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邂逅

 あの頃のわたしは、(みと)めてほしくて、()めてほしくて、ずっと「わたしはここに居る」と心の中で叫んでいた。

 無駄な事だと解っていたし、(みと)められたい人も解っていた。

 だから強がっていた。

 今なら解る。

 怖いから、周りに()みついていたんだ。

 大きな世界も中で、ただ自分の小ささに(おび)えて(あらが)っていただけ。



二  邂逅(かいこう)



 (そう)砂那(さな)と別れた後で、依頼人に家に急いだが、着いたのは夜の九時を回った頃だった。

 本日は散々(さんざん)だった。長旅の後に(おが)まされ、手助けした相手には(けな)される。

 本来なら本日はホテルでも泊まり、疲れをとってから明日に(うかが)うのが筋だろうが、こんな田舎にホテルが存在しているのかが不明だし、せめて依頼の内容だけでも聞いておきたかったので、ナビに(したが)いその場所までやってきた。さすがにそろそろ体が重い。

 疲れた体を引きずるようにやってきた入口の門の、その格子戸(こうしど)の隙間から見える整えられた前庭と、少し奥に見える玄関を見て戸惑う。

 依頼人の人物はお金持ちなのか、田舎の土地が有り余っているのか、二百坪を越える敷地で家は立派なものだった。

 ナビの情報と家の表札を見て、そこが依頼人の家だと確信した蒼は、少し緊張しながらインターホンを押し、相手が出るのを待った。

『――――はい』

 少し遅れてインターホンからこぼれ出た声は、年老いた女性のものだったが、ハキハキとしていた。

「遅くなりすいません、合同会社アルクイン拝み屋(おがみや)探偵事務所の者ですが、折坂(おりさか)さんのお宅ですか?」

『そうだよ。――――今、手が離せない、そのまま入っとくれ』

「失礼します」

 それだけを伝えると、蒼は掃除の行き届いた前庭の石畳を辿(たど)り、玄関に訪れる。そして、重量の有りそうな玄関の引き戸を開けると、血の惨事(さんじ)が待っていた。

 先ほど出会った砂那が、ロングコートを床に脱ぎ捨て、玄関の床を血で汚しながら登り口に座っていた。

「――――あなた!」

 驚きと戸惑いで砂那は蒼を見つめていた。

「さっきの、――――大丈夫か!」

 思いのほか傷が深かったのか、砂那の血はまだ止まっていない。蒼は傷口を見るために近寄った。

「わたしの後ろを付けて来たの?」

 誤解を招くような彼女の台詞に、文句を言おうと蒼が口を開きかけたとき、家の中から着物を着た、見たところ七十代の女性が、タオルを何枚か持って現れる。

「砂那、これでお拭き。――――客人さんは少し待っとくれ、好美(よしみ)さん包帯は有ったかい!」

 声からして先ほどインターホンに出た人物なのだろう。血を流した者が玄関にいても(みょう)に落ち着いている。

 屋敷の奥からは、慌てている女性の声で「有りましたー」と返事が聞こえる。

 砂那はタオルを受け取ると、傷口を洗おうともせず、タオルを巻きつけようとする。蒼はその手を止めさせ、しゃがんで鞄を開けながら老人に声をかけた。

「すいません、玄関を少し汚します」

 老人の返答を待たずして、鞄からペットボトルの水を取出し、砂那の顔を覗き込む。

「しみるぞ」

 一言だけ注意を(うなが)し、次は砂那の返答を待たずして、その水を腕にかける。砂那は痛みで「うっ、」と一言だけ(うめ)き声を上げた。

 蒼は急いで砂那の腕を拭くと、傷口を確認してから、そのタオルで砂那の腕を(しば)り血を止める。傷は深いが綺麗に切れているだけなので、()わなくても治るだろう。

「いった、もう! 何なの!」

 強く縛るので砂那からは不満の声が上がるが、無視してもう片方の腕も(しば)る。蒼は上目使いに砂那に話しかけた。

「さっきも言ったけど、ちゃんと洗い流さないと、破傷風(はしょうふう)に成りかねない」

「大丈夫って言ったでしょ!」

 何を根拠に大丈夫と言っているのか解らないが、再び砂那の不満の声は無視して、蒼はタオルを(しば)り終えると、包帯を持った現れた四十代の女性と、目の前の老人に対してペットボトルを見せた。

「彼女は野良犬に()まれてます。これだけの水では駄目です。もう一度水で洗い流し、消毒してから包帯を巻いてください」

 老人は頷き、四十代の女性は突然現れた蒼に対して戸惑い、無視された砂那は怒ったように(にら)み付ける。

 依頼を受ける前から、すでに大変な状況になっていた。



 しばらく経ち、客室に通された蒼の前には、先ほどの老人と、真新しい包帯を巻いた砂那が座っていた。

 包帯に血が(にじ)まないところを見ると、どうやら出血は止まったようだ。

 蒼は居心地が悪そうに尻を動かせた。

 理由は簡単、砂那が(にら)んでいるからである。

「遠いところ、態々済まないね」

「いえ、こちらこそ遅くなってすいません」

 先ずは名刺を渡し、遅くなったことを謝罪するが、蒼が東京から来るのを知っている折坂の老人は首を振った。

 それから、何かが引っ掛かるのか、蒼は依頼内容よりも先に別のことを訪ねた。折坂と言う名前に聞き覚えがあるためだ。

「失礼ですが、折坂さんは、総本山の折坂さんとご関係がありますか?」

「あぁ、息子の善一郎(ぜんいちろう)のことかい? 私があの子の母親で、折坂 華粧(おりさか かしょう)というんだよ」

 蒼は華粧(かしょう)の言った言葉で目を見開いた。

 《総本山》と言うのは、囲い師達のルールを決めたり、縄張りを決めたりなど、囲い師の取り決めを行う場所である。そして、その総本山に所属している囲い師は、(とく)や霊能力も高い、選ばれた者しか行けない、囲い師のエリートが集まる場所でもある。

 その折坂(おりさか) 善一郎(ぜんいちろう)と言う人物は、囲い師の総本山でも五本の指に入るほどの、エリートの中のエリートな囲い師だ。さらに付け加えると、その母の折坂 華粧(おりさか かしょう)も、戦術的な囲いを考案(こうあん)して、囲い師の常識を(くつがえ)した人物として有名な方だ。

 囲い師のすごい一家の前にやってきたのだ。これは緊張する。

「そうでしたか、お会いできて光栄です」

「いえいえ、こちらこそ」

 蒼の感激の言葉を適当(てきとう)に流して、華粧(かしょう)は少し怪しそうに目を細めた。

「ところで、あんたは若いね。ちゃんと(はら)うことは出来るのかい?」

「はい。囲い師ではないですが、(はら)い屋として何度か浄霊させて頂いています」

 蒼の答えに華粧(かしょう)は頷く。前もってベネディクトから聞いているのだろう。

「じゃ、依頼をお願いするが、内容は…………」

 華粧(かしょう)は隣に座っている砂那を見る。見られた砂那は解らない顔で華粧(かしょう)を見つめ返した。

「孫の、砂那を手助けしてほしいんだよ」

 驚き、口を開いたのは、蒼よりも砂那の方が早かった。

「おばあちゃん、どうして!」

 砂那は両手でテーブルを叩いて、腰を浮かせる。彼女の驚きの声に、華粧(かしょう)(なだ)めるように砂那の肩に手を置いた。

「砂那、ごめんよ。今までは私が教えていたんだが、歳のせいか脚が思うように付いていかん。今回はサポートも出来ないだろうよ」

「だからって、こんな他人に頼らなくても、わたし一人でも出来る!」

 砂那は両手をグーに握りしめて訴える。

「砂那、確かにあんたは努力して、囲いはうまく出来る様になった。だけどね、囲い師は囲うだけでない。未々祓い屋として覚えなきゃいけない事も多いし、あたしも教えきれてない。今回は特に原因が解っていないんだよ。言うことを聞いとくれ」

 砂那は言い返そうと口を開くが、自分の包帯に巻かれた腕を見て、悔しそうに唇をかんだ。

 経験不足で傷を追ったのは目に見える現実だ。それに、今まで囲い師の師匠にあたる人物からのお願い。聞かないわけにはいかなかった。

「……………………わかった」

 砂那は渋々といったように、下を向いたまま頷いた。華粧(かしょう)は砂那の頭をやさしく撫でてやると、蒼に向きかえり依頼の内容を続けた。

「最近、この辺りは(けが)れが増えてきてね、霊的障害の事故や憑き物が増えて来とる。近所の人達に頼まれて砂那が調査を開始しだしたんだが、まだ原因がわからないんだよ。助けてやっておくれ」

 〈(けが)れ〉とは、風がよどみ悪い空気がたまり、それにより悪霊が集まりやすくなる状態である。そして〈憑き物〉とは、心霊現象でもよく有るもので、霊が生物に乗り移ることである。先ほど砂那が相手していた犬もそうだし、蒼の働いている祓い屋の八割方はこの手の依頼だ。

「それは構いませんが、……私どもより、」

「では、お願いいます」

 華粧は蒼のその後に続く言葉がわかったのか、慌てて言葉をかぶせてきた。それが解った蒼は話を戻さず契約に入った。

「解りました。それではこの依頼を()けます。期間は霊関係の理由を調べて解決するまでで、よろしいですか?」

「あぁ、それでいいよ」

 蒼は契約書を取り出し、簡単な料金の説明と、サインと捺印(なついん)を貰い、契約が完了した。

「それじゃ、折坂 砂那さん、しばらくはよろしく」

 蒼のあいさつに砂那は睨むことで返した。

 それ以降は何も話さず、蒼とは目も会わさず、しばらくするとそのまま立ち上がり、早々と(ふすま)を開けて出ていく。

 その様子を華粧と蒼の二人は見送ってから、先ほどの話の続きを話し出した。

 先ず口を開いたのは華粧からだった。

「あんた、未国(みくに)を名乗っとるが、未国 博康(みくに ひろやす)の子供かい?」

 蒼には華粧の言いたい意味が分かった。それは先ほど言葉をかぶせてきたところだ。砂那に聞かれたくないのだろうか。

 蒼は頷いた。

 折坂家もそうだが、蒼もそれなりに総本山には関わりがある。蒼本人とは全く関係がないが、未国 康弘(みくに ひろやす)折坂(おりさか) 善一郎(ぜんいちろう)と同じく、囲い師の総本山で五本の指に入るほどの実力者である。

 総本山の内情に詳しい華粧に隠しても仕方がないので、蒼は素直に話し出した。

「はい。私は未国 博康(みくに ひろやす)とは親戚にあたり、現在は養子縁組を組んでいただいて、事実上は息子となってます」

「じゃ、総本山とは関係あるのかい?」

 聞いていた話と違うと、華粧は蒼を責める様に言葉を荒ただした。

 蒼は誤解を解くように首を振ると、話を進める。

「父の康弘(ひろやす)は、折坂さんの知るように、総本山所属で関わりは深いですが、私の方は関係ありません。知り合いも数える程度です。それに初めに言いましたが、私は囲い師ではありません」

 華粧はいま思い出したように頷いた。

 確かに蒼は最初にそう言っていた。囲い師でないなら総本山とは関係を持てない。それに、依頼をした合同会社アルクイン拝み屋探偵事務所の経営者はフランス人女性、総本山とは()りが合わないと聞いていた人物だ。だからこそ依頼したのだ。

「そうだったね。それでも、知り合いの総本山の連中には言わないでくれるかい?」

 そもそも社名に探偵とついている業態で、簡単に依頼内容を話す人物に、この仕事は向いていない。

「それはもちろんです。……………しかし、何故か理由を聞いていいですか? あなたたちが困っているなら、総本山の凄腕の囲い師たちが惜しみなく手を貸してくれますよ。それも私たちの様に料金も取らずに」

 そこはベネディクトがきな臭く思っている場所だろう。砂那に関係が有る様に思うのだが。

「色々あってね、今回は砂那一人の手柄にしたいからさ。………まぁ、親バカならず祖母バカじゃが、あの子の想い、少しでも叶えてあげたくてね」

 少しだけ自嘲(じちょう)した様に、華粧は乾いた笑いをもらす。それを見て蒼は、囲い師の一ページを作った人物も、人の親であると知った。

 多分、今回の件を砂那一人の手柄にして、彼女をいずれ総本山に入れるのに(はく)を付けたいのだろう。

 総本山に入れなかった蒼には関係ない話だし、邪魔する必要もなかった。

 ただ、砂那の気持ちが気になった。

 彼女は今回の事を、(かたく)なに一人で解決しょうとしていた。それは多分、周りの人に自分を認められようとしていると思う。なのに、そんな不正じみたと事をしても、祖母の思うように彼女の想いは叶わず、これからはそれが足枷(あしかせ)として彼女に付きまとうだろう。

 しかし、そこは蒼が口をはさむ問題ではない。それは料金に含まれていない。

「解りました、約束します」

 蒼の返答に華粧は満足げに頷く。

 しかしと蒼は思う。

 あとでもう一度砂那と話そう。この依頼を受けるうえで、彼女の気持ちが大事だと思った。

 華粧との話が終わったあと、蒼はベネディクトに電話を入れ、無事に契約が出来たことを伝える。そして、仕事が終わるまではこの屋敷に厄介になることになり、家政婦の斉藤 好美(さいとう よしみ)さんに挨拶をして、寝床に案内して貰った。

 場所は先ほどの一階の客部屋で、雪見障子(ゆきみしょうじ)から整えられた見事な庭が見える。旅館のような作りで旅行に来たような錯覚にとらわれる。

 あくまで仕事だと自分に言い聞かし、蒼は雪見障子とテラス戸を開け、独り言のように呟いた。

「こぐろ、少し遊んでこい」

 とたんに何処からか現れた黒い仔猫が庭を突っ切り、敷地の生垣(いけがき)から外に向かって飛び出していく。

 それを見送ると、身体の芯から疲れが沸いてきた。

 これで本日に出来る事はすべて終わった。明日の為に早く休もうと、蒼は布団に転がり天井を眺めていると、直ぐに眠気が押し寄せてきた。

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