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嘘の世界1

番号札

作者: ハル

港は、戻る予定だけが残った場所だった。

船は一隻もいない。水面は揺れているが、波としてどこかへ行くことはない。

揺れはその場で折り返し、同じ形を何度も作っていた。


彼はエンダと呼ばれていた。

誰が呼び始めたのかは分からない。


呼ばれるたびに、それが自分の名前なのかどうか、確かめる方法はなかった。



港には番号札が落ちていた。

木でできた薄い札で、数字だけが書いてある。


拾うと少し重く、置くと元の場所に戻っている。

誰も集めない。数えるためだけに存在しているようだった。


エンダは毎日、同じ順で札を数えた。端から端まで、抜けなく。

終わると最初の札が、ほんの少しだけ位置を変えている。

誤差のような動きだったが、必ず起きた。


「また失敗か」

誰に向けた言葉でもなかった。


港には人がいない。音だけが残り、反響せずに沈む。



この世界では、失敗は起きた出来事ではなかった。

起きなかった配置のことだった。


予定された形に、微妙に合わない。

だから修正はできない。

合わなかったという状態だけが残る。



ある日、エンダは札を一枚、数え忘れた。

意図ではなかった。


数えたつもりで、手順はいつも通りだった。

それでも最後に数が合わなかった。


不思議なことに、港は静かだった。

何も起きない。警告もない。空の色も変わらない。

ただ、戻る予定だけが、少し厚みを増したように見えた。



エンダは数え直そうとした。しかし手が止まった。

数え直す理由が、どこにもない。

失敗した、という感覚はあるのに、何を間違えたのかが存在しない。


その瞬間、港の規則が一度だけ壊れた。

札が戻らなかった。


一枚だけ、エンダの足元に残った。


数字は削れていて読めない。

裏返すと、何も書いていない。表も裏も同じだった。


エンダはそれを置こうとした。

が、置く場所が分からなかった。


どこに置いても、配置が成立してしまう気がした。



遠くで、出航の合図のような音が鳴った。

だが船は現れない。音だけが予定通りだった。


エンダは札を持ったまま、境界線の手前に立った。

港の外と中の区別は、線としてははっきりしている。

越えた痕跡は残らない。


しばらくして、札は消えた。


港には何も増えていない。減ってもいない。

ただ、数え直せない手順だけが残った。

エンダはもう一度、同じ数を数え始めた。


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