やばい
一話 「間違えて、近すぎて」
放課後の教室は、もう誰もいなかった。
部活へ急ぐ生徒たちの声も遠ざかり、廊下に反響する足音さえ、もう聞こえない。
「えっと……このプリント、届けに行かなきゃ」
俺は手元の束を持ちながら、机の上に置き忘れた教科書を探していた。
ふと、教室の隅に人影が見えた。
長い黒髪を揺らしながら、制服のリボンを結び直している――クラスのヒロイン、佐倉。
普段は誰にでも優しく、でも近づくと少しそっけなくなる、不思議な距離感のある女子だ。
「あ、まだ残ってたんだ」
「……っ!? な、何でアンタがここに」
「いや、担任にプリント頼まれてさ。……てか、なんで驚くんだよ」
「別に……驚いてないし」
彼女は言いながら、胸元をぎゅっと押さえた。どうやら慌てていたせいか、リボンがほどけていて、ブラウスのボタンも一つ掛け違えている。
その隙間から、うっすらと白い下着の影が見えそうで――俺は慌てて視線を逸らした。
(やばい、見えたらアウトだろ……!)
空気が気まずくなる。
俺は何とか誤魔化そうと机を拭くふりをしたが、その拍子に足を滑らせた。
「わっ!」
「きゃっ!」
倒れ込む拍子に、俺の手が佐倉の肩を押し、二人はそのまま机にぶつかった。
距離がゼロになる。
鼻先が触れ合うほど近い。
その瞬間、佐倉の唇が、かすかに俺の唇に触れた。
「――――!?」
「ご、ごめんっ!!」
「……っ、な、何してんのよバカ!」
彼女は顔を真っ赤にして俺を突き飛ばした。
その勢いでスカートの裾がふわりと舞い上がる。
視線を逸らさなきゃと思いつつも、太もものラインと――その奥に、白い布が一瞬ちらりと覗いてしまった。
「見た!? 今、絶対見たでしょ!」
「み、見てない! マジで見てない!」
「嘘つけっ!」
佐倉は両手でスカートを押さえ、しゃがみ込む。
俺は必死に弁解しながら、心臓の鼓動が暴れるのを抑えられなかった。
(……ヤバい、俺、今……キスした? いや、事故だ。事故なんだけど……)
一方の佐倉も、耳まで真っ赤にしながらこちらを睨んでいる。
だけど、その視線はほんの少し、揺れていた




