空飛ぶ車の話
赤信号によって歩みを止められ手持ち無沙汰になった俺は、何となく空を見上げる。
「あ、飛行機」
果てしなく広がる青いキャンバスを、米粒くらいの飛行機が懸命に白く染めようとしていた。
「ねえ、亮平。いつになったら車は空を飛ぶんだろうね」
右耳に、高校からの友人である春馬の声が届く。
春馬も俺と同じく空を見上げているようだった。
「急にどうした? 就活が上手く行かなくて、遂には現実逃避か?」
カッコウの声が響く。
それを合図に、スーツを着た人の波が俺たちを前へと押し出す。
「むしろその逆だよ。真剣に現実と向き合った結果、出た疑問さ」
「現実に、空飛ぶ車は無いぞ?」
その言葉に反応するように、春馬は人差し指を俺に向ける。
その細い指を軽くつまみ、捻ってやった。
「いだっ!? 何するんだい!?」
春馬は慌てて俺から手を離し、捻られた指に何度も息を吹きかける。
「......人に指を向けてはいけません!! って小さい頃言われたろ」
「人に暴力を振るってはいけません、とも言われたけどね?」
「それで、なんで急に空飛ぶ車の話になったんだ?」
「......僕たちが小さい頃は、もうこのくらいの時代には車が空を飛ぶって思ってなかったかい?」
「あー、言われてみれば思ってたような?」
「でも実際には、車は空を飛んでない。車に関してだけ言えば、性能はほとんど変わってないんじゃないかな」
「そんな事はないだろ」
「確かに性能は良くはなってるだろうね。でも、変わってはないんだよ」
「......つまり、車に成り変わる別の何かが現れてないってことか? ガラケーはスマホ、掃除機はルンバになったみたいな」
「その通り。まあでも論点はそこじゃなくて、未来ってのは意外と近くに存在してるってとこ」
「車が空を飛ぶとかは思ってるより未来の話ってことか?」
その言葉に反応するように、春馬は拳を俺の前へと突き出した。
「いーや、そう遠くない未来の話さ。だって僕が創るんだからね」
「......そういう夢物語は、一社でも内定を貰ってから語ってくれ」
「違うよ、亮平。夢の想像が無ければ、夢の創造なんて出来ない」
「内定が貰えなくて、泣いていたのは誰だっけ?」
なんだかイラッとした俺は目の前の拳を掴んで、捻った。
「いだっ!? 手首はダメだよ、手首は!?」
春馬は慌てて俺から手を離し、捻られた手首に何度も息を吹きかける。
「......空飛ぶ車なんて、本当に作れんのか?」
「作るよ」
俺の疑問に間髪入れず、春馬は応えた。カッコウの鳴き声が止んで、俺たちは立ち止まる。
隣で、春馬が空を見上げる。
「飛行機でも見つけたか?」
春馬の真似をするように、俺も空へと目を向ける。
「ねえ、亮平。いつになったら車は空を飛ぶと思う?」
「......だいたい、5年後ってところだな」
果てしなく広がる青い空には、今は何もない。
「5年後、か。良いね、決まりだ」
俺たちは顔を前に向け、目の前の青へと足を踏み出した。