番号札
港は、戻る予定だけが残った場所だった。
船は一隻もいない。水面は揺れているが、波としてどこかへ行くことはない。
揺れはその場で折り返し、同じ形を何度も作っていた。
彼はエンダと呼ばれていた。
誰が呼び始めたのかは分からない。
呼ばれるたびに、それが自分の名前なのかどうか、確かめる方法はなかった。
港には番号札が落ちていた。
木でできた薄い札で、数字だけが書いてある。
拾うと少し重く、置くと元の場所に戻っている。
誰も集めない。数えるためだけに存在しているようだった。
エンダは毎日、同じ順で札を数えた。端から端まで、抜けなく。
終わると最初の札が、ほんの少しだけ位置を変えている。
誤差のような動きだったが、必ず起きた。
「また失敗か」
誰に向けた言葉でもなかった。
港には人がいない。音だけが残り、反響せずに沈む。
この世界では、失敗は起きた出来事ではなかった。
起きなかった配置のことだった。
予定された形に、微妙に合わない。
だから修正はできない。
合わなかったという状態だけが残る。
ある日、エンダは札を一枚、数え忘れた。
意図ではなかった。
数えたつもりで、手順はいつも通りだった。
それでも最後に数が合わなかった。
不思議なことに、港は静かだった。
何も起きない。警告もない。空の色も変わらない。
ただ、戻る予定だけが、少し厚みを増したように見えた。
エンダは数え直そうとした。しかし手が止まった。
数え直す理由が、どこにもない。
失敗した、という感覚はあるのに、何を間違えたのかが存在しない。
その瞬間、港の規則が一度だけ壊れた。
札が戻らなかった。
一枚だけ、エンダの足元に残った。
数字は削れていて読めない。
裏返すと、何も書いていない。表も裏も同じだった。
エンダはそれを置こうとした。
が、置く場所が分からなかった。
どこに置いても、配置が成立してしまう気がした。
遠くで、出航の合図のような音が鳴った。
だが船は現れない。音だけが予定通りだった。
エンダは札を持ったまま、境界線の手前に立った。
港の外と中の区別は、線としてははっきりしている。
越えた痕跡は残らない。
しばらくして、札は消えた。
港には何も増えていない。減ってもいない。
ただ、数え直せない手順だけが残った。
エンダはもう一度、同じ数を数え始めた。




