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間章《蒼の部屋》

間章  《蒼の部屋》



「相変わらず狭いな」

 ベネディクトは部屋に入るなり、そう呟いた。

 それから、申し訳ない程度の玄関で靴を脱ぐと、我が物顔で容赦無(ようしゃな)く部屋に入っていく。

「えっ? 相変わらずって、ベネディクトさん、お兄ちゃんの部屋に来たことあるんですか?」

 驚きの声を上げたのは、興奮状態で少し(ほほ)を赤らめている未国 静香(みくに しずか)だ。

 彼女は青いリボンの付いたミュールを脱ぐ体勢(たいせい)のまま、少し外跳ね気味の、癖っ毛のセミロングを()らして顔をあげると、ベネディクトを見つめたまま固まった。

「あぁ、自転車の受け渡しの時とか、何度かな」

 ベネディクトは当然のように答えて、興味深そうに本棚を(のぞ)き込む。

 以前来たときも思っていたが、一人暮しでこの大きさの本棚があるとは珍しい。

 その本棚は、幾つかの集めている漫画の単行本の他に、お(はら)いや心霊関係の本が、作者別にされ、大きいもの順に並べられている。

「おぉ、大方(おおかた) 狃三郎(じゅうざぶろう)の結び師の信念まで(そろ)えてやがる。どれだけ熱心なんだ」

 ベネディクトは本を手にとると、ペラペラと流し読みして本棚に戻した。それから唇を(とが)らせている静香を見て、ため息混じりに答える。

用事(ようごと)が有った時だけだ、他意(たい)はない」

「解っています! 別に何とも思っていません」

 静香は言い返すと、「私ですら初めてなのに……………」などをブツブツと文句を言いながら部屋を見渡した。

 キッチンとユニットバスが付いている、六畳一間のワンルームは、多少乱れているものの、整理が行き届き、蒼の几帳面さが(にじ)み出していた。

 ここで株を上げておきたかった静香は、自分の部屋よりも片付いている部屋を見て素直に敗けを認めた。

 それから、(みょう)に柔らかい偽物のフローリングの床を裸足で歩き、そんな中にでも、洗濯かごに入れられたままの服や、読まれた後に出しっぱなしの雑誌など、蒼の生活している姿が思い(うかが)えるところを見られると、自然と口元がゆるんでくる。

「へぇー、お兄ちゃんって料理本なんて読むんだ」

 現在流行(はや)っているとされる、男前な俳優の作る料理レシピ本が目に止まり、静香はこの本を片手に料理をしている蒼の姿を思い浮かべ、何と無くだが似合っていると独り頷く。

「あぁ、あいつの作るパスタは中々だぞ」

「ベネディクトさん、……少し黙っていてもらえます」

 自分の独り言に、勝手に加わるベネディクトに対して、静香は結構本気の殺意を向けて睨み付けた。

 ベネディクトは彼女に見えないように顔を背けると、いたずらっ子の様に口元をゆるめる。その様子からして、どうやら解っていてやっているらしい。

 そこで、本棚の片隅に数冊の雑誌を見つけ、手を伸ばし無造作にページをめくる。

「ほぅ、この手の雑誌はベッドの下が定番と思っていたが、こんなのまで本棚とは、あいつも律儀(りちぎ)だな」

「何ですか?」

 ベネディクトの驚きの声に、静香も横から覗き込む。

「肌色満載だな」

 ベネディクトは率直な意見を述べた。

「ちょ、なっ、何を見ているんですか!」

 静香は慌てて顔を逸らす。

「目に止まったんだ、仕方ないだろ」

「仕方なく在りません。見なければ良いのです。お兄ちゃんの、プッ、プライベートを(あか)るみにしないで下さい! ほら、早くなおしてください」

 静香はベネディクトの手を押さえつける。

「解ったよ。たしかに同性者を見ても余り面白くもない、早く用件を済ますか」

 ベネディクトは本を閉じると、元あった場所に戻す。その時、ベネディクトの手元の奥の物が目に入り、気になったのか静香は離れていくベネディクトをチラっと盗み見してから、コッソリとそれを手にとった。

 ベネディクトはベッドの下の引き出しを開けて、蒼の衣服を(あさ)り出す。目的の物はすぐに見つかったのか、余り荒らされることなく済んだようだ。

「おっ、あった、あった。なんだ、あいつ、なんだかんだ言って結構使っているじゃないか」

 ベネディクトは、自分が買い与えた自転車用のジャージを引っ張り出すと、まだ探し物があるのか、キョロキョロと辺りをうかがう。そこでコソコソしている静香を見つけた。

「静香っ、私にあぁ言った割にはお前の方が興味深々だな。でもな、中学生がそんなにマジマジと見る物ではないぞ」

 今までの自分の(おこな)いは棚に上げて、静香に注意を(うなが)す。

 静香は慌ててそれを閉じてから、しばらくしてベネディクト言っている意味を考え、内容を理解したのだろう、頬を赤らめてさらに慌てて否定した。

「ちっ、違います! そんなの見ていません!」

「じゃ、何を見ていたんだ?」

 ベネディクトは静香の手元を覗き込む。静香は咄嗟(とっさ)に隠そうとしたが、成人雑誌を見ていると思われるよりマシと考えたのだろう、「うぅ――――っ」と、うねり声をあげながら素直に従った。

「アルバムって、お前、………あっ、」

 そこで何かに気付いたのだろう、ベネディクトは重い溜息を吐いた。

「まるで嫉妬深い恋人だな。探し物は最近の写真か?」

「ちっ、違います! そっ、そりゃー、兄妹ですからね、お兄ちゃんがもてるのかなーとか、付き合っている人がいるのかなーとかは、気にはなるでしょう? ねっ、変じゃないですよ」

 慌てて聞いていない理由を()べる静香に対して、ベネディクトは落ち着けと言ったように、手の平を上下させる。

「私は姉妹しか居なかったのでね、兄妹の感覚は解らないが、お前たちの状況をみれば変とは思わない。そう言った感覚は人それぞれだと思うしな。ただ、陰でコソコソ探るのはあまり感心しないぞ」

 先ほど蒼のプライベートを、妹にまで見せつけていた人間の言葉とは思えない感想を残し、しゅんとしている静香に対してベネディクトはため息交じりに伝えた。

 静香がただ自分の欲望の為だけに、それを探しているとは思えなかったからだ。

「私の知る限り、蒼が付き合っている形跡はないよ。どうだ、安心したか? ――――それとも、心配したか?」

「………………どちらでもないです」

 複雑な表情の静香に対して、ベネディクトは少し意地悪しすぎたかと考え、彼女の頭を()でるように(てのひら)で軽く叩く。

 蒼の言った通りだ、静香は純粋すぎる。それゆえの苦しみなのか。

「全く、お前はかわいいよ。まぁ、今は深く考えるな、成るようにしか成らん」

「………解っているつもりです!」

 静香の苦しそうな答えに、ベネディクトは彼女の頭を抱き寄せ、頭のてっぺんにキスをした。この辺りは外人なら当たり前の愛情表現だが、日本人の静香は未だに慣れない。

 静香は顔を真っ赤にして、くすぐったそうに体をくねらせた。

「さっ、早いとこ車に積み込んで帰るとするか。静香も欲しい物は早目に積み込め」

「なっ、無いですよ!」

「有るだろ、歯ブラシとか、パンツとか。黙っていてやるぞ」

「有りますけどしません! それは犯罪です!」

 ベネディクトは内心で「有るのか」と思ったが口には出さなかった。もうすでに先ほど、ベネディクトが声を掛ける前に、アルバムから写真を一枚抜いていたことも。

「あぁ、そうだ、帰りは静香が鍵を掛けろよ」

「えっ――――、私、それ余り得意じゃないのですが」

「だからだよ。作る事も覚えとかなくちゃ、私の姉のようになるよ」

 静香は「うぅ――――」と、困ったように眉毛を下げながら、アルバムを本棚にしまう時にその角があたり、隣の雑誌が床に落ちた。そして、その拍子に雑誌が開き、又もや蒼のプライベートが(あか)るみに出る。

 二人して再び肌色満載の雑誌を見つめ、今度は静香は青筋を立ててベネディクトを睨んだ。ベネディクトは誤解だと言ったように首を振る。

「本当に用事(ようごと)だけですか? 他意(たい)は無かったのですか?」

「あぁ、当たり前だ。これを私に振られても困る」

 珍しく狼狽(うろた)えるベネディクトの前に、肌色と言うか白黒色満載と言った方が正しい、外人さんがいっぱい載っている雑誌が広がっている。

 静香はアルバムをなおし、その雑誌を拾い上げると、親の(かたき)のように握りしめた。

「たっ、……確かに未成年が見る本じゃ有りませんね。お兄ちゃんも未成年だし、処分しておいた方がいいですね! ねっ、ベネディクトさんもそう思いですね!」

「そこは私に同意を求めないでくれ」

 静香は怒りで肩を震わせながら叫んだ。

「お兄ちゃんは、……………変態です!」

「いや、それは外人に対しての差別だぞ」

 ベネディクトの小さい声は静香には届かなかった。

 本来なら、ここまでが一話の予定で、気分的にも、やっと、第一話が終わった感じです。長く成ったのは、意味のない自転車を書きすぎか? いや、そんな事はないはず。

 説明がある程度終わったので、やっと悩まず書けそうです。これから徐々に話が進んでいくはずです。そう信じたい。

 さて、ここまで読んでいただいて、ライラックオレンジに書きたかった事を一つ紹介。今回の書きたいことの一つは、箒ではなく、自転車に乗った魔法使いです。

 古臭い感じの魔法使いが、ロードバイクに跨り、スマートフォンを片手に除霊します。ちなみに、オトノツバサは現在スマートフォンではないので、どこまで書けるか不安です。間違った知識なら無視するか、暖かい目で見守ってほしいです。

 では、次話で。次は砂那の過去です。 

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