“ツンデレメイド”はボジョレーに染め上げられて
たまに、旦那様の事を『トーマス!!』と呼んでしまいそうになるのは、私の“この姿”のせいなのか?
ご主人様の『ポンヤリ具合』が私の心の内に『母の愛』を芽吹かせてしまったらどうしよう!!
私の顔は……“ジェミニ”様への思慕と“トーマス”への母性の両方を押し隠さんが為にますます引きつってしまう。
私は大きく深呼吸して“旦那様”を叱咤する。
「朝からずっとそこに転がりっぱなしではないですか! 1kcalも消費できないようならお昼を差し上げる事はできません!!」
「ああ、それは済まない」
のっそりと立ち上がる旦那様に“使い魔”のオニキスはプンプンだ。
「旦那様ったら!! この辺りでは“駄猫”で有名な“サバトラくん”より酷い!! 起き上がるのは食事とお嬢様のお姿が見えなくなったときくらいですのよ!!」
「えっ?! 私の?? 普通、逆じゃないのかしら?? “口うるさいメイド”が居ない時こそ“ぐうたら”なさるはず!」
オニキスは自分の髭をピン!とはじいてしたり顔で言う。
「それは、お嬢様に恋をなさってるからですわ!間違いありません!!」
こう断言されて、私は思わず真っ赤になり、慌てて納戸に隠れると、朽ちた壁の穴からオニキスが「にゃあ!」と顔を出した。
「あらあら、ここも穴が開いてしまっているのね。直さなきゃ!」
オニキスから様子を窺われてしまった照れ隠しでこんな事を口走ると“彼女”は
「ダメです!!お嬢様が家の修繕などなさっては! こういうメンテナンスは『家の主』がやるものです! 少しはあの“ロクデナシ”を働かさせねば!!」
「そんな事を言ってはいけません!! 旦那様はベルベーヌの呪いの魔法で“気力”を封じられているのです! なんとお労しい事でしょう!!」
「いえいえ!!そんな悠長な事は言ってはおられません!! このままだと、旦那様は一生唐変木で、そんな旦那様に傅くお嬢様こそお労しい!!」
「一生気力が無いままの旦那様などお気の毒で泣けてしまいます。でも……気力を取り戻された旦那様が他のレディに心を奪われたらどうしましょう!! 私はそれが心配で……」
「お嬢様! ご心配には及びません! 馬と殿方は“鼻先ニンジン”で操縦するものなのです!」
「“鼻先ニンジン”って?!」
オニキスは「にゃあ!」とウィンクした。
「古来から王子様とお姫様の間に必要な物は『運命のキス』でございますよ!」
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私達“三人”が日々勤しみ丹精を込めた甲斐あって、食卓の上には豊穣の恵みが溢れている。
旦那様の小麦色に焼けた逞しい腕がデキャンタを取り、色鮮やかなルビー色のボジョレーを私のグラスへ注ぎ入れた。
そのタイミングで、オニキスは自分のお皿の上の肉片をひょいっ!と咥えて、尻尾を優雅に振りながらドアの隙間を抜け出て行ってしまった。
オニキスから視線を戻した旦那様は、私を見つめる。
「あなたの御御足が醸したワインです。思えばこの豊かな食卓はすべてあなたのお力で成し得たもの、心から感謝いたします。」
「とんでもない!! すべてはあなた様ご自身が鍬を鎌を振るい育まれたものです。お仕えする者として心より尊敬申し上げます」
こう申し上げたら、旦那様はいきなり私の“空いた手”をお取りになり、私は“カメオ”として顔に表す事のできない動揺をボジョレーの表にさざ波立てた。
でも本当は……
心もこぼれ出てしまいそう!!
旦那様に握られた指がどんどん熱を帯びてしまう!!
「“お仕えする者として”ですか? 私は心から愛するあなたの為に行いましたのに!!」
こう囁かれて
私の“白いカメオ”の顔がボジョレーと同じルビー色に染め上げられてゆく。
打ち明けてしまったら、旦那様の心は私から離れてしまうのだろうか……
でも!!
もう、秘密にはして置けない!!
「私の名前は『メイド・グリーンフィールド』ではございません。そしてこの顔も……」
「存じ上げております。すべてオニキスさんが教えてくれました。あなたが“運命”を選んで私の母の姿を借り、私の元へ舞い降りて下さった事を!!
『アメリア・リンディ嬢』!! どうか“紅差した”その唇を私に与え、永遠の契りを私に結ばせて下さい!!」
こうして私達は、ボジョレーを祝う佳き日に、ボジョレーより甘い“お互い”をいつまでもいつまでも味わい続けた。
おしまい
これにて、ツンデレメイドの甘いお話は終了です(#^.^#)
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