シノとハル 1
まず、蒼と砂那が向かったのは、この町には件数の少ないコンビ二だった。そこで砂那の携帯電話のイヤホンマイク購入をする。
複数人でお祓いをする時は、携帯電話で連絡のやり取りをすからだ。その時、イヤホンマイクがないと、片手が塞がってしまう。
ちなみに、砂那は携帯電話も持っていないので、本日は祖母の華粧の携帯電話を借りてきていた。
コンビニを出た二人は八坂神社に行く前に、ある所に立ち寄る。
「蒼、もう少し行った所よ」
砂那の声を聞いて、蒼は周りを見渡した。
「へぇ、いい場所に建ってるな」
そこは伊勢街道の、細い道路沿いに民家が連っている、観光スポットにもなっている場所だ。建物は歴史を感じさるような古い作りが多く、中には江戸末期のものも存在する。辺りには平日だと言うのに、カメラを掲げた観光客の姿がちらほら伺える。
「見えてきた。………ほら、あそこの角の饅頭屋さんよ」
砂那は右手をハンドルから手を放し、一軒の民家を指差した。そこは、T字路の角に位置する場所に建っている民家だった。
「あそこが………」
「そう、翠さんの家よ」
砂那と蒼は、翠の意志を確認するために、上高井の家までやってきたのである。もしも、本当は翠が諦めていたのなら、わざわざ暴れ神を祓う必要はない。
翠の家の前にやってくると、自転車のブレーキをかけ、蒼はその建物を見上げた。
大きな建物だ。建て方も辺りの古民家と同じく、二階を低くした古い作りで歴史を感じさせる。しかし、後で付け足したような店舗部分だけが、どうしても不恰好で、店舗内もカーテンで覆い、中を見えなくしていた。
そのカーテンも、日光に焼け色が飛び、所々破れていて、食べ物を扱っている店舗では、衛生上あまりよろしくないような年季が入っている。
看板は上がっているものの、休業と言ったより、潰れているように見える饅頭屋だ。
そして、その店先に一台の単車が止まっていた。
規制前の単車で、青いバリオスだ。
別に、珍しい単車でもないのだが、多く出回っている単車でもなく、規制後はあまり乗っている人を見かけない。しかし、蒼はその単車を乗っている人物を知っていた。
友人の囲い師、篠田 俊だ。
「この単車は、シノのだな」
「シノ?」
「あぁ、昨日話していた、俺の知り合いの囲い師だ」
その説明で思い出したのか、砂那は少しだけ神妙な顔で頷く。
「――――総本山の囲い師ね」
昨日の八坂神社で見た、あの、素晴らしい囲いを張った人物である。その囲いを見ただけで、結構な腕前だと解る。
「ここに居るようだな」
「それなら翠さんも、居てるかな?」
こぐろが見ていた映像を見る限り、翠と篠田は共に帰ったはずた。その篠田の単車がここに有るのなら、翠も家にいる可能性が高い。
「中に入って声をかけてみるか?」
「そうね、体の事も心配だし」
砂那が頷いて、自転車を降りたとき、後ろから声がかかった。
「ハル!」
今は誰も使わない、蒼の古いニックネームで呼ばれて、彼はとっさに振り返る。砂那はその様子を見て釣られたように振り向いた。
声をかけて来たのは篠田で、のんきに片手をあげてから、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。先ほど蒼達も寄ったコンビニに行っていたのか、その手にはそのコンビニのロゴの入ったビニール袋を下げていた。横には阿部に置いてきぼりにされた辰巳 亮太の姿も見える。
「――――シノ」
蒼は静かにその名を呼んだ。
砂那は声をかけてきた人物が篠田とわかり、少し緊張した面持で二人を見ていた。
「ひっさしぶりだな。やっぱり来てたか」
篠田が気軽く話しかけてくるが、蒼は少し硬い表情だ。
「あぁ、………お前も来てたんだな」
「まぁな。だけど、こんなところで再会するとは、世の中って狭いよな」
篠田はそう言って楽しそうに口元をゆるめて八重歯を覗かせる。その台詞に、蒼も少しだけ笑みをこぼし、肩の力を抜いた。
「狭いと言うより、すごい偶然だな」
砂那は少しまずいなと、心配そうに蒼の顔を見ていた。
昨夜に蒼たちが八坂神社に行って翠と会ったことも、そこをこぐろが見張っていたのも、篠田は知っているはずだ。しかし、蒼と砂那が何をしようとしているかは知らないだろう。だから、万が一に蒼が口を滑らすと、翠を手伝っている篠田と、それを阻止しようとしている自分達は敵対関係になってしまう。
「ハルは仕事か?」
「依頼でな。………お前のほうも、総本山の仕事か?」
「違う。総本山がBクラスの俺に仕事なんぞよこさねーの知ってるだろ」
蒼のその台詞に、篠田はわざとらしく顔をしかめて、両手両肩を挙げた大げさなリアクションをとった。そこで砂那は、驚きの声を上げる。
「Bクラスって、――――あなた、あの囲いで〈分〉なの?!」
砂那は目を大きく開き、信じられないように篠田を見ている。そんな彼女に、篠田は冗談じみたように言った。
「あぁ、俺はBクラス、総本山ではまだまだ下の下だ」
総本山の中には位がある。
刻〈C〉から始まり、分〈B〉、秒〈A〉、絲〈AA〉、忽〈AAA〉、毫〈S〉、雲耀〈SS〉と言うように位が上がっていく。これは時を割った読み方で、秒を十で割ったものを絲、絲を十で割ったものを忽と徐々に速くなっていく。
過去に接点があったかは不明だが、これは薩摩の方で栄えた剣術の、示現流と全く同じで、示現流は剣の速さ、囲い師は多角な囲いや、囲いの速さにより上位とされているからである。
そして、砂那が驚いた箇所は、八坂神社の氏神様はそれほど強力に無いにせよ、彼は神様を抑えるほどの力量を持っているからである。それだけでも高い位を貰える力量だと思うし――――それにあの囲いだ。
砂那の師匠に当たる華粧でさえ、あれほど綺麗な囲いを張ったところを見たことがない。なのに、彼は総本山では下から数えて二番目の位置の〈分〉である。これが本当なら、総本山の囲い師はどこまで凄いのか見当もつかない。
総本山を目指している砂那だが、今の力量では、全く話にならないかも知れない。
ちなみに華粧は昔から個人で祓い屋をやって居るので、総本山との繋がりは太いが所属はしていないので、位をもって無い。父親の善一郎は総本山に所属しているが、砂那には仕事の話を全くしてくれないので、彼女は父親がどの位に居るのかを知らない。
解らない総本山の情報が、篠田を見ていると余計に解らなくなる。
「そう、あの囲いでBクラスなの………」
砂那はショックを受けたように、何度も口走った。それを見ていた辰巳がしびれを切らしたように口をはさむ。
「いい加減にしろ、てめーがBクラスなのは不正な扱いだと、自分でも解っているだろ、ちゃんと教えてやれ。こいつ、篠田は上の連中に嫌われてるんだよ」
後半の台詞は砂那に言ったものだ。その後、辰巳も篠田が好きでは無いのか、イラついたように顔をしかめると横を向く。
篠田は苦笑いしていた。
「まぁ、俺の方は正式な仕事じゃないけど、その嫌われている偉いさんから頼まれてな。とっ言っても、俺の仕事はもう終わったんだけどな」
そう言って篠田は頭を掻いた。その台詞で、蒼と砂那はお互いの顔を見合わせた。
「………終わった?」
彼の仕事と言うと、こぐろからの映像を見る限りでは、翠の式守神との契約を助けていたのだろう。
助けると言っても、式守神との契約自体は他人が手出しできないので、断食などで危険な状態にならないように、サポート役として彼女を見守っていたのだと思う。
しかし、その仕事が終わったのなら、やはり翠は式守神との契約も諦めたのだろうか。
二人の考えが解ったのか、篠田は首を振って言葉を続けた。
「あぁ、これ以上は無理だと判断して、俺はこの仕事を断ったんだ。しかし、彼女は諦めきれず、また行ってしまったよ」
「行ってしまったって、翠さん八坂神社に戻っちゃったの?」
砂那の焦りの声に、篠田は頷いた。
「あぁ、何度も止めたが無理だった」
その台詞に砂那は慌てて蒼を見る。
「蒼、急ごう!」
急かす砂那に、蒼は口を閉じたまま、少し待つように掌を広げ彼女を止める。彼は篠田から目を離さず、少しだけ真剣な瞳を向けていた。
「――――シノ、一つだけ聞いていいか?」
「ご自由にどうぞ」
「この辺りの氏神様を、すべて抑えてたのはお前か?」
「えっ?」
「はぁ?」
その台詞に、砂那と辰巳は同時に声を上げ固まる。
蒼の言っている意味が解ったからだ。
昨夜、砂那が蒼に教えてもらったのは、生け贄の最悪な状態は、この町のすべての人を犠牲にすると言うものだった。しかし、町全体となれば、現実的には無理な話だし、それをすればこの辺りの土地の守り神、氏神様達が黙っていないだろうとも言っていた。
だが、その氏神様達を抑えればどうであろうか。
生け贄の方法は解らない。しかし、翠がすべての人を殺していくのは不可能だろう。だから、契約した後に、疫病や呪いの様なものが現れるのか、暴れ神が直接手を出し、暴れまわるのかは解らない。
しかし、それを止める氏神様がいないのなら、犠牲者は普通よりも多く出るだろう。
「お前っ!」
辰巳も知らなかったのか、そう小さく呟き、驚きの顔で篠田を見ていた。しかし、当の篠田は全く悪びれている様子もなく、口の片隅を上げてあっさり頷く。
「あぁ、抑えてた。最初から彼女には無理だったからな。だが、この辺りの氏神様全てを抑えておけば、暴れ神の気持ちも変わるかも知れない。微かにでも可能性が上がるのなら、そうするさ」
その当たり前のように答える台詞に、砂那と辰巳は信じられない顔をする。しかし蒼の方は、その台詞が解っていたのか、ため息交じりに答えた。
「やっぱりか。相変わらず、目的の為なら手段を選ばない奴だな」
「仕事には手を抜かない主義でね」
両手を上げて軽く答えてから、篠田は少しだけ睨むように目を細めて蒼を見た。
「――――まっ、お前よりマシだがな」
今まで、どこか軽薄で、いい加減な態度だった篠田だが、その一瞬だけは怒りを面出したように見えた。しかし、蒼から目線を外すと直ぐに表情は戻る。蒼のほうは目を閉じて、誰にも聞こえないように小さく「………かもな」と呟いた。
二人の間に何があったのかは解らないが、砂那はそのやり取りに、戸惑っている様子だ。辰巳の方は、篠田を責めるように彼を見て顔をしかめているが、蒼と砂那の二人には責めているところを聞かれたくないのか、口を閉じたままだった。
「それより、君は折坂さんかな?」
急に話を振られたので、砂那は慌てて頷いた。篠田はそれを見て、翠の家の中に入り、紙袋を引っさげて出て来る。
「これ、君のだろ? 折坂 善一郎が使っているのと同じ短剣だから解った」
篠田は紙袋を砂那に差し出した。砂那は紙袋を受け取ると中身を確認する。そこには昨夜に八坂神社で使用した、十六本のダガーが入っていた。
「わたしのダガー、ありがとうございます」
砂那のお礼に、篠田は照れ臭そうに笑う。
「いや、中々の囲いだった。おかげで切るのに苦労させられたよ。ハルが肩入れしてるのも納得できる」
そう言って篠田は茶化したように蒼を見る。蒼はまたかとでも言いたげにため息を吐いた。
篠田といい、ベネディクトといい、蒼の事を知り尽くしたように、勝手に好みを決めつける。
「そんなんじゃない、やめてくれ」
「まぁ、良いけどな。ともかく、俺はこの件からは手を引いたから手出しは出来ない。だから、急いでやってくれ。彼女の体力がもう持たないだろう」
篠田の最後に放ったまともな意見に、蒼と砂那は大事なことを思い出したのか、頷くと慌てて自転車に跨った。
「悪いなシノ、もう行く」
「あぁ、またなハル」
篠田と目線を交わし、蒼はロードバイクに跨ってスピードを上げる。
篠田は二人が見えなくなってから、浅く笑った。
「おい、お前、何考えてやがる!」
蒼達が見えなくなってから、辰巳は篠田につって掛かった。
元々囲い師は、悪霊を祓ったり、悪い神様を抑えるために生まれてきた職業だ。なのに篠田は逆に、翠に暴れ神を式守神として憑かすため、その暴れ神が生け贄を差し出せと言いやすい状態を作ったのだ。これでは囲い師とは言えない。
しかし、当の本人は全く悪びれている様子は見当たらなかった。
「色々と考えてるよ。だけど、ハルが行ったから、事は進んでいる」
「事が進んでるって、………もし、今の状態で、暴れ神が生け贄を要求したらどうするんだよ! 氏神様なんぞ抑えやがって、事態が大きくなったら死人が出るぞ」
その言葉で、篠田は今気付いた様に、辰巳を見た。二人の話はかみ合っていない。
「あぁ、そっち? そっちは全く問題がない」
「問題がないって、お前、問題あるだろ?」
「いや、問題はない。それより俺も八坂神社に行くけど、付いてくる?」
いい加減なのか、自分の非を認めないのか、篠田は頑なに問題ないと言う。辰巳はこんな者が囲い師をやっていること事態が心配になった。それは、総本山の上の連中も同じで、彼を嫌っているのではなく、危険を感じているのかも知れない。
「俺は、安部さんやお前の考えが解らない。だけど、これ以上危険がないかだけは見てやる。これでも囲い師の端くれだからな」
そう、本来の囲い師はそれを止める方である。
「いい心がけだ」
篠田は感心した様にそう言うと、翠の家の中に入りヘルメットを二つ取ってきて、一つを辰巳に渡した。そして、ヘルメットをかぶりながら呟く。
「――――だけど、本当に危険な存在は、野放し状態だがな」
その呟きが聞こえなかったのか、辰巳はヘルメットをかぶりながら問いかけた。
「なにか言ったか?」
「いや、別に」
篠田はしらを切った。




