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お祝い会?

丁寧はすでに最上階の常連になっていた。

今日は別の部屋で食事。リビングとは違い、北欧ミニマル調の内装。インダストリアルデザインの照明、

USMのキャビネット、ドイツ製の壁付けフローティングシェルフ。

その上にはシャネルやエルメスの限定バッグがずらりと並んでいる。


麗子は首を振って笑った。

「これは傘下の雑誌社の取材用にコーディネートした部屋。いわば撮影スタジオね」


丁寧はわざと尋ねる。

「じゃあ、このバッグは全部小道具ですか?」


「それは違うわ」

麗子は思わず吹き出す。

「いくらなんでも財閥二世よ?」


丁寧は大きくうなずいた。


「この時代、こういうものがないと“成功者”とは見なされないの。最新モデルを持っていないだけで、センスがない、消費心理が分かっていない、だから経営も分からない、なんて言われるわ」


「じゃあ、たくさん買えばいいんじゃないですか?」


「買いすぎてもダメ。今度は“物欲に溺れている”“経営者の自覚がない”って言われる」


丁寧は舌を鳴らした。

「お金持ちの悩みですね」


「兄には、そういう悩みはなさそうだけど」


「ありますよ。バッグの代わりに女性に変わるだけで」


「はは、それなら私はまだマシね。売れるから」


「それ、外に知られたら大変ですよ。CEOがバッグを売ったってニュースが出たら、株価が暴落します」


そんな軽口を叩きながらの食事は、とても“社長の家”とは思えない空気だった。


「彼女の家みたいだろ、痴漢野郎」

A宝が口を挟む。


「日本語分からないなら、変な言葉使うな!」


今日のコースは上海蟹づくし。前菜からデザートまで、すべてに蟹の部位が使われている。

丁寧のお気に入りは蟹味噌春雨スープだった。


なんというか……どう表現すればいいのか。

卵が十倍くらい格上になった感じ?


A宝が呆れる。

「その表現力で作家になりたいとか言うなよ」


上海蟹の旬は十一月。今は季節外れだ。

丁寧はこれ以上料理の描写を強いられないように、慌てて話題を変えた。


「冷凍なのに、こんなに美味しいんですね」


麗子は口元を緩める。

「冷凍じゃないわ。今朝届いたばかりよ」


丁寧は固まる。夏にどこから?


麗子は彼のグラスに生姜酒を注ぎながら言った。

「私、上海蟹が大好きなの。だから父が江の島にビルを建てて、専用に養殖してるの」


丁寧は呆然とする。

日本で上海蟹を養殖?しかもビル?湖を掘るんじゃないのか?


麗子は笑いながら卓上の呼び出しボタンを押した。

「説明が面倒だから、直樹に話してもらうわ」


やがて直樹が現れ、淡々と説明を始める。


江の島の海辺に地上四階建ての建物を建設。

藤枝工場のクリーンルームと同じような設計で、垂直分層型のスマート人工湖を構築。

施設は十二の独立した気候ゾーンに分かれ、それぞれに“仮想の季節”を設定。

光周期、水温、ホルモン環境を制御し、蟹の生体時計を欺く。


湖底には陽澄湖の鉱物組成を再現した人工合成底泥を敷設。

脱皮回数や健康状態は個体ごとに追跡管理。


さらに高濃度酸素ナノバブルを注入し、新陳代謝を促進。抗生物質の使用も削減。

グループ子会社が設計したRAS循環水システムで、pH7.5〜8.0を精密維持。水の再利用率は99%。


「とてもエコよ。水のコストも削減できている」

麗子が付け加える。


エコ。コスト削減。

丁寧はただ、うなずくしかない。


A宝がくすくす笑う。

「全部の総コスト、計算してやろうか?」


デザートは蟹殻の中に生姜プリン。

しばらくして麗子はスプーンを置き、背もたれに寄りかかった。


「何か言いたいことがあるでしょう?」


丁寧はごまかせないと悟る。

「AI子会社の財務支出についてです」


CTOとして取締役会に参加している丁寧は、財務報告を精査していた。

ほぼすべての利益が、大手通信・メディア企業へ投資されている。

A宝の調査によれば、それらは引退した旧世代政治家が裏で支配する企業だった。


「若手政治家と組んで政治改革を目指していると思っていました」


麗子は優しく微笑む。

「祖父の代から、政治勢力からの独立を試みてきたわ。でも成功しなかった」


「彼らは無能に見える。でも餌を食べている犬なの。餌を奪おうとすれば、誰よりも凶暴になる」


「経済が良かった時代でさえ無理だった。今はもっと難しい。若手は看板に過ぎない。実際に道を通すには、政治世家と手を組むしかないの」


丁寧は反論できない。ただ、胸が詰まる。

この金を福祉に回せたら、と考えてしまう。


麗子は続ける。

「祖父はよく言ったわ。人にも会社にも、複数の顔がある。節税しながら賞与を出す。福祉に貢献しながら政治家を取り込む。矛盾ではないの」


夕日が差し込み、彼女の影が壁に長く伸びる。


「私はCEOになる前、全子会社の最前線で最低三ヶ月ずつ働いた。化粧品売り場では半年以上」


「あなたも、技術者の視点だけでなく、経営者の視点を持ってほしい」


そして静かに言った。

「もっと大事なのは、あなたに私の世界へ来てほしいの」


だが丁寧は思う。

自分は、一般人の感覚のままでいたいのではないか、と。

その言葉は、結局口に出なかった。


「恋がすれ違う♪」

A宝が最近流行りの歌を口ずさむ。

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