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勇者の冒険記  作者: Leon
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勇者の道

これは、Fランク冒険者から勇者ランクへ成りあがる話。主人公の名はアレン。彼の冒険が今始まろうとしている。

第1章:Fランクの現実と錆びた剣

アルム王国の辺境、ベルク村。 昼間でも薄暗い森の湿気を含んだ風が、アレンの頬を撫でた。彼は息を潜め、目の前の茂みを凝視していた。


「……よし、今だ」


アレンが飛び出し、錆の浮いた鉄の剣を振り下ろす。鈍い音と共に、「角ウサギ」が絶命した。 これがFランク冒険者、アレン・ベルクの日常だ。魔王討伐どころか、村の近くで小動物を狩り、畑を荒らす害獣を駆除するのが精一杯の日々。


「ふぅ……これで今日は3匹目。宿代にはなるか」


アレンは汗を拭い、獲物を腰に吊るした。 18歳になったアレンは、同年代の若者が王都へ働きに出たり、才能ある者が魔術学院へ進む中、一人村に残り冒険者を続けていた。


ギルドの酒場に戻ると、冒険者たちの喧噪が耳に飛び込んでくる。話題はもっぱら「勇者」たちのことだ。


「おい聞いたか? 『北の勇者』ヴォルフガング様が、極寒の地で氷の巨人を単騎で粉砕したらしいぞ!」 「さすがだなあ。Sランクから特進しただけのことはある。『西の勇者』のエレイン様も、砂漠の古代遺跡を攻略したって話だ」 「四人の勇者がいりゃあ、復活しかけてる魔王なんてイチコロだろ。俺たち下級冒険者は気楽なもんだ」


アレンはカウンターの隅で、安酒を煽りながらその話を聞いていた。 (北、南、東、西の勇者……。雲の上の存在だ)


冒険者のランクは、下からF、E、D、C、B、A、S、そして規格外の「勇者」。 Fランクのアレンにとって、彼らは神話の住人のようなものだった。だが、アレンの胸の奥には、常に焦燥感のような火種が燻っていた。


幼い頃、亡くなった祖父はよくこう言っていた。 『アレン、お前には誰よりも強い力が眠っている。だが、それは優しい心と共に使わねばならん。いつか時が来ればわかる』と。


しかし現実は残酷だ。魔力検査は最低値、剣術の才能も平凡。村のみんなは「ベルク家の変わり者」とアレンを呼んだ。


「よう、アレン。また角ウサギ狩りか?」


声をかけてきたのは、同じ村の幼馴染であり、Dランク冒険者としてパーティを組んでいる戦士のガイルだった。彼は皮肉っぽい笑みを浮かべているが、どこか心配そうな目もしていた。


「ああ。地道にやるさ」 「お前も諦めが悪いな。もうFランクのまま3年だろ? 畑仕事でも手伝った方がマシなんじゃないか?」 「……俺は、やらなきゃいけない気がするんだ。何となくだけど」


アレンが弱々しく返すと、ガイルは肩をすくめて自分の席へ戻っていった。


その時だった。ギルドの扉が激しく開かれ、血まみれの男が転がり込んできた。 「た、助けてくれ! 森の奥……『オーク・ジェネラル』が出た!!」


酒場が凍りついた。 オーク・ジェネラル。それはBランク相当の魔物だ。通常、辺境の森になど現れるはずがない。しかも、男の背後にはさらに絶望的な報告が続いた。


「村の北側だ! 木こりの親子が逃げ遅れてる!」


北側。そこはアレンの家がある方角であり、祖父の墓がある場所でもあった。 ギルドマスターが叫ぶ。 「この場にCランク以上はいるか!?」 「いや、今日は皆、王都の遠征に出払ってる! ここにいるのはEとF、良くてもガイルたちDランクだけだ!」


Bランクの魔物を相手に、Dランク以下の冒険者が挑めば虐殺される。誰もが動けなかった。ガイルでさえ、青ざめて剣の柄を握りしめているだけだ。


だが、アレンの体は勝手に動いていた。 「俺が行く」


「はあ!? お前バカかアレン! Fランクのお前が行って何になる! 死にに行くようなもんだぞ!」 ガイルの制止を振り切り、アレンは店を飛び出した。 恐怖で足が震える。心臓が破裂しそうだ。それでも、行かなければならないという衝動が理性を凌駕していた。


(じいちゃんの墓が、あそこにはある。それに……)


森を全力で駆ける。やがて、異様な殺気と血の匂いが漂ってきた。 木々がなぎ倒された開けた場所に、それはいた。 身長3メートル近い巨躯。全身を鋼のような筋肉と粗末な鎧で覆い、巨大な戦斧を引きずっている。オーク・ジェネラルだ。 その足元には、木こりの親子が腰を抜かして震えている。


「グルルァアアア!!」 オークが戦斧を振り上げた瞬間、アレンは親子の前に滑り込んだ。


「逃げろ!! 早く!!」 「ア、アレン!?」 「いいから行け!!」


アレンは錆びた剣を構えた。オーク・ジェネラルがその小さな障害物に気づき、嘲笑うかのように鼻を鳴らす。 戦斧が横薙ぎに振るわれた。


ガギィッ!!


アレンは剣で受け止めたが、衝撃で身体ごと吹き飛ばされた。 背中の木に激突し、口から血が噴き出す。 「がはっ……!」 腕の感覚がない。剣は真ん中から折れていた。


(やっぱり、無理なのか……。俺じゃ、誰も守れないのか)


オークがゆっくりと近づいてくる。死の足音。 視界が霞む中、アレンの手が地面を探る。何か武器になるものを。 その時、指先が地面に埋もれた「何か」に触れた。


それは、アレンが子供の頃、祖父の家の裏手にある古いほこらで見つけ、ごっこ遊びに使っていた「ただの棒きれ」のようなものだった。なぜこんなところに落ちているのか。 いや、違う。吹き飛ばされた衝撃で、祠の一部が崩れ、長年封印されていたそれが露わになったのだ。


泥と錆にまみれた、装飾のない古びた剣。


だが、アレンがそのつかを握った瞬間。 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


熱い。 指先から、腕、肩、そして全身へと、血管をマグマが流れるような熱さが駆け巡る。


『……我が血を継ぐ者よ。時は満ちた』


脳内に直接響くような声。それは祖父の声にも、もっと威厳のある誰かの声にも聞こえた。


オーク・ジェネラルがトドメの一撃を振り下ろす。 アレンは無意識に、その古びた剣を振り上げていた。 身体の奥底から湧き上がる力が、剣身へと収束する。泥と錆が弾け飛び、その下からまばゆいばかりの白銀の輝きが放たれた。


「うおおおおおおお!!」


アレンの咆哮とともに、白銀の閃光が走る。 オークの戦斧ごと、その巨体が両断された。


一瞬の静寂。 巨大な魔物が、音もなく崩れ落ちる。 アレンは呆然と、光を失い再びただの古びた剣に戻ったその武器を見つめた。


「俺は……今、何を……?」


遠くから、ガイルたち冒険者の叫び声が近づいてくる。 だが、アレンの耳には届いていなかった。 彼はただ、自分の手のひらに残る、恐ろしいほどの熱の余韻に震えていた。


これが、初代勇者の末裔、アレン・ベルクの覚醒の始まり。 そして、過酷な運命の幕開けであった。



第2章:王都からの使者と、動かない剣

オーク・ジェネラルが絶命した森の開拓地は、異様な静寂に包まれていた。 アレンの手の中で、白銀に輝いていた剣は、光が嘘であったかのように再び泥と赤錆にまみれた「ただの鉄屑」へと戻っていた。


「はぁ、はぁ……」


全身の力が抜け、アレンはその場に膝をついた。 遅れて到着したガイルたちが、目の前の光景に言葉を失っている。 「おい、嘘だろ……。これ、Bランクのオーク・ジェネラルか? まるで豆腐みたいに真っ二つじゃねえか」 ガイルがアレンの肩を掴んで揺さぶった。 「お前がやったのか? Fランクのお前が? どうやって!?」 「わから、ない……。無我夢中で、こいつを振ったら……」


アレンは錆びた剣を見つめた。今の自分には、先ほどの熱の欠片も感じられない。ただ重いだけのガラクタだ。


翌日、ベルク村の冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 回収された魔物の死体は、まぎれもなくオーク・ジェネラル。本来なら騎士団の一小隊が命がけで戦う相手だ。


「信じられん……」 ギルドマスターが検分表を見ながら唸る。 「魔力痕跡はほとんどない。純粋な『斬撃』のみで、Bランクの魔物の鋼皮と骨を一刀両断している。北の勇者ヴォルフガング様のような剛剣だ」


視線がアレンに集中する。称賛よりも、疑念と困惑の眼差しが多かった。 「まぐれだろ」「何かのアイテムを使ったんじゃ」「いや、あいつはベルク家の……」


「静粛に!!」 マスターが机を叩いた。 「方法はどうあれ、村を救い、格上の魔物を討伐したのは事実だ。規定に基づき、アレン・ベルク。本日付で貴様を『Eランク』へ昇格させる。……特例中の特例だがな」


ギルドカードの文字が『F』から『E』へと書き換えられる。 たった一階級。だが、アレンにとっては遠い夢だった一歩だ。 しかし、アレンの心は晴れなかった。あの力の正体がわからない恐怖があったからだ。


その日の夕方。村に一台の豪奢な馬車が到着した。 降り立ったのは、白銀の鎧に身を包んだ男。胸には王家の紋章。 王都の近衛騎士だ。


「ここにかつて英雄と呼ばれた者の末裔がいると聞いた。アレン・ベルクとは誰だ?」


酒場にいたアレンが恐る恐る手を挙げると、騎士は鋭い眼光でアレン、そして腰の錆びた剣を一瞥した。 「私は近衛騎士団長補佐、ゼクス。王都の魔導レーダーが、この辺境で『勇者級』の魔力スパイクを感知した。……貴様か?」


「いえ、俺はただの……」 「謙遜は不要。あるいは無自覚か。だが、その腰の剣……ただのナクラではないな」 ゼクスは興味深そうに目を細めた。 「貴様に王都への招集命令が出た。冒険者としての活動範囲を広げたいのだろう? 王都のギルド本部で再検査を受けろ。場合によっては、勇者選抜の予備枠に入る可能性もある」


「勇者、予備枠……?」 アレンの心臓が早鐘を打つ。 幼い頃の祖父の言葉。『いつか時が来ればわかる』。 ここを出れば、何かがわかるかもしれない。


「行きます。俺は、自分が何者なのか知りたい」


アレンが決意を口にすると、背後でガイルが荷物を背負って立っていた。 「水臭いぞアレン。俺も行く。Dランクのお守りがなきゃ、王都についても野垂れ死ぬだけだろ?」 「ガイル……」 「それに、お前のその『謎』、一番近くで見届けさせろよ」


こうして、アレンは生まれ育った村を後にすることになった。 目指すは王都アルカディア。 そこには、世界の希望である「南の勇者」レオンがいるという。


アレンはまだ知らない。 この旅路が、やがて四人の勇者すべてを巻き込み、世界の嘘を暴く戦いになることを。 そして、隣で笑う親友ガイルに、過酷な運命が迫っていることを。



第3章:Dランク『王都の洗礼と傲慢なる太陽』

王都アルカディア。 高さ50メートルを超える白亜の城壁と、天を突く尖塔群。人口100万人を擁する人類最大の都市。 アレンとガイルは、圧倒的な威容を誇る王都の門をくぐった。


「すげえ……。ベルク村が丸ごと入っても余る広さだぞ」 ガイルが口を開けて見回す。だが、行き交う人々、特に冒険者たちの目は冷たかった。二人の装備が、あまりに田舎臭く貧相だったからだ。


中央ギルド本部は、まるで神殿のような建物だった。 受付でアレンが紹介状を出すと、周囲からクスクスという失笑が漏れた。 「おい見ろよ、あの錆びた剣。ゴミ拾いでもしに来たのか?」 「Eランク昇格直後? まぐれ当たりだろう」


その視線の中、試験官として現れたのは、あからさまに貴族然とした青年剣士だった。 「私が試験官のクリオスだ。田舎者の実力、見定めさせてもらおう」 クリオスはCランク。手には魔法銀ミスリルのレイピアが輝いている。


試験は模擬戦だった。 「始め!」 開始の合図と共に、クリオスの突きが疾風のように迫る。 速い。アレンは錆びた剣で防ぐのが精一杯だ。 「どうした! 防戦一方か! その汚い剣と同じで、腕も鈍らだな!」


アレンの剣は沈黙したままだ。あの時の熱さは微塵も感じられない。 (くそっ……やっぱり、俺には力なんてないのか?) アレンが膝をつくと、観衆から嘲笑が起きる。


クリオスは勝ち誇り、視線を観客席のガイルへ向けた。 「おい、そこの薄汚い連れ。友人が無様に這いつくばる姿はどうだ? お前らのような底辺が、勇者を目指すなど片腹痛いのだよ!」


その言葉が、アレンの心臓を鷲掴みにした。 自分を馬鹿にするのはいい。だが、共に夢を追いかけてくれた親友を侮辱するのは許さない。


(謝れ……ガイルに、謝れ!!)


ドクン。 錆びた剣の芯で、心臓が鼓動した。 熱い。だが、暴走するような熱さではない。もっと重く、鋭い感覚。


「……うおおおっ!」 アレンが踏み込む。クリオスは鼻で笑い、レイピアで迎え撃とうとした。 「遅い!」


ガギィッ!!


金属音が響き渡り、宙を舞ったのは――折れたミスリルの刃だった。 アレンの錆びた剣が、クリオスの剣ごと肩の防具を粉砕し、寸前で止まっていた。 「ひっ、あ、あ……」 クリオスが腰を抜かす。静まり返る修練場。


「そこまでだ」


凛とした、だが絶対的な権威を持つ声が響いた。 群衆が海のように割れる。現れたのは、黄金の髪をなびかせ、真紅のマントを羽織った美青年。 背負った大剣からは、隠しきれない魔力が陽炎のように立ち上っている。


「南の勇者、レオン様だ……!」 誰かが震える声で言った。


レオンはアレンを見下ろすことなく、ただ「つまらない」と吐き捨てた。 「力任せの野蛮な剣だ。美しくない。……だが、合格でいいだろう。雑兵としては使える」


「あ、ありがとうございます……!」 アレンが頭を下げるが、レオンは既に興味を失い、取り巻きの女性たちと共に歩き出していた。 「行くぞ。魔王討伐の作戦会議がある。FやEの相手をしている暇はない」


すれ違いざま、レオンが一瞬だけアレンの剣を見た。 「……ゴミ溜めにも、稀に光る石はあるか。せいぜい磨いておけ」


それだけ言い残し、勇者は去っていった。 圧倒的な格差。アレンは拳を握りしめた。悔しさではない。あの背中が、あまりに遠すぎたからだ。


「アレン! お前、すげえよ!」 駆け寄ってきたガイルが背中を叩く。 「あの嫌味な貴族の剣をへし折るなんて! これで晴れてDランクだ!」


アレンは自分の剣を見つめた。錆は落ちていない。だが、確かな手応えがあった。 『守りたい』『許さない』という強い意志に、この剣は応える。


「ああ、行こうガイル。俺たちはまだ、始まったばかりだ」


その夜、王都に急報が入る。 『東の勇者』との連絡が途絶えた、と。 アレンたちが足を踏み入れたのは、栄光の道ではなく、絶望への入り口だったのだ。


第4章:Cランク『東の勇者の失踪』

王都に激震が走った。 「東の勇者パーティ、全滅を確認」という一報は、瞬く間に冒険者たちの間に広まった。不沈を誇った勇者の一角が崩れた事実に、酒場から笑い声が消えた。


アレンとガイルは、その遺品回収と現場調査の補助という任務を命じられた。建前は「有能なDランクの抜擢」だが、実態は「死んでも惜しくない使い捨ての盾」だ。


「……空気が重いな、アレン」 東の国境近く、深い霧に包まれた「黒死の谷」。ガイルが剣を握り直し、不安げに呟く。 「ああ。何かが、これまでの魔物とは違う」


谷の奥へ進むと、そこには地獄が広がっていた。 東の勇者の盾だった重戦士、高名な魔術師、そして慈愛で知られた僧侶。彼らが、まるでゴミのように地面に転がっていた。 そして、その中心。かつて「東の勇者」と呼ばれた男が、自らの聖剣を杖にして、立ったまま息絶えていた。


「……そんな、あの東の勇者が……」 ガイルが声を震わせる。


「ククク……。勇者というから期待したが、この程度か」


霧の向こうから、一人の男が歩み寄ってきた。 人間ではない。額に一本の角をもち、漆黒の魔力を全身から放つ「魔族」だ。 「魔王軍十二将、影のハザマ。貴様らのような羽虫が、墓掃除に来たか」


ハザマが指を鳴らすと、影が槍のように伸び、アレンたちを襲う。 「アレン、危ない!」 ガイルが盾で弾くが、その一撃だけで盾がひび割れた。Dランクの装備では、魔王軍幹部の攻撃は一撃すら耐えられない。


「やめろ……!」 アレンが錆びた剣を抜く。 しかし、ハザマは冷笑を浮かべ、瞬時にアレンの背後に回った。 「遅い。貴様が、この勇者の仇を取るというのか?」


死が、首筋をなぞる。 アレンは死を覚悟した。だがその時、東の勇者が握りしめていた「聖剣の破片」が、アレンの腰の錆びた剣と共鳴し、眩い光を放った。


「なっ、その剣……! まさか、始まりの――」 ハザマの顔に初めて驚愕が走る。


アレンの意識が加速する。 錆びた剣の表面がパキパキと剥がれ落ち、中から透き通るような蒼い刃が顔を出した。 (じいちゃん、力を貸して……!)


アレンは無我夢中で剣を振るった。 それは剣術というより、純粋な「意志」の放出だった。 蒼い閃光が霧を裂き、ハザマの右腕を斬り飛ばす。


「ぐあああああ!! 貴様……貴様は何者だ! 人間にこれほどの――」 ハザマは苦悶の表情を浮かべ、黒い霧の中に消えていった。深追いはできなかった。アレンの体力が限界に達し、その場に倒れ込んだからだ。


数日後。 瀕死の重傷を負いながらも、魔王軍幹部を退け、東の勇者の遺体を回収した功績により、アレンとガイルは異例の「Cランク」へと昇格した。


だが、宿舎に戻ったアレンの表情は暗かった。 「ガイル……俺たちは、とんでもない戦いに巻き込まれてる気がする」 「ああ。でも、お前があの時助けてくれなきゃ、俺もあの勇者たちと同じだった」 ガイルは無理に笑ってみせた。だが、その手はまだ震えていた。


アレンの剣は、再び沈黙し、一部の錆が落ちた中途半端な姿で腰に収まっている。 勇者が死んだ。その事実は、魔王復活がすぐそこまで迫っていることを意味していた。



第5章:Bランク『親友の死と真の覚醒』

東の勇者の死から数ヶ月。魔王軍の侵攻は加速し、王都近隣の要塞「ハルフェン」が包囲された。アレンとガイルはBランクへの昇格試験を兼ねた防衛任務に就いていた。


「なあアレン、この戦いが終わったらさ」 激戦の合間、城壁の隅でガイルが笑った。その顔は返り血で汚れ、ひどく疲弊している。 「ベルク村に帰ろうぜ。お前は英雄として、俺はその相棒としてさ。村の連中を驚かせてやろう」 「ああ、約束だ。……だから、無理はするなよ」


アレンの言葉がフラグになったわけではない。だが、運命は非情だった。 要塞の正門が轟音と共に吹き飛んだ。現れたのは、かつてアレンが退けたハザマを遥かに凌ぐ魔圧を放つ、魔王軍第一将「ザルド」。


「勇者のなり損ない共か。死に場所を選ばせてやろう」 ザルドが放つ漆黒の魔力の奔流が、一瞬で周囲の兵士たちを消滅させた。 「逃げろ、アレン!」 ガイルが叫び、盾を構えて突っ込む。だが、ザルドの豪腕は、ガイルの盾を紙屑のように引き裂いた。


「がはっ……!」 「ガイル!!」 アレンが駆け寄ろうとした瞬間、ザルドの黒い剣がガイルの胸を貫いた。


「……あ、れ……?」 ガイルの口から鮮血が溢れる。彼は最期の力を振り絞り、ザルドの腕を掴んだ。 「逃げ、ろ……アレン……お前は、本物の……」


ガイルの身体が崩れ落ち、動かなくなった。 その瞬間、アレンの中で「何か」が完全に壊れた。


悲しみではない。それは、世界そのものを焼き尽くさんとするほどの、静かな、そして純粋な「拒絶」だった。 ドクン、ドクン、ドクン――。 心臓の鼓動が、かつてないほど激しく打ち鳴らされる。腰の錆びた剣が、アレンの叫びに呼応するように、これまでの沈黙を破り、眩い黄金の光を放って爆発した。


「あああああああああ!!」


剥がれ落ちる錆。現れたのは、神話に語られることすらなかった「原初の聖剣」。 アレンの瞳は金色に染まり、その背後に初代勇者の幻影が重なった。


「な、なんだこの力は……!? 王都の勇者たちとも違う、この神々しいまでの魔力は!」 ザルドが初めて恐怖に顔を歪める。


アレンは一歩、踏み出した。 その一歩で地面が砕け、次の瞬間にはザルドの目の前にいた。 「……お前を、許さない」


黄金の閃光。 それは魔術でも剣技でもなかった。ただの「断罪」だ。 第一将ザルドは、叫ぶ暇さえ与えられず、その魂ごと消滅した。


戦いは終わった。要塞は救われた。 だが、アレンは勝利の凱歌を聴いていなかった。冷たくなった親友を抱きかかえ、雨の降る中、声を上げずに泣き続けた。


翌週。王都は「第一将を討った奇跡の冒険者」の噂で持ち切りだった。 ギルドはアレンをBランク、いや、功績だけで言えばAランク以上に据えようとした。 しかし、アレンの心は死んでいた。


「ガイル、見てるか。俺はBランクになったよ……」 手渡された新しいギルドカードを、アレンは虚空にかざした。


その背後から、一人の女性が近づいてきた。 「……悲しんでいる暇はありません。初代勇者の血を引く、真の勇者よ」 それは「西の勇者」エレインだった。彼女の瞳には、アレンと同じ、世界の真実を知る者の悲しみが宿っていた。



第6章:Aランク『西の勇者の涙と世界の真実』

「今の勇者制度は、魔王を倒すためのものではないわ。……魔王を『飼い慣らす』ための儀式なのよ」


西の勇者エレインは、王都の地下深く、禁忌とされる書庫でアレンに告げた。 ガイルを失い、復讐の炎さえ失いかけていたアレンに、その言葉は冷たく響いた。


「どういう意味だ? 俺たちは魔王を倒すために戦っているはずだ」 「いいえ。世界を統治する聖教会と王家にとって、魔王は『共通の敵』として存在し続けてもらわなければ困るの。四人の勇者は、魔王の力を削ぎ、再び封印の生贄いけにえとなるための依代よりしろに過ぎないわ」


エレインは悲しげに微笑み、古びた羊皮紙をアレンに見せた。そこには、初代勇者の真実が記されていた。


「初代勇者は魔王を倒した。けれど、その強大すぎる力を恐れた当時の王たちは、英雄を暗殺し、その血統を歴史から抹消した。それがあなたの先祖……ベルク村へ逃げ延びた『裏切られた英雄』の末裔よ」


アレンの脳裏に、祖父の穏やかな笑顔が浮かぶ。 なぜ、あんな辺境に住んでいたのか。なぜ、魔力検査で最低値を叩き出したのか。それは、王家の追手から逃れるために、先祖代々が魔力を封印し続けてきたからだったのだ。


その時、地下書庫の扉が爆砕された。 「……そこまでだ、裏切り者の聖女」


現れたのは、南の勇者レオンだった。その瞳は濁り、手にした大剣からは禍々しい黒い光が漏れている。 「レオン様、あなたまで魔王の力に!?」 「うるさい! 私は選ばれた勇者だ! Aランクごとき、そして落ちこぼれの聖女ごときが、世界のことわりに口を出すな!」


レオンは聖教会から「真実を知る者の抹殺」を命じられていた。 「アレン、逃げて! あなたは、本物の……初代と同じ、自由な力を持っている!」


エレインが魔法の障壁を展開し、アレンを逃がそうとする。 「エレインさん!」 「行きなさい! 魔王城の真の入り口は、ベルク村の祠にある。そこから魔王を完全に『滅ぼす』の。生贄の連鎖を終わらせて!」


レオンの放った一撃が、エレインの障壁を砕いた。 アレンは叫びながら、彼女の手によって転移魔術に飲み込まれた。消えゆく視界の中で、エレインが力尽き、倒れる姿が見えた。


「――っ!!」


気がつくと、アレンは雪の降る見覚えのある森にいた。 故郷、ベルク村。 かつて角ウサギを狩り、ガイルと笑い、そして最初の覚醒を果たした場所。


アレンの手には、完全な輝きを取り戻した「原初の聖剣」が握られていた。 もはや、そこに迷いはない。 親友の命、散っていった勇者の願い、そして奪われた先祖の誇り。 すべてを背負い、アレンはAランクという枠を超え、真の勇者へと至る道を選んだ。



第7章:Sランク『北の勇者との決闘』

ベルク村の祠の奥、そこには王都の地図にも載っていない、魔界へと通じる「次元の裂け目」が存在していた。 アレンがその深淵へ足を踏み入れようとしたとき、極寒の突風が吹き荒れた。


「……遅かったな、ベルク家の末裔よ」


そこに立っていたのは、四勇者最強と謳われる『北の勇者』ヴォルフガングだった。彼は巨大な氷の斬馬刀を肩に担ぎ、一歩踏み出すごとに大地を凍らせていく。


「ヴォルフガング様……あなたまで教会の言いなりに?」 「教会などどうでもいい。私はただ、己の武を極めるために最強を求めた。だが、今の魔王は封印の影響で腑抜けだ。私は絶望したよ。……だが、先ほど確信した。お前の中に眠る『初代』の力、それこそが私の求める至高の壁だ」


ヴォルフガングの瞳には狂気はなく、ただ純粋で苛烈な闘志だけが宿っていた。 アレンは聖剣を引き抜く。黄金の光が雪原を照らし出す。


「通してもらう。俺には、果たすべき約束があるんだ」 「ならば、力で示せ。Sランクを超えた、神の領域の剣をな!」


激突。 ヴォルフガングの氷刀が振り下ろされ、地殻が爆ぜる。アレンはそれを聖剣で受け流し、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。 かつてのFランクの動きではない。ガイルの死を乗り越え、エレインに託された意志が、アレンの身体を極限まで研ぎ澄ませていた。


「これだ! この熱量だ! 初代の血よ、もっと私を焼いてみせろ!」


ヴォルフガングが奥義を放つ。周囲の水分がすべて氷の刃となり、全方位からアレンを襲う。 アレンは目を閉じた。かつて祖父が言った言葉を思い出す。 『本当の強さは、壊す力ではなく、守る決意の中にある』


「……『原初・一閃』」


アレンが剣を横一文字に振るった瞬間、黄金の波紋が広がり、すべての氷を霧散させた。そのまま光の帯がヴォルフガングの胸を貫く。


「……見事だ」


ヴォルフガングは膝をつき、満足げに微笑んだ。 「魔王は、孤独だ。初代に敗れ、数千年も闇の中で憎しみを募らせている。……お前のその光で、すべてを終わらせてやれ」


ヴォルフガングは自身の魔力を聖剣に捧げ、光の粒子となって消えていった。 アレンのギルドカードが、かつて誰も到達したことのない輝きを放ち、文字を『勇者』へと書き換える。


アレンは一人、次元の裂け目へと飛び込んだ。 その先にあるのは、赤黒い空が広がる魔界。そして、天を突く魔王城。 いよいよ、最終決戦の時が来た。



第8章:虚無の玉座と、二人の勇者

魔界の空は凝固した血のような赤に染まっていた。 アレンは一人、魔王城の玉座の間へと続く長い階段を登っていた。背後には、彼を追ってきた魔族の死骸が幾重にも積み重なっている。


「……来たか。初代のなり損ない、あるいは、新しい『器』よ」


玉座に座していたのは、想像していたような怪物ではなかった。 それは、アレンと見紛うほどに若い、漆黒の衣を纏った青年だった。その瞳は深い悲しみを湛え、周囲の空間そのものを腐食させるような絶望を放っている。


「お前が……魔王か」 「魔王と呼ばれた男だ。名は忘れた。数千年前、私はお前の先祖である初代勇者と共に戦った『仲間』だったのだからな」


魔王の口から語られたのは、教会の記録にもない衝撃の真実だった。 かつて魔王もまた、世界を救うために選ばれた勇者の一人だった。しかし、初代勇者が王家に暗殺された際、その憎しみと悲しみに呑まれ、世界への復讐を誓う魔王へと堕ちたのだという。


「初代の血筋であるお前が私を斬れば、その瞬間に私の憎しみが、お前という新しい器へ流れ込む。聖教会が望んでいるのは、その『魔王の代替わり』なのだよ」


「そんな……。じゃあ、俺が勝っても負けても、魔王は消えないのか!?」 アレンの足が止まる。 ガイルの死、エレインの犠牲、ヴォルフガングの願い。それらすべてが、ただ魔王を更新するための「儀式」に過ぎないというのか。


「ククク……。だから終わらせてやる。私がお前を殺し、この世界から勇者の血を絶やすことでな!」


魔王が動き出した。その速さはヴォルフガングをも凌駕する。 黒い魔力が剣の形を成し、アレンの聖剣と激突した。衝撃だけで魔王城の天井が崩落し、轟音が響き渡る。


「ガハッ……!」 アレンは防戦一方だった。魔王の力は、これまでの敵とは次元が違う。一撃ごとにアレンの精神が削られ、負の感情が流れ込んでくる。


(ダメだ……。勝てない。力が……意識が……)


アレンの聖剣の輝きが、ドロドロとした黒い魔力に侵食され始める。 その時、絶体絶命のアレンの脳裏に、懐かしい声が響いた。


「立てよ、アレン。お前の剣は、まだ折れてねえだろ」


それは、死んだはずのガイルの声だった。 幻覚ではない。これまでに倒れた者たちの想いが、アレンの魂を支える「力」として顕現したのだ。


「……まだだ。俺は、あんたの絶望を引き継ぐためにここに来たんじゃない!」


アレンの聖剣が、これまでで最も激しく、そして「温かい」光を放った。 その光は魔王の黒い魔力を弾き飛ばし、玉座の間を白銀の世界へと変えていく。


「な……!? 憎しみを拒絶し、希望だけで剣を振るうというのか!」


激突する光と闇。 しかし、魔王の最後の一撃がアレンの胸元をかすめ、彼は膝をついた。聖剣が手から離れ、床を滑っていく。 魔王が黒い剣を振り上げる。


「さらばだ。我が友の血を引く、美しき勇者よ」


死の刃が振り下ろされる直前、アレンの身体がまばゆい光に包まれた。 それはアレン自身の力ではなく、王都に残されたはずの「南の勇者」レオンと、行方不明だった「西の勇者」エレインの、遠く離れた場所からの祈りと魔力の支援だった。


「……まだ、終わらせない!」


アレンは落ちた聖剣を再び掴み、魔王の胸へと突き出した。 光が魔王の身体を貫くが、魔王は不敵に微笑んだ。


「……間に合ったか。だが、これが『真の絶望』の始まりだぞ」


魔王の身体が崩壊し、その中からさらなる「異形」が這い出し始めた。 それは魔王さえも操っていた、この世界の歪みそのもの、真の邪神の胎動だった。



第9章(最終章):原初の光、そして冒険の始まり

魔王の肉体が霧散した跡、そこに現れたのは巨大な「黒い太陽」だった。 それは数千年にわたり、人間と魔族の憎しみを糧に世界を支配してきた「世界の意思システム」そのものだった。


「……これが、俺たちが戦わされてきた正体か」


アレンは震える足で立ち上がった。聖剣には無数の亀裂が走り、輝きは風前の灯火だ。 黒い太陽から放たれる圧倒的な重圧が、アレンの精神を砕こうとする。周囲の空間が崩壊し、魔王城そのものが虚無へと飲み込まれていく。


『抗うな、人の子よ。憎しみがある限り、私は不滅。お前もまた、新たな絶望として私の一部となるのだ』


無数の怨念の声が響く。アレンの視界が真っ暗に染まりかけた、その時だった。


「……アレン、顔を上げろ!」


幻聴ではない。ガイルの、エレインの、ヴォルフガングの、そして自分を見捨てたはずの王都の人々の声までもが、聖剣を通じて流れ込んできた。 たとえ歪んだ世界であっても、そこで懸命に生きる人々の「生きたい」という願い。それが光となり、亀裂の入った聖剣を繋ぎ合わせていく。


「あんたの言う通り、この世界は憎しみで溢れてるかもしれない。……でも、それ以上に、俺たちは誰かと笑っていたいんだ!」


アレンの身体から、黄金を通り越した「透明な光」が溢れ出した。 それは初代勇者がかつて魔王を倒した時に放った、純粋なる「慈愛」の輝き。


「これが、俺の……俺たちの答えだ!!」


アレンは虚空へと跳んだ。 背後に、ガイルたちが背中を押してくれる感触があった。 全霊を込めた一撃が、黒い太陽の中心を貫く。


「うおおおおおおお!!」


パキィィィィィィン!!


世界を支配していたシステムが、ガラス細工のように砕け散った。 漆黒の闇が晴れ、魔界の空に、数千年ぶりとなる「本当の朝日」が差し込んでくる。


……気がつくと、アレンはベルク村の丘の上に立っていた。 手元にあった聖剣は、その役目を終えたかのように、ただの「古い木の棒」へと姿を変えていた。


「終わったんだな……」


空を見上げると、そこには透き通るような青空が広がっていた。システムは壊れ、世界はただ、混沌とした、けれど自由な大地へと戻ったのだ。


数ヶ月後。 復興の進む王都では、最果ての勇者アレンが世界を救ったという伝説が語り継がれていた。 だが、その当の本人は、ベルク村で静かに墓参りをしていた。


「ガイル。世界は、あんたが言った通りになったよ。……俺たちの、自慢の故郷だ」


墓前に一輪の花を供え、アレンは立ち上がる。 腰には、かつてガイルが使っていた、少し傷のついた剣を帯びている。


「さて、行くか」


アレンは村の出口へと歩き出した。 ただ一人の「英雄」として、自分の足でこの広い世界を見て回るために。最果ての勇者として、冒険者の勇者ランクとして、世界の平和のために新たな冒険を始めるのだった。


アレンの背中を、爽やかな風が追い抜いていく。 その先に広がるのは、誰にも書かれたことのない、彼自身の新しい物語。

最果ての勇者(大勇者)アレンの長い魔王との戦いはこれで幕を閉じた。だが彼の栄光そして英雄、勇者としての冒険はまだ続く。

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とても良いお話だった続きがあるならとても気になるぜひ作って欲しい!そしてみんなに見て欲しい!!
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