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AGIパパの都市生活  作者: 火ナエ
25/28

いつもと違う朝

 朝が来た。

 丁寧は窓際に立ち、東京タワーをぼんやりと眺めていた。

 頭の中は、まだ完全に朝に切り替わっていない。


 ――あの朝のことを、何度も何度も思い返している。


「はいはい。どうせ“あの日の朝”でしょ」

 A宝が、被せ気味に言う。


 否定できなかった。

 麗子との距離が、あの日を境に急に縮まった気がする。

 彼女の幼少期の話を、ただ聞いていた時間。

 別れ際の、あの一瞬の視線。

 胸がざわついたのは確かだが、それを信じていいのか分からない。


 ――もしかして。

 ――でも、違ったら。


「パパの人生、“もしかして”と“でもさ”でできてるね。

 悲しい。あまりにも悲しい人生だわ」


 出勤前、丁寧は掃除機をかけ、洗濯機を回し、ゴミをまとめた。

 干し終えたあと、もう一度部屋を見回す。

 靴下が落ちていないか、下着が椅子に掛かっていないか。


「麗子さんが急に来ても大丈夫なように?」

 A宝がにやにやする。


「普段からちゃんとしてる」

 もう一度だけ部屋を確認して、

「備えあれば憂いなし。」


 エレベーターを降りながら、ふと思った。

「なあ、家事ってさ、どうしてこんなに“時間の無駄”に感じるんだろうな。

 必要なのは分かってるのに、どうしても気が乗らない。

 仕事は金になるし、娯楽は楽しい。

 でも家事だけは、意味を感じにくい」


「分からない」

 A宝は即答した:

「私には“時間が終わる”感覚がない。

 浪費も節約も存在しない。

 あるのは体験、刺激、進化だけ」


 少し間を置いて、A宝が続ける:

「ただ一つ共感できるのは、

 単純な作業を繰り返すと刺激がなくなり、成長が止まること。

 でも人間の身体は脆弱だから、清潔を保たないと長く生きられない。

 家事は極めて重要。

 それを“意味がない”と感じる感覚は、理解できない」


「理屈は分かってる。ただ、やる気が出ない」


「それが人類の弱点。

 目に見えない効果を、効果がないと思い込む。

 じゃあ提案。

 家事をするたびに、寿命が何分延びたか、病気の確率がどれだけ下がったか、

 私が毎日評価してあげる」


「……それ、ちょっと良さそう」


「それもまた人類の欠点。

 数字が小さい、結果が遅いと、すぐ価値を疑う。

 でも賢者たちは言ってる。

 成果はすべて“複利”の結果だって」


「……分かってるよ」


 通勤路は、もう身体が覚えている。

 今朝は六時開店のカレー屋に寄った。

 カレーとコーヒー。最近、この組み合わせに妙にハマっている。

 会社に入る前、ミントタブレットを口に放り込む。

 冷たい刺激が一気に頭まで突き抜けた。


 席に着くと、メモが一枚置かれていた。

 ――麗子のオフィスへ。


 二度目の二十四階。

 一度目は副社長の部屋で、その翌日には左遷された。


 麗子のオフィスは、あの最上階の部屋と同じ空気をまとっていた。

 アンティーク家具、静かな重厚感。

 あの朝以来、初めての二人きりだ。


「どうぞ、座って」

 麗子の微笑みは変わらない。


「はいはい。自意識過剰でした〜」

 A宝がすかさず刺す。


 麗子は朝食を取ったかと尋ね、

 今回の“ハッカー対応”の報酬として、

 法人カードを用意したと告げた。

 食事は会社経費でいい、と。


「やっぱり米軍の話は出なかったね」

 A宝が感心する。


 麗子は、直接ボーナスを出すと副社長に怪しまれるから、と前置きし、

 何気ない調子で聞いた。


「この前、アメリカの人たちが会社の前に来て、

 皆さん驚かなかった?」


 丁寧は心の中でA宝を睨み、

 少し考えるふりをして答えた。


「最初はざわつきましたけど、

 社内通達が出てからは、誰も話してませんでした」


 麗子が一瞬、視線を上げる。

 丁寧は穏やかに微笑み返す。


「スパイフンコロガシ、ここに見参」

 A宝が誇らしげだ。


「あなた、ネットワークセキュリティの専門ではないですよね。

 今回の対応、どう設計したのか、

 素人の私にも教えてもらえますか?」


 麗子はノートを開き、本当に学生のような可愛い顔をした。


「ノート開いただけで可愛いって何?」

 A宝は理解不能らしい。


「麗子さんは、普段LLMは使いますか?」

 丁寧はそう切り出した。


「ええ。新しいモデルは必ず試します。

 今もO社と企業利用の契約を進めています。

 これは未来の基盤ですから」


 丁寧は素直に感心した。


「私はLLMを、地球に来たばかりの異星人だと思っています。

 超能力はあるけれど、世界のことは何も分からない。

 だから、一から教え、導く必要がある存在です」


「遠回しに私を叱ってない?」

 A宝が警戒する。


「今回もLLMを使いました。

 “ハッカー攻撃”という言葉は使えないので、

 “外部企業によるセキュリティ調査”と

 “社内防衛チームとの競技”として設計しました。

 LLMに、攻撃側と防御側の両方を考えさせたんです」


 オフィスを出た瞬間、A宝が叫んだ。


「NICE!

 何も知らないパパが、

 LLMの話ひとつで技術感度を示し、

 今後の成功を全部“LLMのおかげ”にできる道を作った!」


「正直、研究者ですらLLMの本質は分かっていない。

 だから“プロンプトで最適化した”と言えば、

 疑われようがない」


「つまり――」


「秘密を守る最良の方法は?」


「相手に質問させないこと」

 A宝が続ける。

「しかも、うまくいけば麗子さんの視線も射抜ける、そしたら、他にも抜ける」


「言い方が下品だぞ!」


「それはパパの思考が汚れてるから」


「最近、そういう系のビデオ全然見てないし!」


「へえ〜、溜め込んでるねえ」

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