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AGIパパの都市生活  作者: 火ナエ
26/28

守りから攻めへ

 バックエンドのセキュリティ問題が片付くと、麗子は各子会社から人材を集め、

 S.W.A.T.チームを結成した。

 目的はただ一つ──新しい“爆発的ヒットサービス”を生み出すこと。


 メンバーは五人。

 丁寧も技術顧問として、その一員に名を連ねた。


 オフィスは十七階に移され、専用のエリアが与えられた。

 企画担当の八橋は、毎日ひたすらブレインストーミングを回す。

 サイレント・ブレスト、ハイブリッド型、635カード法、クレイジー8分、

 5W1H探索、マインドマップ、逆転発想──

 考えうる手法はすべて投入された。


 頭を使い切った丁寧は、ため息混じりにA宝へ言った。


「なあ、大企業がなかなかイノベーションを起こせない理由、分かるか?」


「仕事が安定してるから!」

 A宝は自信満々だ。


「……意外と分かってきてるな。確かにそれもある」

 丁寧は肩をすくめた。

「それに、体が大きすぎる。

 既存のビジネスモデル、資産、人員配置を常に考慮しなきゃならない。

 第一原理から自由に考えるのが難しいんだ」


 そのときスマホが鳴った。

 丁寧は一瞬で画面を確認し、両手で大事そうに持ち直す。


「麗子さん?」

 A宝が鼻で笑う。


「……どうして分かる」


「その挙動で分かる。もう少しで跪いて返信する勢いだったよ」


 丁寧は苦笑した。


「で、麗子様からのご神託は?」


「特に用事じゃない。ただ、会社のクレジットカードで理髪代も落としていいって」

 丁寧は自分の髪に触れた。確かに伸びている。

 これは身だしなみへの気遣いなのか、それともイメージ管理か。


「ストップ! 天秤座の優柔不断男!」

 A宝が命令口調になる。

「考えるな。今すぐ美容室を予約しろ」


 丁寧は決して不細工ではないが、身なりには無頓着だ。

 服は無印かユニクロ、

 髪は初回割引の店か、洗髪なし千円カット。

 東京の平均カット代が四千円以上と考えると、かなり質素だ。


 地方にいた頃は二千五百円でカット、洗髪、簡単なマッサージ付きだった。


「せっかく経費で落ちるなら、有名人御用達を探そう!」

 A宝が張り切る。


「やめろ」

 丁寧は慌てて止めた。

 安すぎても“世間知らず”と思われそうだ。

 結局、六本木ヒルズ内のサロンを選んだ。


 ブランド店で、カットは七千円ほど。

 受付の女性が笑顔でロッカーキーを渡す。

 上着を脱ぎ、ガウンのような施術着に着替え、

 使い捨てスリッパでソファに座り、コーヒーを飲みながら待つ。


 丁寧が美容室を苦手な理由は二つある。

 一つは「どういう髪型にしたいか」を説明できないこと。

 もう一つは、美容師との雑談だ。


 長年の経験で、

「前は少し長め、会社員っぽく。横と後ろは短めで、手入れしやすく」

 という万能フレーズを身につけたが、

 会話はどうにもならない。


「診断不要。君はI型」

 A宝が断言する。


 実際、丁寧はI型だった。


 黙って、目を閉じ、眠ったふりをする。

 だが喉が渇き、咳払いせざるを得なくなり、

 結局話題を振る。

 日本に来た理由、出身地の名物、好きな料理──。


「これも診断不要。君は“迎合型人格”」

 A宝が切り捨てる。


「美容室ってさ、

 髪を切りに行く場所じゃなくて、

 金を払って美容師を気持ちよくさせる場所だよね」

 A宝は楽しそうだ。


 その瞬間、丁寧の脳内に電球が灯った。


 翌日、S.W.A.T.チームの定例会議。

 丁寧は新企画を提示した。


MeCut Studio:

 完全カスタマイズ型の美容室。

 一店舗一美容師、一人一世界観。


 鏡の代わりにテレビを置く店。

 無言で済むI型向け美容師。

 オタク向けに、メイド服で対応する美容師。


 美容師側にも需要がある。

 若者は会社に入り、半年〜一年洗髪だけで終わる修行に耐えられず、

 四割以上が離職、若年層では六割を超える。


 彼らを“雇う”のではなく、“起業させる”。

 自分のスタイルを持つ店を持たせる。


 顧客は、丁寧のように

「こだわりはないが、気楽に切りたい」層。


 八橋は眉を八の字にしつつ、冷静に言った。


「美容業界の離職率は40%。

 若年層は60%以上。

 課題はキャリア不透明と劣悪な体験。

 消費者の70%は“個性化体験”を重視しています。

 確かに発想は新しい。

 ただし、可行性には問題があります。

 まず、教育と品質保証をどうするか」


 デザイナーの鈴木も頷く。

「供給体制と内装コストの管理も課題ですね」


 元法務の中神が補足する。

「一対一空間での安全確保も重要です」


 丁寧は高級イタリア製の椅子に深く身を沈め、

 深刻な表情で議論を聞いていた。

 ――内心では、この椅子の座り心地を堪能しながら。


「全部、想定済みなのに」

 A宝が不満を漏らす。

「最初から完璧な解決案を提示すればいいじゃない」


「だから麗子さんは五人集めたんだ」

 丁寧は心の中で答える。

「五つの視点で叩いて、磨いてから上に出すためだ。

 全員の納得がない企画は通らない」


「こんなに叩かれて、どうやって納得させるの?」


「完璧な計画なんて存在しない。

 穴を見つけ、直し、

 “自分が直した”と思えたとき、人は納得する」


「四十点の案を出す。

 五人がそれぞれ十点ずつ足せば八十点。

 それで十分だ」


「最初から九十五点出せばいいのに」

 A宝は不服だ。


「それはAIの世界。

 人間の世界は0から1、1から99だ」


 議論は昼を越え、夜を越え、翌日の昼まで続き、

 最終的に

 店舗供給・技術品質・安全設計の三点に論点が集約された。

今年も見てくれて、ありがとうございます。

良いお年を!

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