第一話「繰り返される放課後」
この物語を手に取っていただき、本当にありがとうございます。
バッドエンドの繰り返しから抜け出し、記憶を駆使して“真のエンディング”を迎えるために奮闘する主人公・蒼井ナギト。
果たして彼は、何度も失敗しながらも、ヒロインたちとの絆を深めることができるのか?
目を覚ますと、そこはいつもの教室だった。
窓の外では風が優しくカーテンを揺らし、五月の陽射しが穏やかに差し込んでいる。
教卓にはまだ誰もおらず、机の上には開きかけたノートと、黒いボールペンが一つ。
俺の名前は、蒼井ナギト。
ついさっきまで、俺は放課後の校舎裏にいた……はずだった。
だけど気がつくと、またこの“朝の教室”に戻っている。
「……リスタート、か」
これで何回目だろう?
数えるのも億劫になるほど繰り返している。
俺は今、かつてプレイしていた恋愛アドベンチャーゲーム『恋想リグレット』の世界に入り込んでいる。
そしてこの世界では、――選択を間違えると必ず“バッドエンド”にたどり着く――。
何が起こるのかは日によって違う。
ヒロインに拒絶されたり、仲違いしたり、時には理由もわからず突然終わりを告げられることもあった。
ただ一つ確かなのは——
俺だけが、そのすべての記憶を持ち続けている――ということだ。
昼休み。教室の片隅で俺は小さくため息をついた。
「これで……十八回目、か」
机の上には、選択肢が浮かび上がるような錯覚さえあった。
ヒロインは複数いる。
前回は“宮守ののか”を選んで、途中まで順調だったはずが、なぜか最後に彼女の目の前で唐突に「BAD END」の文字が浮かんだ。
言葉を交わすこともなく、それっきりだった。
次は誰に接近すべきか。慎重に選ばないと、またやり直しだ。
そんなときだった。
「ナギトくん、今日は一緒に帰れる?」
明るい声が背後から飛んでくる。
振り返ると、そこには天草みのりが立っていた。
健康的な笑顔に、揺れるポニーテール。
いつも通りの無邪気なテンションだけど、俺にはわかる。
彼女もまた、このゲームのヒロインであり、前ルートでは途中で“会話が成立しなくなる”という現象が起きた相手だ。
「うん、いいよ。一緒に帰ろう」
俺は笑ってうなずいた。
ここで断ると、みのりは“少し寂しそうな顔”をする。
そこからイベントが発生しなくなるのは前回で確認済みだった。
「やったーっ♪」
嬉しそうな声とともに、彼女は俺の横に並ぶ。
帰り道、並んで歩く道に吹き抜ける風が心地よかった。
だけど、俺の心はどこか緊張している。
油断すれば、些細なひと言でルートが変わってしまうのがこの世界の理だ。
「ねぇ、ナギトくん。前に言ってた“青い花”って、どこで見たの?」
不意に、そんな質問が飛んできた。
……この質問、前回もあった。だけど、俺は適当に答えてしまった。
「ん? あれは……」
——しまった。覚えてない。
俺の返事に、彼女がふっと笑みを消した。
「……そっか。忘れちゃったんだ」
沈黙が流れる。
だがその瞬間、目の前に見慣れた表示が浮かんだ。
《BAD END No.18 ——「思い出の場所はもうない」》
《記憶保持機能、継続》
――世界が、光に包まれていく。
――教室。朝。
再び目を開けると、俺はまた最初の時間に戻っていた。
カーテンは静かに揺れ、教室はまだ誰もいない。
「……やり直しか」
だけど、俺は知っている。
みのりが話していた“青い花”の記憶。
次はちゃんと答えられる。
ひとつひとつの選択肢を丁寧に、正しく積み重ねていくしかない。
この世界の、たった一つの“正解”を探し出すために。
そうすれば——
彼女たちの微笑みが、偽りじゃないものになるはずだから――
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「バッドエンドから始まる恋愛攻略」というテーマのもと、主人公・蒼井ナギトの物語がいよいよ動き出しました。
記憶を持ったまま、何度も同じ放課後をやり直す彼が、どうヒロインたちとの関係を築いていくのか——そして、なぜ彼だけが“ループ”しているのか。
……そして、そもそも。
なぜナギトは恋愛ゲームの中の世界に入ることになったのか?
それは彼が体験した“ある出来事”が、このすべての始まりでした。
少しでも「続きが気になる」と思ってもらえたら嬉しいです。
それでは、次回もお楽しみに!