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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第一章

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22/29

22. 怪物 vs 怪獣

 シルヴィアって、

 

 ククルゥって、

 

 俺にとってなんだ?



 ただ気まぐれで拾った少女。

 見下したやろうと思っていた奴隷。

 都合が良いから使ってやってた。

 

 

 ——本当にそうだったか?

 

 

 頭が良くて、

 よく口が回って、

 気が利いて、

 たまに変態っぽくて、

 神経質で、

 何考えてるのか実はよく分からなくて——。


 それで、

 いつかの自分に重なる、

 心に闇を抱えている少女。

 

 勝手に感情移入して、

 不条理に曲げられた彼女の人生を、

 正しい道に戻してやりたい。

 

 そんなことを偉そうに考えていたんじゃないか?

 

 ああ、思い上がりも甚だしいな。

 

 でも、彼女はまだまだ若い。

 やり直せる。

 

 誰にも振り回されず、

 自分の生きたいように、

 ただ楽しく生きて良いんだよって。

 そう伝えたかった。

 そう思って欲しかった。


 わかってる。

 自己満足だ。

 エゴの押し付けだ。

 それでも、彼女が自由に生きてくれることが、かつての俺自身への救済に繋がると心のどこかで思っていた。

 

 そうだ。

 要するに、シルヴィアは——俺の希望だったんだ。


 

 この山中の生活で過去のトラウマと向き合っていたのは、シルヴィアだけではなかった。

 彼女を通して、俺自身が前世の後悔と決着を付けようとしていたんだ。


 前世の亡霊ではなく、俺が本当の意味でベルベット・カースナーになるために。


 

「遅いんだよ……今さら、そんな…………」


 失いかけて初めて、掌から零れ落ちそうなモノの大きさと、自分自身の本意を理解した。

 

 一遍(いっぺん)死んでも、

 俺のこういうバカさ加減は治らないらしい。

 いつだって大切なことに気づくのが遅すぎる。

 

 いや、諦めるな。

 まだ間に合うかもしれない。

 

 間に合わせるんだ。


「シルヴィア。お前にはまだ聞きたいことも、言ってやりたいことも、山ほどある。勝手に死ぬんじゃねぇ」


 彼女の頬をそっと撫でる。

 まだ、息はある。

 

 傷の具合を確かめる余裕はない。

 ただ信じるしかない。

 

「こんな終わり方は、認めない」


 シルヴィアを地面に寝かせ、俺は目の前の怪獣を見据える。


 その体躯は直立した熊を思わせた。

 がっしりとした二足歩行のシルエット。

 肩までの高さはおよそ二メートル。

 全身を覆うのは、漆黒に近い濃灰色の剛毛。

 その毛の一本一本が、奴の獰猛さを象徴するように逆立っていた。


 まだ俺という存在に対して明確な敵意はない。

 だが、これから目の前の小さな命(オモチャ)をどうしてやろうかと、鼻をヒクつかせながら首を傾げて品定めしている。

 自分を圧倒的強者だと信じてやまない獣の仕草だ。

 

 舐めやがって。


 普段ならその鼻っ面に拳のひとつも叩き込んでやるところだが、今は時間がない。

 それに、この怪獣はヤバい。

 

 コイツは今しがた仕留めた()()に見向きもしていない。

 それは、捕食目的で狩りをしていないことを意味する。


 ただ優越感に浸るためだけの虐殺。

 知能の高い動物に見られる習性だ。

 

 力を持ち、

 知恵を持ち、

 そして残虐性を持つ。

 

 やはり正しく、怪獣。

 

「グゥゥゥ……」

 

 喉を鳴らし、ゆっくりと俺の周りを歩く。

 標的はこの場で唯一立っている俺に固定されていた。

 それに気づいた俺は、少しずつシルヴィアから距離を取るように移動する。

 奴から目を離すことなく、後ろ歩きに森の奥へと。


 そして、奴は前触れもなく駆け出した。

 

 巨体に似合わぬ滑らかな足運び。

 俺を完全な弱者と見定めた上で、

 どう(なぶ)り殺すかを決めたらしい。

 巨大な爪の生えた手を振り上げた。


 その一撃は驚異的な威力を持つ。

 だが、技術がない。


「所詮は獣か。安直だな」


 ここで初めて俺の方から距離を詰める。

 風を唸らせる剛腕を掻い潜り、

 懐にあったナイフを突き立てる。

 

 硬い剛毛によって、横薙ぎの斬撃が阻まれた。

 

「硬すぎんだろ!? カーボン繊維かよ!」

「グゥァアアアア!」


 俺の一撃など意にも介さず暴風のようなラリアットが飛んでくる。

 身を屈めて避けると、後頭部を掠める破壊の嵐に身の毛がよだつ。

 それでも俺は足を止めない。


 今度は背後に回り込んで、シンプルな刺突を叩き込む。

 ずぶりと肉を穿つ感触があった。

 致命傷には程遠い手傷だ。

 それでも、ダメージを与えることはできた。


「なるほど。一点突破の突きなら有効打になるわけだ」

 

 怪獣は苛立たし気に唸り声をあげ、遠心力を乗せた振り向きざまの拳を俺の顔面めがけて振り抜いた。

 俺は仰け反りながら攻撃を躱す。


 躱したはずだった——。


「ぐっ!?」

 

 顔面に引き裂かれる鋭い痛み。

 猛烈な勢いで振り抜かれた鋭爪が、わずかに届いていた。


 俺の顔面から鮮血が舞う。


 マズいッ!

 

 俺は怪獣の一撃が生み出した風圧で後方へ吹き飛ぶ。

 ゴロゴロと転がって、木に激突した。


 のたうち回りたくなる痛みが全身を支配するが、敵はそんな俺を待っちゃくれない。

 既に濃密な殺気を纏う獣が迫っていた。


 考えてる暇はねぇ。

 一か八かだ!


 咄嗟に眼帯を剝ぎ取った。

 

 そのまま俺は動かない。

 鎖の魔眼の発動条件は、俺に向けられる強い感情だ。

 見下す程度の意識では、あの巨体を完全に縛り付けることはできないかもしれない。

 

 だから、隙を晒す。

 恐怖で足がすくんだ子供を演じる。

 

「……ッ」

 

 浅く息を吸い、わざと肩を震わせた。

 視線を伏せ、後ずさる。

 

 その瞬間、怪獣の喉の奥から下劣な歓喜の音が漏れた。

 俺の怯えを察知し、明確な加虐心と愉悦(ゆえつ)がその黄色い瞳に灯る。

 

 ドンッ、と。

 地面が爆ぜた。

 怪獣の巨躯が、砲弾のような速度で跳躍する。

 振り上げられた丸太のような腕。

 その先端に光る、五本の鋭い爪。

 それは、正に暴力の具現化だ。

 

 それが届く直前——俺は右目を見開いた。

 

 視線が交差する。

 

 ——ピタ。

 

 空気を(つんざ)く風切り音が消えた。

 敵の巨体が、目前で硬直する。

 重力の法則を無視するように不自然な姿勢で停止し、


「グゥゥッ!?」


 戸惑いの声を漏らしてこちらを見つめた。

 怪獣はピクリとも動かない。

 ただ、眼球だけが異常な事態を理解できず、狂乱したようにギョロギョロと動いている。

 

 俺という弱者への加虐心。

 それが、奴の命取りになった。

 

 俺に対する強烈な感情がトリガーになって、魔眼の餌食になったのだ。

 

 語る言葉はない。

 俺はナイフを逆手に握り、倒れ伏した巨体へ歩み寄った。

 

 剛毛に覆われた外皮は刃を通さない可能性がある。

 狙うのは、装甲のない柔らかな部分。

 怪獣の頭部、その黄色い眼球を見据える。

 恐怖で小刻みに震える瞳孔のど真ん中へ、刃を突き立てた。

 

「……ッ!?」

 

 奴は拘束により悲鳴すら上げられない。


 眼球を突き破り、刃を脳髄まで深々とねじ込む。

 柄の根元まで押し込み、手首を返して脳を直接掻き回した。

 ビクン、と巨体が一度だけ痙攣し、完全に力が抜けた。

 ナイフを引き抜く。

 粘り気のある体液と血が刃から滴り落ちる。


 残った片方の目から生気が抜けていく。

 やがて、怪獣は物言わぬ肉塊へと成り果てた。



 勝ったのか?

 あの怪獣に。


 荒く息を吐いて、俺はシルヴィアのもとに戻ろうとする。

 だが、気づけばガクンと膝からその場に崩れ落ちていた。


「チクショウ……せっかく、倒した……っての、に…………」


 ダメだ。

 意識を手放すな。

 俺が倒れたら、誰がシルヴィアを——。


 


 そこで、俺の意識は完全に途絶えてしまった。

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