小説家になることを諦めた日
「はぁ……さみいなあ」
「そうね、寒いわね。寒い寒いばっかり言う正和の発言で余計寒くなってくる」
だって寒いんだからしょうがないじゃないか。暑いときは暑いって言いたくなるし、寒いときは寒いとしか言えなくなる。これが人間ってもんだろ。
それにしても……冷たいなあ。俺の幼馴染、恵子の発言はとても冷たい。大学への道を一緒に歩いているけれど、言葉に温かみが感じられない。そんな恵子の発言にめげずに、俺は会話を続ける。
「こたつの中に入りながらできる職業って小説家ぐらいしかないかなあ?」
家を出ないで、冬は1日中こたつに入りながら、夏は1日中クーラーの中で何でもできたら、それほど幸せなことはない気がする。
「漫画家とかデイトレーダーとか、ネットショップ開設とか内職とか、いろいろあるでしょ? もう大学3年生なんだから、そろそろ就職活動しなさいよ。そのままだとニート一直線よ」
ほんとに恵子の言葉は手厳しい。事実というものはどんな罵声よりも傷つけるというのは本当だ。
「うん……まあ、そうなんだけどね。漫画家は絵心ないし、デイトレーダーはリスクが大きいし、ネットショップ開設するような技術力持ち合わせてないし、内職するのってめんどくさい割に見入り少ないし……やっぱり小説家が楽だよなあ。どんだけ売れなくたって、先生って言ってもらえるし」
「……正和、あんた小説家なめてるでしょ。小説だけで飯食ってこうと思ったって、ほぼ無理なんだから。それこそバイト片手間にやらないとどうしようもないぐらい、生活は困窮するわよ。大体小説を書くこと自体、ものすごーく難しいことなんだからね。あんたの実力じゃたぶん無理じゃない?」
「そんな事ないだろ。面白いか面白くないか、長編を書けるか書けないか、未完結でも問題ないか、を別にすれば、小説くらいなら誰だって書けるって」
「すべて必須項目だと思うんだけど」
う……け、けど、未完結でも小説家にはなれる。夏目漱石の『明暗』だって、川端康成の「たんぽぽ」だって、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だって未完じゃないか。
「ま、でもそういう事を言うなら……わかった。それじゃ、私が審査したげるわ」
「し、審査ってなんだよ?」
今から俺に小説書けって言ったって、まだ1文字も書いていない状態だ。ある程度の分量の小説を書くにはやっぱり数日では書けない。そんな自分に対して、恵子はいったい何を審査しようってんだろう。
「別に、正和はいつも通り、会話してればいいの。それで大体わかるから」
「なんだよそれ……」
不審に思いながらも、恵子の言うとおりいつも通り、他愛もない会話を続けることにした。
「しっかし、今日はほんとに寒いなあ。しかも、昨日夜更かししちゃって、超睡眠不足。しかも今日はあの禿山先生……レポートすげえ量出すしなあ……まじアタマがいたくなっちゃうよ、いつもの学」「ストップ」
いつも通り会話をしようとしていたら、突然会話の途中で遮られた。
「なんだよ、恵子」
「『アタマがいたくなっちゃうよ、いつもの学校いつもの教室』というのは、CHICKS作詞作曲の『すいみん不足』という歌詞の一部となってるので、勝手に使用すると著作権法違反となる」
「ちょ! ちょっと待てよ!? 今、ただ単に会話してただけだぞ」
「知らなかったの? 何気ない会話がいつの間にか著作権法違反になるなんてざらよ? 正和、あなたが行こうとしている世界は」
「いやいやいやいや、そんなことないよ。そんなことあるわけがないって」
「ストップ。今の『いやいやいやいやいや そんなことないよ』という部分はクチロロの『Everyday』という歌詞の一部となってるので、勝手に使用すると著作権法違反となる」
「や、ちょっと待てって」
俺はいったん歩くのを止めて、恵子が言ってたことを反復して考えようとした。
けど、恵子は俺が止まっても、気にせず学校へ向かって歩き続けている。
「ってちょっと待てよ! そんなずんずんずんずん1人で歩いていくなって!」
「ストップ。今の『ずんずんずんずんずん』はドリフターズの『ドリフターズ ドリフのズンドコ節 』という歌詞の一部となってるので、勝手に使用すると著作権法違反となる」
「か、勘弁してくれよ……そんなこと言ったら、何にも書けないし言えないじゃんか」
「それがあなたの選んだ道」
「いや、無理だろ!? 毎日毎日くだらないことを話すんのが俺の生きがいだってのに!」
「正和の生きがいってずいぶんわびしいね。あ、ちなみに『毎日毎日くだらないことを』はゆずの『友達の唄』という歌詞の一部となってるので、勝手に使用すると著作権法違反となるよ」
「どれだけ厳しいのさ著作権!?」
「2007年までは日本で著作権にひっかっかるからって『ハッピーバースデーハッピーバースデー』って歌えなかったらしいよ?」
「馬鹿じゃないの著作権!」
「私に怒ったってしょうがないでしょ」
「誰だよ、そんな無茶苦茶な法を考えた奴は! 弱者を守るための法が、表現の自由を奪っちゃってどうするってんだ! どっかの誰か知らないけど、訴えるよ、訴えるよ、訴えてやる!」
「意気込みは素晴らしいけど、『訴えるよ、訴えるよ、訴えてやる』は木村カエレの『フラジール・ガール』という歌詞の一部となってるので、勝手に使用すると著作権法違反となるよ」
「もうやだ著作権!」
……こうして俺は、小説家の夢をあきらめた。
自分で自分の首を閉めてるような話です……。
1小節くらいでは、特に問題ないとかかんとか。
というか、1小節でダメって言われたら、
『今日は楽しい雛祭り♪』
『たき火だたき火だー』も使用料が(汗
『言いたいことも言えない、こんな世の中じゃ』
ってどこかで書いたら、お金、とられるんでしょうか。
参考
『「JASRAC「Twitterで歌詞つぶやいただろ?金よこせ」」 をTwitterに投稿する』
http://alfalfalfa.com/archives/387652.html
『「ハッピー・バースデー」はもう歌えない」』
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040519