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Slow is Fast

鈴木グループ傘下の **MeCut Studio**。

個性派美容チェーンは、正式に動き始めた。


コーヒーのバリスタ資格を持つ美容師が、毎朝自ら豆を挽き、

海辺に建つ理髪店で客を迎える。


コスプレ歴五年。

今日の担当美容師が、どのアニメキャラの衣装で現れるかは、

店に入ってみるまで分からない。


入店から退店まで、

極度のI型美容師と、徹底的な沈黙を貫くコースもある。


技術審査に合格し、

提出したコンセプト案が採用されれば、

会社が初期資金を提供し、

美容師自身の理念に沿って店を改装できる。


各店舗の株式は、美容師と会社が半分ずつ。

全員が独立経営者であり、

資源は共有しつつ、創造は完全に自由だ。


会社指定の製品を使ってもいいし、

自分で仕入れてもいい。

公式サイトやアプリのトップページも、

一定範囲で自由にカスタマイズできる。


こうした「少しずつの違い」が、

各店舗に明確な個性を与え、

異なる客層を引き寄せる。


そして、この「少しずつの違い」こそが最大の参入障壁だった。

店舗や内装はグループ全体の支援で賄い、

ITシステムはA宝の自動プログラミングが一括で担う。

その結果、コストは45%まで圧縮され、

業界平均の55%を大きく下回った。


客は新しい店舗を選ぶたびに割引を受けられ、

一つの店で常連になると、来店回数に応じてランクが上がる。

ランクが高いほど、還元されるポイントも増える。


ポイントは、

グループ傘下の航空会社の航空券購入や、

他のライトファッションサイトでの割引に使える。


施術の様子は動画で撮影され、

髪型部分だけを切り出したエフェクトアニメが自動生成される。

それはそのままSNSに投稿され、

評価の高いアニメ表現は全店舗へ横展開される。


さらに、3Dヘアモデルも自動生成され、

MeCut Studioのアプリ上でAR試着が可能だ。


八橋は、すべてのプロモーション施策を整理し、

プロジェクト開始後の各店舗の来客数と収益を並べた。

正直なところ、悲惨な数字だった。


唯一目を引いたのは、

離職率が他社と比べて圧倒的に低いこと。

若い美容師たちは、

ここを「仕方なく働く場所」ではなく、

「自分の事業」と捉えていた。


鈴木は説明する:

「理髪店は非常にプライベートな消費空間です。

 本質的に重視されるのは“人と人との信頼”。

 新人は有名店で顧客を掴んでから独立するのが一般的ですが、

 新店はそもそも集客が難しい。

 しかも、我々の店舗は交通の便が悪い場所が多い」


厳しいデータが並ぶ中、

麗子は不思議なほど落ち着いていた。

「みんな覚えていますか。

 以前のアニメ配信、ライトファッション、格安スマホ。

 どれも最初は一気に話題になり、

 そして静かに消えていきました」


彼女は微笑む。

「今回のように、

 これほど立ち上がりが遅い事業は初めてです。

 だからこそ私は期待しています。

 これまでの起業は“システム”重視でしたが、

 今回は“人”に焦点を当てたい」


「引き続き資金を投入し、

 各店舗に基本給補助を出します」


丁寧は、尊敬の眼差しで彼女を見つめた。


「完全に反社会的発想だね」

A宝が強調する。


店の集客自体は伸び悩んでいたが、

審査モデルは徐々に注目を集め始めた。


大手美容企業が、

半信半疑でテストを依頼してきたが、

結果は自社の専門審査員以上。


次々と提携の申し出が舞い込む。

新人教育において、

段階的な評価は不可欠だが、

コストの問題で妥協せざるを得なかったからだ。


このシステムはコストを下げるだけでなく、

新人の成長速度も大きく引き上げた。


麗子は、

審査モデルの構築・販売・保守で得た利益を、

すべてチェーン運営に再投資した。

それにより、

給与補助による赤字も徐々に緩和された。


しかも、

審査システムに競合が存在しないため、

利用を希望する企業は同じポイント制度への参加を余儀なくされ、

結果としてライトファッションサイトの流入も増えた。


そして――

約一年後。


各短編動画プラットフォームで、

MeCut Studioの“奇妙で個性的な理髪店”の体験動画が、

ついに臨界点を超えた。


そして、SNSで爆発的に拡散され始めたのだ。


極度にパーソナライズされた理髪体験は、

Z世代の

「即時リターン」と「体験の多様性」への嗜好に完全に合致した。


全店舗を巡る“スタンプラリー”を企画する者まで現れ、

各店は着実に常連客を増やしていった。


客が増えれば、

若い美容師も集まる。


自分の理念、自分の店、

自分のスタイルで競い合う。

朝九時から晩まで忙しく働くもよし、

一日数名だけを丁寧に迎えるもよし。


これは、

この時代の若者にとって理想的な働き方だった。


店舗数は指数関数的に増え、

麗子はこの流れに乗じて、

総公司が長年頭を悩ませていた老朽不動産を一気に買い上げた。


持株比率を高めると同時に、

旅館業部門の幹部たちの一部も、

麗子を次期後継者として再評価し始める。


一年の間に、

八桥と中神は福利厚生制度を徹底的に整備した。

個人事業に近い形態でありながら、

大企業並みの福利厚生。

加えて、事故保険、

女性スタッフの夜間交通費補助といった安全対策も盛り込まれた。


顧客向けには、

低評価への24時間対応、

「無料再カット」保証。

施術動画は7日後に自動削除される。


子会社との連携も進んだ。

ポイント制度だけでなく、

店舗内に“ポップアップコーナー”を設け、

最新のライトファッション商品を展示・販売した。


そして――

当初は来客が少なく、

実地検証できなかった警備モデルも、

客数の急増とともに、ようやく本領を発揮する。


日本はもともと治安が良く、

重大事件は少ないが、

酔客のトラブルや言動による軽微な嫌がらせの予測精度は95%に達した。


本来は100%だった。

だが丁寧は、

「100%は目立ちすぎる」と判断し、

A宝に一部の警告を意図的に抑制させた結果だ。


店内だけではテスト事例としては足りないため、

丁寧はわざと“手違い”を演出した:

内装工事前に、

警備モデルを搭載した子会社製スマートフォンを先に納品。

返品・再配送は面倒だとして、

工事業者に頼み、店外に仮設設置した。


その結果、

交通事故や自転車盗難の予測にも成功。

MOCES警備会社は強い関心を示し、

試験的に一万台を導入した。


スマートフォン子会社は、

警備モデル搭載機の生産ラインを正式に立ち上げ、

製品名を 「防犯スマホ」と改めた。


丁寧とA宝は、

当然のように無償でMOCES社のシステム改修を引き受け、

「防犯スマホ」の大量導入に対応した。


実績、データ、

MOCES社の採用事例は、

ニュースやSNSで次々と報じられた。


宣伝効果は絶大だった。

理髪店が比較的治安の不安な地域にあるにもかかわらず、

美容師たちの安心感は、むしろ高まった。


---


「海を望む理髪店、

 自家焙煎のコーヒー」


「今日の担当は誰?

 メイドか、女王か」


「沈黙か、沈黙か。

 沈黙こそが今宵のケンブリッジだ」


---


MeCut Studioの時代は、

こうして本格的に幕を開けた。

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