端まで行くと、身軽に下層に飛び降りた。
桟橋の袂近辺は、まだ二層の高さはそんなに離れていない。普段だったら特に問題もなく飛び降りられるはずだった。
ところが。
「……うわっ……!!」
「っえ!? な……っ!?」
焦った声のすぐ後に聞こえたのは、がっ、と何かが何かにぶつかる音。
続いて、どさっ、どさどさどさっ、と重い物がいくつもなだれ落ちるような音。
「何だぁっ!?」
「おい、大丈夫かーっ?」
「誰か、下敷きになってないかーっ!?」
「……うわーっ! ごめんなさいーっ!!」
そして少しだけ間を置いて、人々が慌てて集まってくる声と、狼狽したリュークの声。
「……」
サイファの位置からは、下層の桟橋の様子は見えない。
だが、耳に入ってくる音だけで、落ち着きのない見習い船員の行動が何を引き起こしたのか想像がついた。
深々と息を吐き出すと、彼も下層に向かって歩き出した。