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エリートでない囲い師

「納得は………(みどり)さんはしない気がする」

「なぜ、彼女はそこまでして、式守神(しきしゅがみ)を欲しがっているんだ? 砂那(さな)は理由を知ってるか?」

 (そう)の問いかけに、砂那は小さくこくんと頷いた。それから蒼の横に移動して、さきほどの彼と同じように、テラス戸から足を出して座り、月に顔を向けて、少しだけ遠くを眺めるように目を細めた。

 蒼も外に顔を向け、二人して月夜の空を眺める。

「この町で囲い師は、わたしと翠さんの所しかなかったの。だから、昔からよく翠さんと話はしたのよ」

 砂那はそう話してから、蒼の方を向き、少しだけ笑顔を見せる。

「よく話したと言っても、翠さんはわたしより二つ上で、学年が違ったから会えば立ち話をする程度だけど。………それでも、わたし達はよく話ししたよ。囲い師のことや、霊能力のこと。その頃の翠さんは霊能力が無いって思っていて、囲い師になる方法を探していた。でもそれは、おじいさんに強制されたからじゃないわ。翠さんはある時に見た囲い師が、式守神(しきしゅがみ)で悪霊を(はら)うのを見て、それが格好良かったって言ってた。多分、その人に憧れていたんだと思う。………翠さんは式守神(しきしゅがみ)()いてもらった囲い師になりたがっていた」

 なるほどと蒼は頷く。

 その内容から、砂那が翠に肩入れしている理由もわかったし、翠の気持ちが理解できた。蒼も翠と同じで、飛びぬけた才能を持った囲い師、篠田 俊(しのだ しゅん)に憧れたものだ。

 しかし、蒼には祓い屋としての才能が全くなく、何とか祓い屋になる方法を模索(もさく)した。そして、蒼は魔法と言う力を手に入れた。

 翠の場合も同じだろう。

 これは、今まで欲しかった、自分が望んでいる者になるチャンスなのだ。それが(わず)かな可能性でも、体が壊れてでも、しがみ付きたい気持ちは蒼にも理解できる。

 それとは別に、翠がおじいさんに強制されている場合でも、華粧さんが説得したところで、その老人は耳を貸さないだろう。

 老人にとっては、代々囲い師をやってきた一族を、自らの手で衰退(すいたい)させたのだ。その彼が式守神(しきしゅがみ)を持った、力のある囲い師を世に出すとなれば、汚名を取り戻すチャンスである。その好機を簡単に手放すわけがない。

 どちらにせよ、説得しても簡単にはいかないだろう。

 そこまで考えてから蒼は答えを出した。

「説得は無理かもな………」

「うん、わたしもそう思う。だけど、納得させないと、翠さんの体が危ないし、万が一に暴れ神が翠さんの声に耳を傾けて、生け贄を要求したら大変なことになるよね?」

「その翠さんが、生け贄を提供すると言えばの話だぞ。まあ、さっきは大袈裟に言ったが、生け贄をささげると言っても、暴れ神が暴れ出したところで、この町の全ての人をどうこう出来る事はない。確率は低すぎる話だ」

「………でもゼロじゃない」

 砂那はその台詞を吐くと、覚悟を決めたように蒼を見つめる。

 睨み付けるように強く。

 その瞳は、先ほどの弱々しいものではなく、いつもの勝気な光が戻っていた。

「それなら翠さんが納得しなくても、するしか無い方法を選択するわ。………蒼、暴れ神を祓ったら、どんな支障が出るか教えて」

 蒼は砂那のその台詞に、彼女らしい真っ直ぐさを感じた。

「――――暴れ神を囲う気か?」

 砂那は当たり前のように頷く。

「えぇ。翠さんが失敗すると決まったわけじゃない。口で言って解らなかったら、囲うわ。翠さんには悪いけど、今回は諦めてもらった方が良いし、別の式守神(しきしゅがみ)を探すなら、わたしも探す手助けくらいは出来る。それに、本来なら式守神(しきしゅがみ)に頼らず、囲い師は囲いを(きわ)めるべきだわ」

 自信ありげに持論(じろん)を述べてから、言った当人は式守神(しきしゅがみ)を多用していることを思い出したのか、恥ずかしそうに付け加えた。

「まぁ、わたしも囲い師としては、まだまだ努力不足だけど………」

 蒼は、彼女の少し濁したような台詞に対して微笑み、先ほどの問われた答えを返す。

「暴れ神は乱暴な神様だが、結ぶだけで、祓わずにいるところを見ると、この辺りの重要な役割の霊体なのかも知れない。下手に祓うと、この辺りの神様たちの拮抗(きっこう)が崩れて、悪霊たちが増えたり、霊的障害が増えたりする恐れがあるな」

「祓った後に、代わりは立てられない?」

「立てることは出来るが、あこまで力の強い神様はそういないし、代わりの神様がどこまで力を出せるのかが問題だ。阿紀神社のような大きな神社に(まつ)ってもらえれば、時間を掛ければ、ある程度の力は出せる神様に育つと思うが、その辺りは華粧(かしょう)さんに(たず)ねないと、俺では確信がもてない。………それに、暴れ神を祓うにしても問題があるぞ。砂那はどこまで多角の囲いが出来る?」

 囲い師において、囲いのスピードや正確さは必要だが、多角な囲いも重要である。

 強力な悪霊が相手だったり、広域(こういき)な場所を囲うとなると、どうしても必要となる。もちろん多角な囲いの方が、固くて強力だ。

 蒼の問い掛けに、砂那は戸惑ったように目線を泳がせた。

「………えっと、コートに収容できるダガーが十六本有るから、コートを二つ用意して、一度だけ三十二囲いまではした事が有るけど………」

「三十二囲いって………」

 想像していたよりも大きな答えが返ってきて、蒼は少し目を見開いて砂那を見る。

 彼女の年齢で三十二もの囲いを使える者は少ない。しかも、その口調からすると、それで限界を感じていない様子だ。

 砂那は、蒼が思っているよりも、すごい人物かもしれない。

「それだったら、最初の方に行った小学校跡地は、校舎ごと囲えばよかったのに」

「えっ?」

「いや、ほら、あの時、ナイフは十六本しかなかったけど、八坂神社の時のみたいに、石でお札が飛ばないように固定すれば、三十二枚置けるし、大きく囲えば校舎ごと囲うのは可能だろ?」

「三十二っ……あっ!」

 蒼の答えを聞いて、砂那は今しがた気付いた様に、大きく口を開けてから真っ赤になった。

 全く考えもつかなかったが、たしかに三十二囲いなら、校舎ごと囲うことが出来る。これでは、完全にパンツの見せ損ではないか。

 それから砂那は何かに気付いたのか、座って少しだけ乱れている、淡いピンクのワンピースの裾を、蒼から見えないように伸ばしていた。

「話がそれたから戻すけど、暴れ神ごと、あの山の頂上部を囲うなら、三十二よりも多角な囲いが必要になるぞ。それを、囲えるか?」

「………多角な囲いね。あれなら五十囲いぐらいはいるかな?」

 砂那は思い出しているかの様に、少し上の方を見ながらすぐに答えを出した。やはり華粧(かしょう)の孫にあたる、なかなか鋭い見極め(がん)である。

 砂那は、祖母の華粧(かしょう)を師匠と当てている。

 戦術的な囲いを考案した、華粧の囲いの極意(ごくい)は、見極(みきわ)めである。

 目の前の悪霊を最適(さいてき)かつ、最小限の囲いで祓う。それにより早く祓うことを第一に考えている。

 たとえば、五つ囲いで祓える悪霊に、六つ囲いや、八つ囲いを使っていては、お札を張り付ける為の、余分な時間がかかるし、お札もばかにならない。小さなことのように感じるが、それで何体も囲っていくと、そのわずかな時間でも大きく違ってくる。

 確かに、華粧のその考えは合っているし、速さに関しては、囲い師においては最速だろう。

 だから、いち早くその最適な囲いを見極める()を、砂那は持っているのだ。

「五十囲いか。砂那は出来そうか?」

「………五十囲いは、今までやったことがないから解らないわ。………後で一度試してみる」

 砂那はそう言ってから、何が楽しいのか口元を緩めた。

「まぁ、それが出来れば祓うことは出来るかもしれないが………どうかしたのか?」

 その様子に気づいた蒼は、言葉を止めて砂那をみた。しかし、とうの本人は気付いていないのか、不思議そうに見つめ返して来る。

「………なに?」

「いや、笑っていたから」

 そこでやっと気づいたのか、砂那は自嘲(じちょう)気味に頷くと空を見上げた。

「うん、………何だか、嬉しかったから」

「うれしい?」

 蒼は砂那の顔を真剣に見続けている。それが解って恥ずかしかったのか、砂那は蒼を見ようとはしなかった。

「実は言うと、わたしも翠さんと同じなのよ。小さい時は何も出来なかった。………極端に体が弱くて、囲い師がどうのこうの言う前に、体力が全然無くて駄目だったの」

 そこでようやく、砂那は蒼の方を向いた。

「貧血ですぐ倒れたし、しんどくなって、良くもどしていたのよ」

 彼女は寂しそうに目を閉じた。

「………蒼はわたしのお父さんが、東京の総本山に勤めていることは知っているでしょ? わたしはそんな状態だから、東京に着いていくことが出来ず、奈良に居て、おばあちゃんの元で、体力を付けたり囲いを習ったりしていたの」

 彼女は簡単に話しているが、その話は今でも簡単で割り切れていない話だと、蒼にはわかった。それは砂那の表情が語っていたから。

 彼女は薄っぺらな笑顔を作り、辛そうな瞳を向けていた。

「だからわたしは、自分一人でも祓うことが出来るようになったと、証明しないといけないし、今まで出来なかった事が、出来るようになっていくのが嬉しいの」

 そう言って、乾いた笑いを漏らした。

 それが、砂那の願い。

 蒼はその話で、彼女の今までの態度も理解できた。

 一人で頑張っていたのも、強がっていたのも、すべては………認められたいから。

 その話から察するに、多分、囲い師の父親に。

 最初は、有名な囲い師の華粧(かしょう)に囲いを教わり、式守神(しきしゅがみ)にも憑いてもらい、総本山に入る土台が出来ている、何の苦労も知らないまま、囲い師のエリートの道に乗っかっている。そんな人物のように見えたのだが、そうではなかった。

 砂那も蒼と同じ。

 腕の傷や傷跡からも読める通り、彼女は必死に努力して、自分の力で囲い師と言う場所に立とうとしている。

 蒼はそんな砂那に、これまで以上に好感が持てたし、少しだけ、折坂(おりさか) 善一郎(ぜんいちろう)の事が嫌いにもなった。

 蒼は砂那を見ると、やさしく微笑んだ。

 彼女を守ってあげたい感覚。

 年も静香と同じくらいか、それよりも年下かもしれない少女。その感情は、静香に向けてと同じようではあるが、静香とは少しだけ違う感覚。

 しかし、その感情に戸惑いを見せずに、蒼は平常心のまま答えた。

「わかった、それならリーダーに従うよ。…………暴れ神を囲おう。祓った後は俺も一緒に対策を考える」

 蒼は力強く答える。砂那はその台詞に驚いた声を上げた。

「手伝ってくれるの? でも、契約は終わったんでしょ?」

「あれは、華粧(かしょう)さんとアルクイン拝み屋探偵事務所のな。………俺は働きが悪かったかリーダー? もう、チームから外されるのか?」

 少しおちゃらけた蒼の台詞に、砂那は急いで首を横に振った。

 今回の件は、彼が居なければここまでわかるのには、もっと数日かかっただろう。砂那一人では、翠さんが救急車で運ばれるまで気が付かなかったかもしれない。

「だったら、俺も気になることもあるし………砂那、まだ俺をチームの一員として手伝わさせてくれないか?」

「それは嬉しいけど、わたし、あまりおこずかい持ってないよ」

 彼女は蒼を雇用(こよう)すると考えたのだろう。心配した様子でそう口にする。

 蒼はいらないと首を振りかけたが、何か思い付いたのか、そのまま困った顔をした。

「だったら、お金の代わりに、一つだけ提案していいか?」

「ていあん?」

 蒼は立ち上がると、砂那と向きあった。

「砂那、俺と魔法の契約しよう」

 ただの感覚ではあるが、そう言った彼の後ろで、不細工な月が、少しだけ笑った気がした。それが一瞬の出来事で砂那の脳裏に焼きつく。

 突然の提案に、砂那は驚きの顔のまま、その姿をながめ続けた。

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