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背後霊の黒羽さん

「……わたし、あなたのことが好きなんです……付き合ってください……」

「ごめんなさい!」

「……え……」

「俺、お前とは付き合えない!」

「……どうして……?」

「それは! わかるだろ? 無理なんだよ!」

「……あ……」


青年は踵を返して去っていった。


まただ。


手を伸ばすも決して届かない。


指からするりと抜け落ちて消えていく。


もう何度目だろうか。数えるのもやめてしまった。


都会の高校に通う黒羽ゆかりは失恋した。


面食いで惚れっぽく、積極的にアプローチ、そして玉砕。


同じパターンを何度も繰り返した。


飽きるほどに覚えるほどに。


自分でも懲りているはずなのに、同じ過ちを繰り返す。


さあっと吹いた風が彼女の長い髪を揺らす。


軽く唇を噛みしめ、瞳から透明な雫が流れた。


今度こそうまくいくと思った。


成功するという確信があった。


けれど、告白は不発に終わった。


肩を落とし何度もため息を吐き出して、ゆかりは歩いた。


心の中は真っ暗闇で絶望しかない。


他のクラスメイトは付き合っている人もいる。


高校生でカップルを作るのは普通のことらしい。


しかし、その普通のことがゆかりにはできない。


しかも理由を訊ねても男子は曖昧に濁すばかりで明確な答えを言わない。


わかるはずだと言われても、わからないから訊ねているのに。


もう恋をするのは、恋に憧れるのはやめようという考えが頭をよぎる。


けれども彼女は微かに残る希望を捨てることができないでいた。


マイナスの考えをブンブンと頭を振って追い出すと。


ぐうぅ~。


急に腹の音が鳴った。慌てて腹を抑え、赤面する。


幸いなことに彼女の腹の音に気付いた人はいないようだった。


時刻は夕刻で、お腹が空くのは無理はない。


今日は両親の帰宅が遅いし、自分で作るのは辛い。


何より失恋のショックで作る気力が出ない。


外食にしよう。


そう、決意したゆかりは下に向けていた視線を上げた。


よさそうなお店はないかと歩きながら見回す。


と、一軒の喫茶店を見つけた。


お洒落な外観に惹かれ、ゆかりは近づいてみる。


初めての店だったが特に緊張もなく木製の扉を開ける。


木造で暖かな店内。


カウンターにサンタクロースのように白髭を伸ばした老紳士がいた。


「いらっしゃいませ」


穏やかで深い声に導かれるままにゆかりはカウンター席に腰かけた。


ふかふかで座り心地がよく、リラックスできる。


出された冷水にはレモンが絞ってあり、爽やかだ。


普通の水だとすぐに飲めなくなるが、これなら何杯でも飲めそうだ。


メニューを渡され眺めて、コーヒーとトーストのセットを注文。


値段も手ごろだったし、重いものを食べる気分ではなかったから。


「お待ちどうさま」

「……ありがとうございます……」


お礼を言って「いただきます」と手を合わせて食べ始める。


分厚いトーストは半斤を焼いており、たっぷりのバターが溶けている。


サクサクの外皮と内側のふんわりの食感、何よりバターの風味がたまらない。


「……すごく……おいしいです……」

「ありがとう」

「口についているよ」

「……え……」


老紳士の店主がハンカチを渡して口元を指さす。


夢中になって食べ進めている間に食べかすがついたらしい。


慌ててハンカチで口を拭って店主に返す。


パンを食べ、コーヒーを飲む。


芳醇な香りと酸味と苦み。


その苦さもパンの優しい甘さが打ち消してくれる。


ゆかりは「ふう」とため息を吐いた。


パンを食べコーヒーを飲み、水のお代わりをもらう。


繁盛時にも関わらず他に客が入ってくる様子がない。


店主は温かな眼差しをゆかりに向けて訊ねた。


「何か、悲しいことでもあったかな」

「……はい……実は、失恋をしてしまって……」

「それは辛い」

「……昔からなんです。どうしてか男子に敬遠されてしまって……」

「たぶん君が美しすぎるからだろうねえ」

「……美しい、ですか?」


思いがけない言葉にゆかりはコテンと小首を傾げた。


「私から見て、君はとても美しいよ」

「……そう、でしょうか……?」


ゆかりの言葉に店主は少しだけ目を見開いた。


「自覚がなかったのかね。それは罪な話だ」


店主はゆかりに手鏡を渡した。


彼女は鏡を覗き込む。


細い眉の上で切りそろえられた前髪。


きめ細かく白い肌。


ぱっちりとした大きな瞳。


大人びた美少女が鏡の中にいた。


「……これが、私……? 本当に……?」

「紛れもなく君だよ」

「……そう、ですか……」


ゆかりは唾を飲み込んだ。


元より控えめな性格だった。


自己主張をあまりせずボソボソと小さな自信のない声で喋る。


肌が雪のように白いのでクラスでは『背後霊』というあだ名をつけられていた。


からかいと嫉妬と親しみがこもった愛称だった。


それをゆかりは背後霊のように存在感がないと受け取っていた。


ただでさえなかった自身が減り、俯くことが多くなった。


それが幽霊扱いに拍車をかけていたのだが、彼女は知らなかった。


恋だけは積極的に続けて玉砕を続けていたが、今日、真実を知った。


彼女は心から嫌われていたわけではない。


ただ、外見があまりにも整いすぎて引け目を感じていただけなのだと。


鏡の中の自分の姿は本当に美しいし、店主もそれを認めている。


ゆかりは胸を撫でおろした。


涙を指で拭って立ち上がり、お金を渡すと彼女は薄く微笑んだ。


「……今日、このお店に来てよかったです。あの、また来てもいいですか……?」


鈴のような声に店主は頷いて。


「いつでも歓迎するよ」

「……ありがとうございます……」


さらりと長い髪を揺らしてお店を出る。


来店したときの猫背はどこにもない。


背筋を伸ばした堂々とした後ろ姿だった。


おしまい。

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