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囲い師でも結び師でも無い者

 しばらく経ち、校舎から出てきた砂那(さな)は、半泣きの顔のまま(そう)の隣を歩いている。

「まぁ、なんだ、――――無事で良かった」

 蒼は簡潔(かんけつ)に感想を述べた。

 浄霊は砂那の圧勝で、蒼の十体に対して、彼女はほぼ倍の十九体だった。

 蒼も手を抜いたわけではない。それだけ砂那の浄霊は凄まじかったのだ。しかし、もっと胸を張って良いはずの砂那は半泣きで、蒼は彼女を(たた)えるわけでなく、少し気まずい雰囲気(ふんいき)を漂わせ、彼女から目線を外していた。

 途中までは良かったのだが、最後の最後が悪かった。



 二人が建物に入って五分後、砂那は教室に飛び込み、すかさずダガーを投げて悪霊を囲っていく。

 とっとっとっとっとっと、リズミカルにダガーが床に刺さっていき、直ぐに五つ囲いを完成させる。

 幾度となく繰り返した作業だ、一連の動作は速い。

 そこから、左手を前に出して握りしめた。

(かえ)りなさい!」

 囲いの中の霊は、中心に吸い込まれて浄霊は終わる。

「これで二体目!」

 砂那はダガーを素早く引き抜くと、直ぐに教室を飛び出した。

 本気で走っているのであろう、細い肩を上下にして肩で息をしている。

 先程と違い、その口元は(ゆる)みはなかった。

 理由は余裕がないからだ。

 確かに囲いは、相手が動いている限り、閉鎖的な空間では不利になる。囲いの結界が小さくなると、発動までの僅かな隙に、霊が囲いの外に出てしまうからだ。しかし、それを踏まえても砂那は良くやっている方だ。

 囲いの速度は早いし、ミスはなく的確に進めている。

 自分でも今まで以上に早く浄霊して居るのが解る。

 しかし、それでも――――

「追い付かない!」

 砂那は一瞬顔をしかめた。

 勝負が始まってまだそんなに経っていない。こちらの二体の浄霊も、けして遅く無かったはずだ。しかし、少し離れた場所では七体目の気配が消えた。

 これは、祓い屋(はらいや)ではなく壊滅師(かいめつし)の早さである。

 砂那たち囲い師や結び師の、祓い屋と言われる者達は、結界を張って、霊を元の霊界に還して浄霊している。

 しかし、壊滅師と呼ばれる者たちは、文字通り霊を壊して滅ぼしていく。こちらの遣り方は、霊に敬意を払わないので砂那は好きではなかった。ちなみに式守神(しきしゅがみ)の攻撃も壊滅師と同等の意味だ。

 しかし今回は悪霊、敬意は要らない。砂那は自分の背中の方に意識を集中する。

「お願い、八禍津刀比売(やがまつとひめ)出てきて!」

 砂那は自分の式守神(しきしゅがみ)にお願いすると、まだ完全に現れていないのに、顔は前を向いたまま、直ぐに右手の教室を指差した。

「そこ、二体お願い!」

 形を現せたばかりの式守神(しきしゅがみ)は、直ぐに砂那の元を離れ教室の中に消える。

 これでこちらは四体になるはず。八禍津刀比売(やがまつとひめ)を出せば負けを取り戻せる。

 砂那は階段を駆け上がる。そして、二階に着いたとき二体を(ほうむ)った式守神が砂那の元に帰ってきた。

 何かに手こずっているのか、蒼の方の数はあれから変わりはない。

 今がチャンスと踏んだ砂那は、式守神(しきしゅがみ)を悪霊に放ち、自分は別の方向に走り、悪霊を囲いに向かった。

 その様子を、黒い仔猫が物陰から見守っていた。



 蒼は床に手を着けて床の感触を確かめた。

 別に、この校舎の、抜けかけの床の感触を確かめている訳ではない。

 この辺りに霊が七体も溜まっていたのだ。この場所はこの建物いおいての鬼門に当たるし、霊の通り道かも知れない。

 蒼は床から手を離すと立ち上がり、腕を組んだまま、少し頭を傾けた。

「やっぱり、阿紀神社(あきじんじゃ)からの龍脈(りゅうみゃく)がここまで続いているが、ここで切れている臭いな」

 小学校を建てるために、ここの山を削ることで、霊の流れ道の龍脈(りゅうみゃく)が途切れてしまっているようだ。龍脈(りゅうみゃく)は別の流れが出来て、流れを変えたのだろうが、この場所で切れたところはそのまま残っている。

 これは鬼門ではなく、龍脈(りゅうみゃく)が関係しているのかも知れない。

 それなら今までから霊が溜まりやすく、砂那が調べているものとは関係がなさそうだ。

 この場所はとっとと片付けて次にいこう。蒼は上を見上げると、口元を(ゆる)めて呟いた。

「派手にやっているな」

 勝負を持ちかけるだけは有って、砂那はドンドンと浄霊を進めている。こぐろからの危険を知らせる連絡もないし、これといってのトラブルは無さそうだ。このペースなら後二十分と掛からないだろう。

「こっちも手を休めてられないな」

 二階は砂那に任して、三階から向かおう。

 蒼は階段に向かって歩き出した。

 それからしばらく経ち、一人で十五体の半数を超えた砂那は、得意気に残りも浄霊していく。ここからは勝ち戦だ。余裕をもって浄霊できる。すでに式守神(しきしゅがみ)は戻し、囲いだけで浄霊を進めていた。

 砂那から少し離れた場所で蒼が悪霊を一体を浄霊したのか、気配が消えた。あとは砂那の目の前の教室にいる三体だけ。ラスト三体を浄霊して、有終(ゆうしゅう)の美を飾ろうではないか。

 砂那は迷いなく教室に飛び込んだ。

 初めは砂那の体重が軽かったので、本人は気が付かなかったのだが、その教室は古くなった木造の床の一部が腐っていたのだ。

 悪霊の最後の三体を同時に囲えず、その教室のその床で、ダガーを突き刺し三度囲いをした。

 いくら軽い砂那でもそろそろ限界が来ていた。

 砂那は運動神経と動体視力がいい。しかし、囲いの最後のダガーを投げるために踏み込んだ瞬間に床が抜けて、彼女にはなす術はなかった。

 ズボッと腰まで埋まり、そのまま身動きが取れなくなった。

 焦った砂那は、這い上がろうとして、両手で踏ん張るが、周りも腐っているので、力を入れるとメリメリと不気味な音が上がる。今は腰辺りで何かが引っ掛かって止まっているが、もっと崩れれば下の階まで落ちてしまうだろう。

 青い顔のまま動きを取れなくなった砂那を見て、慌てたこぐろは蒼に危険を知らせる念波(ねんぱ)を飛ばし、自分は少女の姿に戻って彼女を引っ張っていたが、蒼が現れるまでその状態だった。

 ちなみに最後の悪霊は逃げてもう居ない。

 息を切らした蒼が現れた時、こぐろに腕を引っ張られていた砂那は、床に埋もれたその姿のまま強がって見せた。

「じっ、自分で何とか出来たんだからね!」

 蒼には、昨夜の失敗を見られている。だから、それ以上に情けない姿は見られたくは無かったのだ。

 しかし、そんな意味の解らない彼女の台詞に、蒼は何度も頷く。

「もちろん解っている」

 それから彼女を助け出そうと、足を踏ん張れる場所を見つけて、彼女の両手を持って引っ張った。

 その時にブチッと不審(ふしん)な音が聞こえたのだ。

 床に埋もれる瞬間にロングコートは捲れ上がったので、穴の中に入らず上の床に広がって要る。だから現在、穴の中の砂那はスカートとTシャツ姿。その中で腰あたりの何かが引っ掛かっていたのだ。そして、それが音を出した。

「あっ、ちょ、ちょっと!」

 焦っている砂那を無視して、蒼は力任せに引き上げる。

 砂那は両手を持たれているので、パンツ丸出しの姿を隠せないまま引き上げられた。

 蒼は安全な場所まで連れて行くと慌てて手を離し、バツの悪そうにそっぽを向く。

 彼女は顔を真っ赤にして、パンツ姿をロングコートで隠し、急いで穴を覗き込むが目的の物はそこに無く、蒼を涙目で睨んでから、その姿のまま下の階までスカートを取りに走る羽目になったのだ。

 暑さを我慢したロングコートが役に立つ一例でもあった。

 これが今さっき起こった現状だ。

「とにかく、勝負は砂那の勝ちだ。それに悪霊は綺麗に祓ったし、良かったよ」

「………一体、逃がしたけどね」

 蒼のフォローの言葉に、砂那は落ち込みながらそんな台詞をはいた。

 多少汚れてドロドロになったが、怪我はなかったし、スカートはホックが外れただけで、壊れていないのが助かりだ。もし破れていたら目も当てられない。

「そう悪いことを引っ張るな、あれ一体ぐらいなら問題はない。浄霊は早かったし、気持ちを切り替えて次に行こうぜ、リーダー」

「そうね、これでしばらくは、ここも霊が溜まらないしね。次はどこが多い?」

 溜め息混じりなものの、気持ちを切り替えた砂那は、自転車の所までもどって来ると、蒼のスマートフォンを覗き込んだ。

「次の場所は山手の道沿(みちぞ)いの神社だな、それか、川沿(かわぞ)いの民家。こぐろに聞いたら、どっちもよく似たものらしい」

「それならここから近い、山手の方から行きましょう、昨日の氏神様の件もあるし、気になるわ」

 つぎの目的地が決まり、二人は自転車に跨った。



 山手の神社は、新しく開通した農免道路(のうめんどうろ)の脇だった。少し(やぶ)の中に入った所だが、神社の境内(けいだい)のほかに開けている場所も多く、囲いを使う砂那には格好の場所だった。

「ここは手を出さないで!」

 先ほどの件でムキになった砂那は、神社から離れた木々の少ない場所で、囲いを使い一人で浄霊を進めていく。

 ここも憑かれた者もいなく、悪霊だけなので簡単に浄霊できる。それに昨日の教訓も生かし、神社の方に行かないようにしている。

 そんな事もあり、蒼は砂那の意見に口答えせず、素直に従った。

 時間は正午に入り、ドンドンと温度が上がっていくので、砂那は額から流れる汗を、不衛生に腕に巻かれた少し汚れてきた包帯で拭った。

 大まかな浄霊は終わり、あとは囲いにくい木々の密集している数体だけだ。砂那は後ろを振り返りると蒼を見た。

 蒼は浄霊を砂那に任せ、道路を見たり、周りを見渡したり、神社に入ったり、地面に手を置いたりといろいろ調べている。

 蒼はこの場所に来て、少しだけ気になることがあった。

 落ち着いて自分の浄霊を見ていない蒼に対して、砂那は不審(ふしん)に思い声をかけた。

「どうかしたの?」

「あぁ、」

 蒼は地面に伸ばしていた手を離し、立ち上がると砂那に顔を向けた。その表情は眉毛をハの字にした、戸惑(とまど)いの表情だ。

「――――砂那、ちょっと気になったんだが、さっきの小学校もそうだったが、この辺りまで阿紀神社から龍脈が続いているが、ここで途切(とぎ)れているんだ」

 蒼は手も使いながら砂那に説明する。彼女は当たり前のように頷いた。

「それは多分、道路を作った時に途切れたと思うけど、いずれ別の流れが出来るから大丈夫でしょ。だけど、それがどうかしたの?」

 蒼は周りを見渡す。

 道路は最近出来たもので、道路脇も整備されており草も刈り取られて綺麗だ。神社に(いた)っては石で出来た階段も基礎から見直し、農免道路から直接参拝(さんぱい)できるように新設され、こちらも綺麗に整備している。

 それがどうも()におちなかった。

「あぁ、綺麗なんだ………」

 蒼の場違いの様な台詞に、砂那も今気付いたように顔をあげ、周りを見渡した。

 確かにその通りだった。

 農免道路(のうめんどうろ)の新設に当たり景観(けいかん)もよくするためか、草木が刈り込まれ、風通しがよく空気が(よど)んでいない。しかも、もともと通る人が少ないのか、ゴミも少なく汚れていない。

 一般的にこういった綺麗な場所に悪霊は寄り付かないものだ。もっと薄暗くて空気の溜まった澱んだ場所が溜まり易いはずだ。

 蒼は神社も見てきたが、氏神様(うじがみさま)も静かで、工事により怒らせた形跡もない。

 ただ、ここの氏神様は居ているのかと疑うほど希薄(きはく)だ。周りの住民の信仰心が薄いのか、力が余りない。だから悪霊もこの場に溜まることが出来たのだろうが、その悪霊はどこから来たのだろうか。こんな空気の澄んだ場所へ。

「ほんとだ。どうしてだろう?」

「さっきも言ったけど、考えられるのは、龍脈が切れている事に関係しているかもしれない」

 蒼の考えに、砂那は悩んだように答えた。

「それは、阿紀神社からここまで来たって言いたいの?」

「あぁ、関係があると思う」

「あんなに綺麗に結んであるのに? そこに悪霊が寄ってきて、そこからここまで流れてくるって言いたいの? それは有り得ないと思うわ」

 確かに普通なら彼女の言う通りなのだが、それ以外に悪霊がここに集まる意味が考え付かなかった。

「確かにそうなんだが………」

 蒼はあごの下に手をやり、未だに納得していないのか悩んでいる。しかし答えは出なかったのだろう、顔を上げると、残った悪霊を浄霊しに行こうとする砂那い言った。

「――――砂那、早めに次の場所も調べたいから、俺も手を貸して良いか?」

 砂那は自分の浄霊が遅いためかと、少しムッとしたが、良く考えれば蒼が浄霊をしているところを未だ見ていない。

 わずか半日で解ったことだが、彼は自身が言うような落ちこぼれではない。調査や捜査では砂那は敵わなかったし、先ほどの浄霊も、悪霊の(かたま)っている所に行ったとしても、最初は砂那より早かった。

「別に構わないけど」

 少し興味本意でそう答えてから、自分は式守神(しきしゅがみ)を出す。遅いように言われたところだけは納得できない。

 蒼は頷いて前を向いた。

 それを見て砂那は少し考える。蒼は囲い師では無いと言っていた。しかし、祓い屋とも言った。

 残る祓い屋なら結び師となるが違うような気がする。

 囲い師や結び師に詳しくは有るが、あれほど早く浄霊出来るのなら、多分、壊滅師(かいめつし)なのだろう。

 それに、先ほどの小学校では「こぐろを使う」と言ってはいたが、式神を使って浄霊している訳ではないのか、今はこぐろを出して居ない。

 壊滅師なら武器(エモノ)は、弓矢か拳銃の様な飛び道具が多い。だが、蒼は左手を前に差し出しただけで武器らしいものは皆無だった。

 よくよく考えれば、彼は何者であろうか。

 本当はお経や言霊を使う、ただの拝み屋なのであろうか。

 砂那は式守神(しきしゅがみ)を出したまま、蒼を見つめていた。彼は集中するために目を閉じる。

「――――――力無き(われ)に剣を、知識無き(われ)に本を、法無き(われ)に外界の法を――――――」

 砂那は蒼の(つぶや)くような言葉に息を飲みこむ。

 それは、砂那は見たことが無いが、知識としてだけは知っていた。

 多分だが、それは(とな)える言葉、詠唱(えいしょう)と呼ばれるものだ。

 祓い屋や拝み屋と呼ぶにはかなり怪しい、砂那の予想を一回りも二回りも超える現実がそこにはあった。

「正しい世界に(かえ)れ――――ターン、イービル!」

 蒼は左手に力を込める。(あわ)い光が悪霊を包み込みそのまま消えていく。

 砂那は一言だけ呟いた。

「――――魔法使い」

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