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祓い屋の定義

 思えば、あなたの事を強く想うように成ったのは、何時からだろうか。

 セミの声が五月蝿い季節だったのか、情緒(じょうちょ)漂う月夜の季節だったのか。

 目を(つぶ)れば、色々な二人がわたしの頭の中を駆けていく。

 恋人達が共に過ごす様な記念日や、わたし達にとっての特別な日。

 一、二個の思い当たる場面は思い描けるけれど、どれもこれも、これと言って的確なものは存在しない。

 時が経つにつれてしだいに、わたしはあなたを眺めている事が多くなっていた。

 見ているだけで、幸せだった。

 しかし、それだけで無いはずだ。

 そこで、ある風景を思い描き、わたしは納得した。

 あぁ、そうか、……………それは、

 それは、桜の花びらが舞い散る季節だった。

 彼の後ろに見えた、不細工な月明かりに照らされた、あり得ないオレンジ色したライラック。

 一目ぼれに近い感覚。

 わたしはもたれ掛かっていた樹に、後ろ頭をぶつけて、口元を緩めていた。

 今まで思い出とは、苦しくて、思い出したくないものばかりだった。なのに、今は思い出だけでこんなにも幸せになれる。

 知らなかった。

 思い出とはこんなにも、温かいものだったんだ。


 

三  祓い屋の定義



 左手を差し出した先では、悪霊が淡い光に包まれていく。

「――――魔法使い」

 砂那(さな)は目を見開いて(そう)を見続けた。

 淡い光は悪霊を包み込んだまま、小さく(しぼ)み消えた。

 蒼は前を向いたまま呟く。

「そうだ、俺は魔法使いだ」

 別に隠している事ではないので、蒼は素直に口にする。

 しかし、隠していないとは言え、普段は自分からは出来るだけ口にはしないようにしていた。

 祓い屋や拝み屋やと言うだけで、霊感の無いものには十分に怪しい職業である。さらにその上、実は魔法使いで有ると言えば、嘘臭さの方が先に付くので信用されにくい。

 砂那は驚いた様に目を見開いた。その様子からして、彼女も魔法使いを見るのは初めてで、戸惑っている様子である。

「魔法使い………………あなたは、祓い屋(はらいや)ではなかったの?」

 砂那は独り言のように、小さく口にする。

「祓い屋さ。………祓い方が、囲いでするか、結びでするか、魔法でするかの、ただそれだけの差だ。………だから、俺は祓い屋だ」

 砂那は口を開けたままの、少し間抜けな顔で蒼を見続けた。

 蒼はその様子に仕方がないといったように、さらに言葉を続けた。

「確かに俺は、囲い師や結び師の才能が全くなく、祓い屋に成れなかった落ちこぼれだ。………けど、魔法使いとしてなら、悪霊を(はら)うことが出来る。でも、それは祓い屋ではないと言われれば、否定のしょうがない」

 蒼は前を向いたまま、もう一度、詠唱(えいしょう)と呼ばれる呪文を唱える。再び、悪霊が淡い光に包まれていき、小さく(しぼ)み消えた。

 その様子に砂那も前を向いて、式守神(しきしゅがみ)を悪霊に向ける。

 砂那には微かではあったが蒼の心境が解った。それは、彼女も同じような思いをしたから。

 他の者が出来ることを自分が出来なく、ただ、唇を噛みしめて見ていることしかできなかった、あの時………。

 彼にも色々とあったのだろう。そして、自分の目指している祓い屋になれる方法を、彼はやっと見つけた。それを他人の祓い方とは違うだけで、とやかく言うのは間違っている。

「わたしには、魔法使いが何なのかは解らない。………だけど、今日はずっと蒼を見ていたけど、あなたはちゃんとした祓い屋よ。それ以外に有りえないわ」

 砂那は前を向いて、力強く答える。蒼はその台詞が嬉しくて微笑んだ。

 その後すぐに、砂那の式守神(しきしゅがみ)が悪霊を祓う。

「ありがとう。……だけど砂那、まだ悪霊が居るぞ、お(しゃべ)りばっかりで気を抜くな」

 照れ隠しなのか、蒼はすぐに話題をけ変えてきた。しかし、少しだけ彼の内情を垣間(かいま)見た砂那も同じ思いなのか、それに乗っかる。

「解っているわよ! 蒼こそ油断しないで」

 お互いに激を飛ばしながら、顔を見合って口元を緩める。

 そこからは早かった。

 お互いに背中合わせで、またたく間に砂那は式守神で、蒼は魔法で悪霊を浄霊していく。すぐに悪霊たちの浄霊を終わらせ、二人は次の場所に急いだ。

 しかし、次を調べて真相に迫りたかった蒼の考えとは裏腹に、そこは無駄足に終わった。

 場所は川沿いの民家で、そこにも憑かれた者も居なく、弱い悪霊が漂っているだけで、さらに龍脈も通っていなかったのだ。

 仕方なく二人して簡単に祓い、その後も数ヶ所回ったが、龍脈に繋がるような答えもなく、砂那が依頼を受けたような強い悪霊も見当たらなかった。

「これは、仕切り直しだな…………」

 蒼は短く結論付けた。



 黒塗りのベンツが、細い伊勢街道の田舎の町の中にある旧道を、我が物顔で猛スピードで駆け抜けていく。対向する車がやっと行き交わせるような細道である。

 観光に訪れているカメラを掲げた男性は、道の端によって迷惑そうにその車を見送った。

 そのベンツは一軒の饅頭屋の前で停まる。

 その饅頭屋は看板が掛かっているものの、店舗内はカーテンに覆われていて、現在は廃業している様子な店舗だ。

「何度来ても、しけた町だな」

 安部 智弘(あべ ともひろ)は車の後部席から降りた途端に、高圧的な口調でそう述べた。

 四十代半ばに差し掛かる年齢で、真っ黒い瞳の見えないサングラスに金ぴかの腕時計、派手なビンテージのアロハシャツに、高級ブランド物の白色のスラックスを穿き、足元はピカピカに磨かれた黒い革靴で固めている。

 一つ一つは高価な物ばかりだが、組み合わせの悪さから、それらをものの見事に台無しにしている格好で、右手には有名なガリガリするアイスが握られていた。

 黒塗りベンツの運転席には、高級ブランド物で固めた、スーツ姿の二十代の若い運転手。

 一見して、筋者の様ないでたちの安部は、我が物顔で挨拶もなしに、戸をあけてその家に入っていく。

 周りから見れば、借金の取り立てでも来たのかと思うだろう。

 店の中は空のショウケースが並び、そのガラスはしばらく掃除していないのか、薄っすらと(ほこり)(くも)っていた。やはり現在は営業していない様子だ。

「おい、篠田! 居てるか!」

 大声で叫びながら奥に進んでいく姿は、常識の欠片すらない、見ている者を不愉快にさせる態度だった。

 その声で、店の奥から現れたのは年老いた老人だ。安部は当てが外れたように顔をしかめた。

「なんだよ、上高井(かみたかい)の爺さんだけかよ。あいつらはどうした?」

 老人は(おび)えたような態度で安部を見たが、それでも声を上げた。

「………八坂神社から、まだ帰っとらん」

「まだなのかよ、あれから二週間だぞ! ………篠田のやろーサボってんじゃないだろうな。大丈夫なのか?」

 安部の言う大丈夫とは、誰かの安否を心配したものではなく、仕事の成功を心配した(たぐい)のものだった。

「わしに言われても解らんよ。それより、(みどり)の事なんじゃが、成功したら………本当に………」

「解ってるよ! 何度もウルセーな。ちゃんと、俺から総本山に推薦しておいてやるって言ってんだろ!」

 その言葉に上高井の老人は、心底安心した表情を見せた。しかしそれと逆に、安部はイラついたようにアイスをかじると、アイスのせいか、上手く行っていない内容のせいか顔をしかめた。

「やることが終わったといえ、九字切りの外人は勝手に帰りやがるし、こっちは篠田だけか」

 独り言のようにそう呟いた安部は、そのままベンツまで戻り、運転席の窓を叩く。運転手の辰巳 亮太(たつみ りょうた)は慌てて窓を開けた。阿部は窓越しに問いかける。

「おい、亮太! 布施 桂(ふせ けい)はどうなってる?」

 車を降りてから、すぐに戻ってきての突然の問いかけに、辰巳は焦ったように目を泳がせていたが、二秒ほどのタイムラグで理解したのか早口で答えた。

「えっと、……桂は、たしか、水希(みずき)に着いて行っているはずです」

「かーっ、あいつは、女のケツばっかりかよ! 役に立たねーな」

 安部は、指先まで垂れてきた、溶けかけのアイスを地面に投げ捨て、何かを値踏みするようにジッと辰巳(たつみ)を見ていた。

「よし! だったら、お前は残れ」

「えっ、俺、残るんですか?」

 今思いついたような突然の命令に、驚きと、嫌だという雰囲気を入り混じらせて聞き返す辰巳に、安部は簡単に頷いた。

「あぁ、篠田はいまいち信用出来ない。あいつ一人にさすのは危険だ」

「けど、……………解りました」

 反抗できないのか、渋々といった様子で辰巳は頷き、車から降りる。

 心の中では、信用も何も、お互いの利益だけの集まりなのにと、愚痴(ぐち)をこぼしながら。

「とにかく、もうそろそろ女は限界だろう。あいつらに動きがあったら、何時でもいいから連絡しろ。………どの道あの女には無理だ。もう一度、人選を見直さなくてな」

 それだけを伝えると、安部は自らベンツの運転席に乗り込みエンジンをかける。

「解り、ました」

 最初から相手の返答を考えていないのか、辰巳の返事を半ばにして、ベンツは走り出す。辰巳はしばらくそのテールを見送っていたが、それが見えなくなると重い溜め息をはいた。

 囲い師として能力の低い、彼がこちらに残ったところで出来る事は無いだろう。それに、篠田 俊(しのだ しゅん)は周りからの評判は良くないが、若いくせに自分より腕が立つ。適当に報告だけすれば、ほっておいても問題はないだろう。

 彼は店の中にいる老人を一目した。

 上高井の老人は背が低く、安部がいた時とは打って変わって、不満を抱かえているような、ムスッとした顔をしている。こちらがいつもの顔で、小さなことに対して、文句を言いながら過ごしている様な人物だ。

 辰巳は、高圧的な態度な安部といい、不満を周りに吐き散らす上高井の老人といい、どちらも好きにはなれなかった。

 彼は、上高井の老人に聞こえない程度の小声で、軽蔑したように吐き捨てる。

「こんな思いまでして、肩書きにしがみついて、それで満足かよ!」

 それから、ズボンの後ろポッケトから財布を取り出すと、中身を見て顔をしかめた。

 最初から、ここに残る予定はなかったので、手持ちの現金が危うい。コンビニでも探してATMで現金を降ろさなくてはホテルに泊まる事もままならない。

「まずはコンビニか銀行を探してから、宿を探すか」

 彼は上高井の老人の世話になる事だけは避けたかった。

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