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真相

 あの後も答えが見つからず、夕暮れが町の建物をオレンジ色に照らしだす頃、二人は行き詰っていた。

 結局は小さな町だ。

 (そう)が地図で示した場所も、砂那(さな)が怪しいと思ったところも回り終え、残っている場所も見込みは薄そうだった。

 砂那は蒼にスマートホンを借りて、不慣れな手つきで地図とにらめっこをしていた。

 自分の記憶と地図を照らし合わせて、最近だけでなく、以前から怪しく思った場所を思い出しているのだろう。しかし、眉間にしわを寄せ、あまり上手く行っている様子ではなかった。

 その様子に蒼が話しかける。

「砂那、昨日の夜に(はら)っていた、()かれた犬はどこで出会ったんだ?」

 今まで調べて気にかかる事は二つあった。

 砂那には否定されたが、後半に全く手がかりの途絶(とだ)えた龍脈と阿紀神社(あきじんじゃ)との関係。それと、本日、立ち寄った場所は、確かに悪霊は多かったものの、それでも警戒するものは少なかったことだ。

 使われていない小学校などは、他の学校跡でも、あの程度の悪霊は普通にいるレベルだ。もし病院跡ならもっと多いぐらいである。

 砂那と出会った時のように、憑かれた動物など皆目(かいもく)見かけない。彼女には言わなかったが、あの程度の悪霊なら、蒼達が(はら)わなくても住民に被害が出ることは無かっただろう。

 砂那のスマートフォンをいじっていた手を止め、考えるように(あご)に手を置く。

「あの犬? あの犬達は昨日の家の近所の山でよ。………でも、あの辺りは空気が(よど)んで、悪霊が溜まりやすい場所は無いから、犬もどこかからか来たと思うけど」

 後半は蒼も彼女と同じ意見で、あの犬達は別の場所から来たものと考えていた。砂那が言ったようにあの山に空気の(よど)んだ場所はなかったからだ。

 しかし、わざわざ砂那の家の近くのあの場所まで、移動して来た理由は解らないし、蒼も砂那も犬達がどこから来たのかもわからない。

 犬から正解を探るのは無理だろう。

「それなら、これ以上は手掛かりが無いな。…………砂那、やっぱり………」

 一度は却下されているので、言いにくそうにしている蒼の台詞を砂那は奪った。

阿紀神社(あきじんじゃ)ね」

 そう言ってスマートフォンを蒼に返す。

「あぁ、もう一度見てみたいが、かまわないかな?」

「朝も行ったし、無駄足とは思うけどね。………だけど、正直、それ以外は思いつかないし、蒼の(かん)を信じてみるわ」

 砂那はぶっきら棒にそう言うと、桜色した自分のシティバイクにまたがった。その様子に蒼は少しだけ口元をゆるめる。

 彼女は何だかんだと言っても、ちゃんと蒼の意見を聞き入れてくれる。

 二人は夕暮れ間近の時間に追われながら、阿紀神社に続く坂の手前までやってくると、自転車を止めて坂道を見上げた。

 砂那の方は、顔をしかめた渋い顔を見せる。

 坂を目の前にして思い出したが、阿紀神社に行くには、この坂を登らなくてはいけない。さきほどを考えると、蒼は砂那よりも楽にこの坂を登っていくだろう。それは体力も関係あると思うが、ギヤがついているなど自転車の性能も大きいと思う。

 少しずるいと、砂那は蒼のロードバイクを(うらや)ましそうに眺める。

 蒼の方は坂道を見ずに、別の道を見ていた。

 阿紀神社に続く坂の前は、三叉路(さんさろ)になっている。今来た道と、阿紀神社に進む坂道、そしてもう一本の道。

 朝は阿紀神社ばかりに頭が行き、その道を気にせずに坂を駆け上ったが、その道は山の(ふもと)沿()うように続いていた。

「砂那、これはどこに行く道になる?」

 蒼はその、山の(ふもと)沿()うように続く道のほうを指差した。

「えぇっと、そっちに行ったら県民グランドよ。そこから、かぎろひの丘に抜けれるわ」

 この辺りで有名な観光名所の名前が出てくるが、蒼が聞いているのはそう言った意味ではない。

 蒼は阿紀神社に続く坂道を、もう一度見上げた。

 ここから山を見上げたら、薄っすらとではあるが綺麗な結びが見える。

 蒼は自転車のスマートフォンホルダーから、スマートフォンを取ると、自転車のアプリを起動して、さきほどから何度も見ている、こぐろの走った履歴を見てみた。

 こぐろも阿紀神社の綺麗な結びが気になったのか、迷わず坂を登っている。しかし、坂の上は道が途切れているので、同じ坂道を下り、元の道を引き返して別の場所に行っている。

 そう、三叉路のその道は、こぐろも行っていない。そして、その様子からして砂那も見ていないようだ。

 蒼は少しだけ目を細めた。

「――――なぁ、今度はこっちに行ってみないか?」

「………別に構わないけど」

 そちらに行っても怪しい所はないのか、彼女は怪訝(けげん)な顔をして居たが、蒼の意見に従がった。

 二人は三叉路を、坂とは別の道を向かって進んでいく。

 道は山の(ふもと)をぐるっと半周すると、民家の集まりと、砂那の言っていたフェンスが有るだけの県民グランド横に出てくる。

「ここはね、夏に花火大会とか盆踊りもするのよ………」

 どうでもいい情報を伝えながら、砂那も蒼と同じところをみて居た。蒼の(かん)が当たり少し戸惑っているのだ。

「砂那………これ、」

「……うん」

 蒼は砂那に目線を送る。砂那は頷いた。

 この場所は、山の麓を回ってきたので、さきほどの阿紀神社のちょうど裏手に当たる。そこに、この地域の(うじ)神様の神社が存在した。

 一つの山に二つの神社。

 その集落集落に氏神様が出来るので、どこにでも良く有る話だ。そこは問題ではない。

「八坂神社か」

 蒼は神社前に立っている観光客用の案内を読む。

 記載されている地図を見る限り、こちらは阿紀神社とは違い、小さくて完全に地域の氏神様を祀って有る神社のようだ。そして、その八坂神社に向かう為の、細い道が続いている。

 こちらは山道の様な道で、一応舗装はされているが、アスファルトではなくコンクリートの舗装された道路で、作られてからは整備がされておらず、路面が荒れていて坂がきつく、自転車で登るのは困難だろう。

 二人は自転車を降りて、山を眺め続けた。

 蒼から見た山の中腹部には、黄色や赤色が数か所に渡って見える。

「どうして、」

 いまだに目の前の現実が理解できないのであろう。砂那は解けなかった問題に、眉間(みけん)にしわを寄せたまま一言だけ言葉をもらす。

 彼女は、この山は阿紀神社の結び師によって守られていると思っていた。その先入観があるから今まで調べなかったのだ。しかしそれは、少しでも祓い屋をかじった人物なら当たり前のことで、誰もがそう考えるだろう。

 だが、いざ視てみると、ここが問題場所だと解る。

「とにかく行ってみよう。理由が解らない」

 蒼の声に、砂那は慌ててロングコートを羽織(はお)った。

 二人して八坂神社に向かう、ギリギリ車が通れるぐらいの細い道を歩いていく。道の土手(どて)は春先で草が刈りこまれておらず、あまり掃除が行き届いていない。その様子から、この時期は参拝人がいないのが解った。

 その為、夕日が草木に遮られ、道には申し訳ない程度の街灯が有るだけで、夕方なのにもう薄暗い。気温はこの道に入っただけで、二、三度涼しく感じられた。

 二人が坂を上がっていると、突如、ガサッと真横の草むらが揺れ、草と草の間に瞳だけが見えた。

 蒼は二歩下がり、間合いを測ってから左手を前に差し出し、砂那は素早くロングコートからダガーを取り出して、その状態のまま器用にお札を突き刺し、それを両手に握った。

 ガサッ、ガサッと、それはゆっくり、草をかき分けながら、腕だけを使い、()うように道に出て来る。

 髪の長い女性。着ているものは汚れている粗末(そまつ)なもので、乱れた髪の間から暗い瞳を覗かせ、――――蒼を見ていた。

 少し、背筋に寒気を感じ、体中の体毛が逆立つ。

 実体は無いが、霊視しなくても分かるほどハッキリ見える悪霊だ。しかも性質(たち)が悪い事ことに、視覚でも見ている者が嫌悪する状態をとって、悪意を周りに振りまいている。

 草むらから出てきたその女性は、―――腰から下は無かった。

 バサバサの長い髪の毛を引きづり、爪を地面に食い込ませながら、腕だけを使い、ズルズルと道に出てくる。下から見上げる暗い瞳だけは決して蒼を離さない。

 そして、道に出た途端、映像の早回しのように腕だけを使い、スピードを上げ蒼に(せま)って来る。

 蒼はさらにバックステップしながら、彼の持つ魔法、ターンイービルの詠唱(えいしょう)を始めるが、言葉よりも早く、それに追いつかれる。

 少しまずいなと、左手で右腕を触ったその瞬間、ドスっと、上半身だけの女性に、一メートル四十センチの大剣が突き刺さった。

 上半身の女性は腕を伸ばした状態のまま、蒼の手前で動きを止めた。

「―――砂那すまない、助かったよ」

 蒼は礼を言って砂那を見るが、彼女は助けたつもりはないのだろう、蒼を見ていなかった。

「わたしをほったらかしとは、いい根性ね」

 砂那は近寄ってくると、少し怒りの表情で悪霊を見下ろした。

 その悪霊は、生前に男性に対して恨みを持つ様なことがあったのだろう。だから、蒼を狙って来たと思うが、砂那にしてみれば、祓い屋として優れている、悪霊からすれば危険な方を先に狙ったと思ったのだろう。

 だから彼女は怒っている。

八禍津刀比売(やがまつとひめ)、どうやら、わたし達は誤解されているみたい。少し、わたし達の怖さを思い知らせてあげましょう」

 砂那はそう言って、振り返ると草むらを睨む。

 その瞬間に、ガサッガサッガサッと草が擦れる音をたてながら、山から道を越え、(ふもと)に向かって何かが逃げて行った。

 砂那の式守神(しきしゅがみ)は大剣を構えると、素早くそれに追いつき、再び大剣を突き刺している。砂那は手前の二体を囲っていた。

 蒼の前で上半身だけの女性は、ゆっくりと薄れていく。

「砂那、あまり深追いするな」

 山を下っていく悪霊を追いかけようとする砂那を、蒼は止める。

 今はこの辺りの、(けが)れが増えてきて、霊的障害や憑き物が増えて来た理由を探るのが先決である。悪霊ばかりを(はら)っていても、元を正さなくてはきりがない。

 砂那もそのことが解っているのか、そのまま追いかけずに足を止めた。

「もう、逃げちゃった」

「かまわない、今は原因を見つけよう」

「………そうね」

 砂那は(くや)しそうに顔を上げ、釣り目を少し細めて山を見た。

 結びは消えたわけではない。きっちりと存在している。だと言うのに、山に登っていくにしたがい、ドンドンと悪霊は増えていく。普通なら逆だし、本来は山を上がっていくたびに、悪霊たちは減らないといけない。

 暴れ神を抑えつつ、その霊力で周りも浄化している。それほどこの山の結びは素晴らしいはずだ。

 一向(いっこう)に減らない悪霊たちの、邪魔になるものだけを祓っていき、二人は坂を登り八坂神社の境内に続く参道(さんどう)にたどり着いた。

 参道には赤く塗った手創りの燈籠(とうろう)が連なっており、二人はその間を抜け、背の低い鳥居を(くぐ)ると、八坂神社の境内についた。

 八坂神社は、ご神木の杉の木の近くに手水舎(ちょうずや)があり、幣殿(へいでん)と呼ぶのも気劣(きおと)りするほどの賽銭箱(さいせんばこ)があり、その奥に本殿があった。小さいながらも立派な作りの神社だ。

 その中で異様なところは、境内の片隅にある、祭りなどの決め事で地元住民が集まる社務所だ。

 入り口の()りガラスの引き戸は閉じられているが、問題はその後ろで、阿紀神社から伸びる結びの結界がある。

 二人はその様子から目を離せず、ようやく分かった答えに息を飲みこんだ。

 阿紀神社から伸びてきた結びは、社務所の後ろで結界が切られていて、結界の切れた穴を埋めるように囲いの結界が張られていた。

 結びの結界が壊れたから、継ぎ足しのために囲いの結界を張ったとは考えにくい。何か意図(いと)があってそうしているとしか考えられない。

 それに、これも何か理由があるのか、社務所自体も囲いの結界の中に飲み込まれていた。

「………………砂那、この町に折坂家以外の囲い師はいるのか?」

「えぇ、居ることは居るけど、三代前に霊能力が途絶(とだ)えて衰退(すいたい)しているはずよ」

 それなら、今この町で囲いが使えるのは、砂那と、砂那の祖母の華粧(かしょう)のみになる。

「なら、この町以外から来た部外者か……………」

 しかし、こんな器用な囲いを張るのは、それなりの熟練者で有るのは間違いないはずだ。

 ただ、熟練者のわりには、切った結びの結界の穴と、囲いの結界の大きさが合っておらず、いくつもの隙間ができているなど、いい加減さが気になるのだが。

 蒼は頭の中に二人ほど思い当たる人物を思い描いたが、この町にはいないと頭を振り払った。

 この結びは暴れ神を抑え込むものであるが、そういった力の強い神様なら、他の霊も寄ってくる。

 暴れ神のように負の要素が強い神様なら、負の要素の強い霊たちも。

 要は、その穴から悪霊たちが出てきているのである。

 龍脈をつたい、廃校の小学校や農免道路(のうめんどうろ)に出てきた霊たちも、ここの結界の隙間から逃げてきたのだろう。

 そう、今回の真相は囲い師による人災であった。

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