いろはの冒険
「わぁ! なんて大きな木!」
いろははとても大きな木を見つけ、その大きな木にかけよりました。横幅はいろはの十人分ぐらいはありそうで、向こう側を見ようとしても木の幹の向こう側が見えません。
いろはは上を見上げてみました。
「……」
いろはには木のてっぺんが見えません。あまりの木の高さに口をあんぐりと開けて、目もめいいっぱい見開きましたが、やっぱり木のてっぺんは見えませんでした。
「よし! 決めた!!」
いろはは自分を勇気づけるように声を上げると、大きな木に登りはじめました。
大きな木はごつごつとしています。そのごつごつとしているところに手をかけ、足をかけ、いろはは大きな木をどんどんと登っていきました。
大きな木をしばらく登ると、ひときわ大きな枝が伸びていました。いろはが大の字になって寝転んでも手も足もその大きな枝からは はみだしません。
いろははその大きな枝の上に立ち、辺りを見まわしてみました。
「わぁ、雲に手が届きそう!」
いろははなんだか空がいつもよりぐんと近くに見えるような気がしました。それに、どこまでも遠くが見わたせます。そう、空の青と緑の大地が交わり溶けあう、はるか遠くまで見えたのです。
でも、そんな高いところにいても、いろははちっとも怖くありませんでした。
大きな木の大きな枝の上に立ち、大きな木の大きな幹に寄りそっていると、ぽかぽかと暖かい気持ちになり、なんでもできちゃう気がしていたのです。
いろはは上を見上げてました。大きな木のてっぺんはまだまだ見えません。
いろはは次に大きな枝の先を見てみました。
「あれはなんだろう?」
大きな枝はずっとずっと遠くまで伸びていましたが、遠くできらきらと何かが光っています。
いろははきらきらと光る何かを見るために大きな枝を歩こうと一歩を踏みだしました。
大きな木の大きな枝はいろはが歩いてもびくともしません。ちょっと飛び跳ねてみましたが、大きな枝はちっとも揺れもしませんでした。
なので、いろはは安心して大きな木の大きな枝の上を歩き出しました。
大きな木の大きな枝の上をしばらく歩いていくととても美味しそうな香りが漂ってきました。
美味しそうな香りにさそわれて、いろはは枝から下を見下ろしました。
「美味しそうなのがいっぱいある!」
大きな木の大きな枝の下にはたくさんの人たちがいました。
そこには料理を楽しそうに作っている人、作ってもらった料理を美味しそうに食べている人、みんな笑顔でみんながとても幸せそうでした。
いろはは急にお腹が空いてきて、いろはも何か食べたくなりました。きょろきょろと辺りを見回してみると、大きな木の大きな枝に赤い実がなっています。
いろはは赤い実をひとつもぎ取り、かぶりつきました。赤い実は爽やかな甘みがあり、みずみずしく喉の渇きも潤してくれました。あんまりにも赤い実が美味しかったので、いろはは続けて二つ、三つと大きな枝からもぎ取りパクパクと食べてしまい、お腹いっぱいになりました。
お腹いっぱいになったいろはは大きな木の大きな枝の下にいる人たちと同じように自然とにこにこと笑顔になりました。
お腹いっぱいになり、気持ちまで満たされたいろははまた、大きな木の大きな枝を歩き出しました。
しばらく歩くと、にぎやかな声が聞こえてきました。
にぎやかな声が気になって、いろはは大きな枝の下をのぞいてみました。
「わぁ、楽しそう!」
大きな木の大きな枝の下では大勢の人たちが歌ったり、踊ったり、思い思いの楽器を演奏したりして楽しんでいました。
見ていたいろはも踊りたくなり、見よう見まねで歌を口ずさみながら踊ってみました。
歌ったり、踊ったりすることってなんて楽しいことなのでしょう!
「おっと!!」
夢中になって踊っていたいろはは危なく大きな枝から落ちかけてしまいました。
いくら大きな枝でも端で身を乗り出して踊っていたら、落ちてしまいます。いろはは大きな木の大きな枝の真ん中に戻って、楽しい気持ちのまま、足どり軽く歩きだしました。
しばらく歩いているとまた、にぎやかな声が聞こえてきました。いろはは今度はなんだろう?とわくわくしながら大きな枝の下をのぞいてみました。
「なにしてるのかな?」
大きな枝の下にいる人たちは川で魚を取ったり、畑を耕し穀物や野菜を採ってしました。
みんなひたいに汗をかき、忙しそうにしています。それでも、取った魚や穀物や野菜、自分たちが耕した畑を見る人たちの眼差しにはやりがいと自信がキラキラと溢れているように見えました。
その様子をいろはどこかワクワクする気持ちでしばらくジッと見つづけたあと、おもむろに立ち上がり、また大きな木の大きな枝を歩きはじめました。
しばらく歩くと、ガヤガヤとすごく騒がしい声が聞こえてきました。声が段々と近づくにつれて、いろははなんだか怖くなってきました。それでも、いろはは興味を引かれて、おそるおそる大きな木の大きな枝の下をのぞきこみました。
「あっ!!!」
下をのぞきこんだいろはは思わず、両手で口を押さえました。
大きな木の大きな枝の下では人々が争っていました。ある人は相手を口汚く罵り、ある人はこぶしを振りあげて怒鳴っています。
争いはしだいに大きく、激しくなり、人々はお互いを攻撃しだしました。そのうちに人々の周りを囲むように火のてが上がり、人々は炎に包まれてしまいました。
それでも人々はお互いを攻撃しあうことをやめず、傷つけあっています。
いろははとても恐ろしく、悲しくなりました。いろはの二つ目から涙がこぼれ落ち、大きな木の大きな枝の下へと落ちていきます。
こぼれ落ちた涙は大きな枝の下に落ちると雨となり、人々を囲っていた炎を消し、辺りにはケムリがもうもうと立ちこめ、騒がしかった声はなくなり、なんの音もしなくなりました。
聞こえるのはすすり泣くいろはの小さな声だけです。長いこと泣いていたいろはがやっと泣きやんでもケムリは晴れず、大きな木の大きな枝の下は白くかすみ、静まりかえったままでした。
いろははしばらく動けずに蹲ったままでしたが、大きな木の大きな枝のずっと先にきらきらと光るものがあることを思い出し、ようやく立ち上がりました。
そして、きらきらと光るものを目指して、また歩き出しました。
しばらく歩くと、かすかにパラパラと何か音がします。それになにやらひそひと話す声も聞こえてきました。
いろはは先ほど見た怖しい光景が目の前をちらつき大きな木の大きな木の枝の下をのぞき見ることができません。ただ音のする場所で立ちすくんでいました。
そうしているうちに、はじめはひそひそとした小さな話し声は段々と大きくなり、にぎやかになってきました。
その声たちには怖しさは感じられず、いろは勇気を出して大きな木の大きな枝の下を見下ろしました。
大きな木の大きな枝の下にはたくさんの本がありました。そこでは多くの人々が静かに本を読んだり、何かを一心不乱に書き綴ったりしています。
「ふふふ」
少し離れた所では小さな子たちが集まって、本を読んでもらっていました。本を読んでもらってる途中で、立ち上がったり、歓声を上げる子もいたりしてなんだかとても楽しそうです。どんな本を読んでもらっているのか分からないけれど、楽しそうな子どもたちの様子を見て、いろははなんだか自分も楽しく嬉しい気持ちになりました。
また、別の人たちは何か言い合っています。それは喧嘩をするとか、言い争うとかそんな感じではなく、落ち着いて自分の意見を述べているようでした。周りの人たちは話している人の話をじっと聞き、話終えたら次の人がまた落ち着いて話し出すという様子でした。その人たちは話し合いが盛り上がっても喧嘩するようなことはなく、声がしだいに大きくなってもどこか楽しそうで、あまりに騒がしくなると誰かが落ち着くようにと声をかけ、休憩をとり、落ち着いてからまた話し合いをしだしました。
いろははその様子をとても興味深く見ていました。争いにならない話し合いもあることがとても興味深かったのです。
しばらくその本のたくさんある場所を眺めていましたが、いろははいつの間にか自分の心がなんだか軽くなっているのに気がつきました。
いろはは立ち上がって上を見上げました。
空は高く、どこまでも青く澄んでいます。振り返ると大きな木の幹はとても大きく立派で、青い空の中どこまでも伸びているのが見えました。
「きれいだなぁ」
思わず、そう呟いていました。
前をむくと、キラキラ光るものが直ぐ近くに見えます。まるで、雲が虹色に光っているようです。
少し歩いて虹色に光る雲に手が届くほど近づきましたが、なんの音も匂いもしません。
でも、なんだか楽しそうなことが待っている気がして、いろは勇気を出してその雲に飛びこみました。
「えいっ!」
光っている雲に飛び込むと、その先は狭く、暗い道でした。
窮屈で息苦しく、もとのいた場所に戻ろうとしても戻れません。
暗く狭い道を進むしかなく、必死で進んで行きました。
しばらく進むと道は急に開け、その先は目も開けられないほどに眩しく、頬に感じる空気はひんやりとしています。
眩しいほどに明るく広い場所に出たのに、段々と息苦しくなってきました。
そこで初めて大きく息を吸い込みました。
「おぎゃぁ おぎゃぁ おぎゃぁ おぎゃぁ」
「おめでとうございます!元気な赤ちゃんですよ。」
「がんばって生まれてきたね。おつかれさま。これから一緒に生きていこうね!よろしくね。」
おしまい