3-7 「ファンタジー」の世界だからこそ、ナーリは理想を追い続けます
俺たちは砦にある一室にキキーモラを座らせた。
「さて……まずあんたに、一番聞きたいことがある」
「はいはい、何でもどうぞ」
つっけんどんな態度を見せるキキーモラに俺は尋ねる。
「お茶はコーヒーと紅茶、どっちのほうが好きだ?」
「はあ?」
彼女はすでに手の目や蛇骨婆たちに振り回されてくたびれ果てているはずだ。
そう思ったが、彼女は意外そうな表情を見せた。
「ったく。手の目も蛇骨婆も、こいつをからかいすぎだろ? ここまでこき使うことないじゃないか……」
「いやあ……そりゃだってさ、お前からスキルを奪うような奴だし……」
「そうじゃよ。これくらいやっても罰は当たらんわい」
ちなみに、ボロボロになった彼女の服がいくら何でも見苦しすぎたので、一本だたらに洗濯をさせながら、今は俺の予備の服を貸し与えている。
「まあいいや……じゃあ、コーヒーでいいか?」
「……ええ。あなたは……騙した私が憎くないの?」
「別に。……というよりさ。俺は、憎んでやり返すのには疲れたんだよ」
元の世界で俺は、あまり治安のいい地域に住んでいなかった。
そのため、友人が暴力をふるわれ、その敵とばかりに復讐のために相手に暴力をふるうなんて生活は日常茶飯事だった。
……だけど、結局相手を報復感情の赴くままに制裁を与えて『ああ、すっきりした!』と晴れやかな気持ちになることはなかった。
こういう話を喜ぶのは、血の一滴も浴びない安全な場所で俺の復讐話を聞いている『傍観者』だけだ。
復讐や報復自体を否定する気はないが、俺は少なくともほかに解決策があるならそれを選びたい。
……この世界は現実の世界じゃない『ファンタジー』の世界なのだから。
俺はコーヒーを手渡してキキーモラに尋ねる。
「それで……その『合法侵入』の力は返してもらえるのか?」
「まさかとは思うが……。お主を殺めねば力は戻らぬ、ということはあるまいな? その時には……」
「ひい……」
蛇骨婆が物騒なことを言おうとしたのを雪女のフレアが止める。
「その時はこの子を『妖怪の総大将』に据えるだけよ」
「え?」
「……私たち妖怪は、あなたたちモンスターと違うわ。自分の利益のために人を殺す残酷な種族じゃないのよ」
つんとすました表情をするフレアを手の目はからかう。
「おや姉御、いつになく人道的ですね! ……ま、魂胆は分かり切っていますけど……」
「……うるさいわね……また凍りたいの?」
「うひ! いや、やめてくださいよ……」
手の目の洞察力はやはり高い。
彼女が本当は「俺にスキルが戻らないほうが望ましいと思っている」ということを乾杯しているんだろう。
だが、キキーモラは首を振る。
「安心して。私の『スキル吸収』は2日しか効果ないもの」
「む、そうなのか?」
「ええ。そうじゃなきゃ、私が今なんのスキルも持ってないことの説明がつかないでしょ?」
言われてみればそうだ。
もしも奪ったスキルが永続的に所有できるのであれば、彼女は今頃もっと複数のスキルを持っているはずだ。
……というより、そんな危険な種族はとっくの昔に滅ぼされていても不思議ではない。
「ああ、そうだな。……見た感じ嘘でもないようだ」
また『看破』のスキルを持つ手の目がそう答えたので、彼女のいうことが事実なのは間違いないだろう。
俺はそう思ってうなづく。
スキルを奪われたのが昨日だから、明日までには元に戻るのだろう。
「……まあ、俺たちを襲った理由はわかるよ。あんた、ハイクラー家の回しもんだろ?」
「……そうよ」
黙秘しても意味がないと思ったのか、キキーモラはコーヒーを飲みながらうなづく。
「俺を殺しても、もう根回しは終わってるから……救貧センターの廃止は止められないぞ?」
「そうかしら? 『妖怪の総大将』が死んだあと、反対派を何人か殺していけば……きっと、現体制を維持する動きが出ると思わない?」
……だろうな、とはそれは思った。
だが、それは間違いなくテロリズムだ。『平和を乱すものは殺せばいい』が暴走して戦争になった国は過去にいくらでもある。この世界ではそんなことはさせたくない。
それを聞いてアカナメは怒りの表情を見せる。
「ひどいな、それ! つまり、逆らうやつをやっつけて、いうこと聞かせるってことでしょ?」
「そうね……。けど……私たちだって家族がいるんだから……生きてくためには仕方ないことじゃない?」
それを否定する権利は俺にはない。
だがそんな、力技で時計の針を逆行させるようなやり方よりも、ほかに出来ることはあるはずだ。
「けどさ。要するにあんたらの国は『食い扶持がなくなる』のが辛いんだろ? ……逆に言えば、あんたらの国がほかにも食える道を見つければいいってことだよな?」
「……まあ、そうね」
確か、ハイクラー家の北東に大きな鉱山があったはずだ。
だが、そこを閉鎖しているとも話を聞いており、そのあたりの開発を進めれば彼らも生活水準を維持できるはずだ。
……要するに、彼らがそれを『したくても出来ない』状況なのだろう。その問題さえ排除できればいいはずだ。
そう考えた俺は、一通の書状をしたためた。
「あんたらの国に迷惑をかけたことは謝るよ。……けどさ、やっぱりこういう形での解決はしたくないからな。……今度話し合いの世界を設けてほしい。これにはそのことが書いてある」
「……話し合い? ……あなた、出向いたら殺されるわよ?」
「殺されるのが怖くて話し合いなんか出来るかよ。」
手紙を受け取ったキキーモラは、少しあきれたような表情を見せる。
「本当に……お人好しなのね、あんたは。やろうと思えば、うちの領主をあんたのスキルで暗殺することも出来るんじゃないの?」
「まあな。……大軍を引き入れて皆殺しにすることも出来るからな、このスキルは」
「……怖いわね」
この世界が戦争が終わったあとで本当に良かった。
もし、この世界がもう少し乱世の世界であったら、俺はきっと『城門を開けて大量の兵を率いる役回り』をやっていただろう。
「まあ、この件はこんなところか。……それじゃ、最後の質問だ。これが一番気になっていたことなんだが……」
「なによ?」
「あんた……腹減ってないか?」
「は?」
俺の質問がよほど予想外のものだったのだろう。
「要するに、帰る前に飯でも食ってけってことだよ。もう昼過ぎだろ?」
「そうじゃ。……お主が妖怪を嫌っておらぬのなら、共に昼餉にしようではないか!」
手の目と蛇骨婆もそう答える。
それを理解できないような表情でキキーモラは尋ねる。
「あなたたちは……緊張感がないの? あたしとあなたたちは敵同士なのよ?」
「おう、知っておるぞ。じゃが……のう、スネコスリ?」
蛇骨婆はそう尋ねると、スネコスリは少しだけ恥ずかしそうにもじもじと声をかけてきた。
「うん! ……その……騙したのは悪かったけど……キキーモラさんと遊んだの楽しかったし、もうちょっとお話ししたいなって思ったから……」
「僕も……。いっぱい遊んでくれて楽しかったからさ! あと、その……ご飯食べたら将棋もやりたいから……」
一本だたらもそう答える。
俺の『合法侵入』は侵入してから魔法が解けるまでに築いた人間関係も維持できる。
もっとも彼女の場合は最初から正体が看破されていたので、スネコスリ達は純粋に彼女が気に入ったのだろう。
そしてスネコスリは首を傾け、にっこり笑って尋ねる。
「だからさ、キキーモラさん? 一緒にご飯、食べよ?」
まあ、体のいい懐柔策でもあるのだが、正直俺はモンスターたちと『友達』に成れればいいと思っていたから、ちょうどいい。
そしてちょうどタイミングが良いのか悪いのか、キキーモラのおなかが『ぐ~……』と鳴った。
少しだけ彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた後、
「……じゃあ、ちょっとだけ、ね……。食べたら、手紙を渡しに戻るわね?」
そううなづいた。
その表情は先ほどまでと異なり、穏やかなものであった。




