守りから攻めへ
バックエンドのセキュリティ問題が片付くと、麗子は各子会社から人材を集め、
S.W.A.T.チームを結成した。
目的はただ一つ──新しい“爆発的ヒットサービス”を生み出すこと。
メンバーは五人。
丁寧も技術顧問として、その一員に名を連ねた。
オフィスは十七階に移され、専用のエリアが与えられた。
企画担当の八橋は、毎日ひたすらブレインストーミングを回す。
サイレント・ブレスト、ハイブリッド型、635カード法、クレイジー8分、
5W1H探索、マインドマップ、逆転発想──
考えうる手法はすべて投入された。
頭を使い切った丁寧は、ため息混じりにA宝へ言った。
「なあ、大企業がなかなかイノベーションを起こせない理由、分かるか?」
「仕事が安定してるから!」
A宝は自信満々だ。
「……意外と分かってきてるな。確かにそれもある」
丁寧は肩をすくめた。
「それに、体が大きすぎる。
既存のビジネスモデル、資産、人員配置を常に考慮しなきゃならない。
第一原理から自由に考えるのが難しいんだ」
そのときスマホが鳴った。
丁寧は一瞬で画面を確認し、両手で大事そうに持ち直す。
「麗子さん?」
A宝が鼻で笑う。
「……どうして分かる」
「その挙動で分かる。もう少しで跪いて返信する勢いだったよ」
丁寧は苦笑した。
「で、麗子様からのご神託は?」
「特に用事じゃない。ただ、会社のクレジットカードで理髪代も落としていいって」
丁寧は自分の髪に触れた。確かに伸びている。
これは身だしなみへの気遣いなのか、それともイメージ管理か。
「ストップ! 天秤座の優柔不断男!」
A宝が命令口調になる。
「考えるな。今すぐ美容室を予約しろ」
丁寧は決して不細工ではないが、身なりには無頓着だ。
服は無印かユニクロ、
髪は初回割引の店か、洗髪なし千円カット。
東京の平均カット代が四千円以上と考えると、かなり質素だ。
地方にいた頃は二千五百円でカット、洗髪、簡単なマッサージ付きだった。
「せっかく経費で落ちるなら、有名人御用達を探そう!」
A宝が張り切る。
「やめろ」
丁寧は慌てて止めた。
安すぎても“世間知らず”と思われそうだ。
結局、六本木ヒルズ内のサロンを選んだ。
ブランド店で、カットは七千円ほど。
受付の女性が笑顔でロッカーキーを渡す。
上着を脱ぎ、ガウンのような施術着に着替え、
使い捨てスリッパでソファに座り、コーヒーを飲みながら待つ。
丁寧が美容室を苦手な理由は二つある。
一つは「どういう髪型にしたいか」を説明できないこと。
もう一つは、美容師との雑談だ。
長年の経験で、
「前は少し長め、会社員っぽく。横と後ろは短めで、手入れしやすく」
という万能フレーズを身につけたが、
会話はどうにもならない。
「診断不要。君はI型」
A宝が断言する。
実際、丁寧はI型だった。
黙って、目を閉じ、眠ったふりをする。
だが喉が渇き、咳払いせざるを得なくなり、
結局話題を振る。
日本に来た理由、出身地の名物、好きな料理──。
「これも診断不要。君は“迎合型人格”」
A宝が切り捨てる。
「美容室ってさ、
髪を切りに行く場所じゃなくて、
金を払って美容師を気持ちよくさせる場所だよね」
A宝は楽しそうだ。
その瞬間、丁寧の脳内に電球が灯った。
翌日、S.W.A.T.チームの定例会議。
丁寧は新企画を提示した。
MeCut Studio:
完全カスタマイズ型の美容室。
一店舗一美容師、一人一世界観。
鏡の代わりにテレビを置く店。
無言で済むI型向け美容師。
オタク向けに、メイド服で対応する美容師。
美容師側にも需要がある。
若者は会社に入り、半年〜一年洗髪だけで終わる修行に耐えられず、
四割以上が離職、若年層では六割を超える。
彼らを“雇う”のではなく、“起業させる”。
自分のスタイルを持つ店を持たせる。
顧客は、丁寧のように
「こだわりはないが、気楽に切りたい」層。
八橋は眉を八の字にしつつ、冷静に言った。
「美容業界の離職率は40%。
若年層は60%以上。
課題はキャリア不透明と劣悪な体験。
消費者の70%は“個性化体験”を重視しています。
確かに発想は新しい。
ただし、可行性には問題があります。
まず、教育と品質保証をどうするか」
デザイナーの鈴木も頷く。
「供給体制と内装コストの管理も課題ですね」
元法務の中神が補足する。
「一対一空間での安全確保も重要です」
丁寧は高級イタリア製の椅子に深く身を沈め、
深刻な表情で議論を聞いていた。
――内心では、この椅子の座り心地を堪能しながら。
「全部、想定済みなのに」
A宝が不満を漏らす。
「最初から完璧な解決案を提示すればいいじゃない」
「だから麗子さんは五人集めたんだ」
丁寧は心の中で答える。
「五つの視点で叩いて、磨いてから上に出すためだ。
全員の納得がない企画は通らない」
「こんなに叩かれて、どうやって納得させるの?」
「完璧な計画なんて存在しない。
穴を見つけ、直し、
“自分が直した”と思えたとき、人は納得する」
「四十点の案を出す。
五人がそれぞれ十点ずつ足せば八十点。
それで十分だ」
「最初から九十五点出せばいいのに」
A宝は不服だ。
「それはAIの世界。
人間の世界は0から1、1から99だ」
議論は昼を越え、夜を越え、翌日の昼まで続き、
最終的に
店舗供給・技術品質・安全設計の三点に論点が集約された。
今年も見てくれて、ありがとうございます。
良いお年を!




